第1256話「戦利品分配」

 〈蒼炎〉の乗っていたアサガオ級を曳航しながら、クチナシ級十七番艦が〈エミシ〉の宇宙港に到着する。上下左右の区別なく停泊できるという宇宙環境の利点を大いに生かした桟橋には、鈴なりに実のった果実のように大小様々な宇宙船を横付けさせている。


「とりあえずドックで整備を受けた方がいい。霊体の攻撃がどれくらいのダメージを与えてるかも分からないからな」

「ありがとうございます。助かりました」


 Koたちとはここでお別れだ。彼らが大きなドックへと入っていくのを見送って、俺たちも別のドックへと向かう。クチナシも頑張ってくれたのだが、無数の攻撃を受けた船は一度修理しなければならない。


「じゃあな、クチナシ。しっかり休むんだぞ」

『うん。またね』


 クチナシをドックで働いている整備士たちに引き渡し、〈エミシ〉の領土に降り立つ。その直後、息つく暇もなく待ち構えていた少女に声を掛けられた。


『おかえりなさい、レッジさん。それで、どうでしたか?』

「もうデータは送ってるはずだろ、エミシ」


 宇宙港のエントランスで仁王立ちして衆目を集めていたのは、この町の管理者たるエミシだった。彼女には既に宇宙ウナギのデータをまとめて送っているのだが、それだけでは足りなかったらしい。


『実際に接触した方の声を聞くのが一番いいんです。〈蒼炎〉の皆さんにもインタビューを受けてもらっていますから』


 極限まで業務の効率化と合理化を図る管理者としては似合わない言葉だ。ウェイドたちなら俺の送ったデータを解析にかけつつ、さらに追加の調査任務を出して人を現地に向かわせているところだろう。


「とりあえず、いくつかアイテムが回収できた。それを見てもらうか」

『分かりました。それなら少し場所を変えましょうか』


 移動した先は中央制御区域にある俺たち〈白鹿庵〉の仮拠点。ここもすっかりエミシの姿が馴染んでしまった。

 ドアを開けて中に入ると、すでに先客がいた。


「あ、帰ってきたわね」

「四人だけでお出かけなんて、ずるいことするね」

「エイミー、ラクト。二人ともログインしてなかったから仕方ないだろ」


 開口一番に不満を噴出させる二人を宥めつつ、エミシを迎え入れる。テーブルを部屋の真ん中に置いて、そこに戦利品の数々を並べていった。


「これが戦利品?」


 テーブルに並べられたものを見て、ラクトが首を傾げる。彼女の言いたいことも分かっていた。

 幽霊ウナギは霊体だ。普通に解体してもドロップアイテムは手に入らない。霊体を捌くには、ナイフに聖水を纏わせるなどの一工夫が必要だ。そうやって手に入るのは、ほとんどが物質的に曖昧な存在のアイテムばかりだ。


「これは“星喰い鰻の霊精髄”、こっちは“星喰い鰻の霊骨”で、これは“星喰い鰻の魂魄片”だ」


 聖水の効果時間に追われながら解体したこともあり、レアドロップらしいアイテムは手に入らなかった。そもそも、50メートル越えの巨体にも関わらず、手に入ったのは僅かな量だけだ。霊体、それもあのサイズのものをしっかりと捌き切ろうと思うと、それなりに入念な下準備も必要なのだろう。

 “霊精髄”“霊骨”魂魄片“という三種のアイテムは通常ドロップ枠に属している。だが、その使い道や情報はほとんど分からないままここまで持って帰ってきてしまった。


「霊精髄……。よく分からないけど綺麗な見た目ね」


 小瓶に入った、少し粘度のある透明な液体。細かな光の粒が中にあり、傾けるとキラキラと輝いて美しい。とはいえ、これの使い道もよく分かっていない。誰か〈霊術〉スキルに精通している人にでも聞いたほうがいいだろう。

 霊骨と魂魄片も似たようなものだ。これらは普通には触る事もできず、まるでホログラムのように透き通って見える不思議なアイテムだ。俺も普通には持ち上げる事もできなかったので、ミカゲにどうにか運んでもらっていた。


「あんな馬鹿でかい鰻なら、きっと美味い鰻丼が作れるとお思ったんだけどなぁ」

「写真見せてもらったけど食べ応えは全然なさそうだったじゃん」


 ラクトはそんなことを言うが、実際はどうか分からない。うまく仕留めれば、幽霊鰻の蒲焼も作れるかもしれない。それを見越して、今のうちに農園で山椒あたりを育て始めてもいいかもしれない。


「とにかくこのへんはサンプルも兼ねてエミシに譲るよ」

『いいんですか!? 私としては嬉しいですが……』

「いいんだよ。回り回って俺たちの利益にもなるしな。貸し一ってことで」

『……。いえ、やっぱり相応の金額をお支払いします。レッジさんに貸しを作るのはやめておいた方がいいとウェイドに言われましたので』


 うまく話が進んでいたのに、思わぬところから妨害が入る。エミシはアイテムをまとめると、俺の財布に数十万ビットというまとまった金額を入れてきた。


「さすがウェイドさんから生まれただけありますね」

「レッジのことよく分かってるじゃん」


 レティたちまでそんなことを言って、この場に俺の味方はいないらしい。


「はぁ。俺が一体何をしたって言うんだ」

「胸に手を当てて考えれば分かるでしょ」


 エイミーに言われて手を当てるが、思い出すのは調査開拓団に有益な結果をもたらした活動の数々だ。俺もそろそろウェイドたちから信頼されてもいいと思うんだけどなぁ。


「ああ、そうだ。いくつか残しておいてくれよ。ネヴァにも見せたいからな」


 サンプルとしてエミシに渡すのはいいが、一応自分のぶんも確保しておく。そのうちのいくつかはネヴァやアストラに渡して、それぞれに解析してもらうのだ。俺には何も情報が見えなくとも、専門家ならば何か分かることもあるかもしれない。

 エミシとしても調査開拓員の活動でアイテムの詳細が判明するのは大歓迎だと、快く頷いてくれた。


『皆さんには期待していますからね。ぜひよろしくお願いします』

「おう、任せてくれ」


 あの鰻の正体が分かれば、また調査開拓活動も進むだろう。そんな確信を胸に抱きつつ、俺は力強く頷いた。


━━━━━

Tips

◇“星喰い鰻の霊精髄”

 空を巡り、星々を喰らう大いなる精霊の精髄。雄大なる自然の根源であり、強大なる流れの真価。煌めきの中に強い力を宿し、揺らぎの中に無限の可能性を内在させている。


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