第1255話「宇宙的呪殺法」

 槍が、風が、ウナギを貫く。その一撃は聖水によって清められ、この世ならざるものにすら届く。頭部を串刺しにされたウナギが大きく体を震わせた。

 その、露出した滑らかな腹に向けて、鋭い切先が当てられた。


「『波濤裂波一擲抜刀』ッ!」


 腹へ深々と刃を突き刺し、駆け抜ける。長い体に沿うようにして。

 トーカの激しい一太刀がウナギの腹を掻っ捌いた。

 だが。


「くっ、効果が薄い!」


 何よりも切った本人が手応えのなさを実感していた。霊体であるウナギに対して物理攻撃はほとんど効かない。妖冥華は霊体にある程度のダメージを与えることができるものの、その攻撃力は半減していることだろう。

 より致命的なのは、これほどの傷であってもウナギの体格を見ればほんの小さな切り傷にしかなっていないということだった。

 腹を裂かれたウナギはわずかにHPを減らし、それ以上に激怒する。大きな口を限界まで開き、細かな牙のずらりと並ぶ様を見せつける。それが身をくねらせてトーカへ迫るが、彼女は命綱をうまく使いこなした高速機動でそれを避ける。


「縦に切るからダメなんですよ!」


 そんな彼女にダメ出しをするのは、宇宙空間を漂うレティだった。彼女は聖水を再びハンマーに掛けながら、ウナギの頭上から不敵に笑みを浮かべる。


「トーカ、あなたの得意技で決めなさい!」

「何を――はっ!」


 レティの声でトーカは何かに気がついたようだ。彼女は目を開き、妖冥華を背中の鞘へ納める。


「レティ、同時にお願いします」

「任せてください!」


 二人は同時に動き出した。レティは上から、トーカは下から。ぴったりと動きを合わせて、それぞれの武器をウナギの首目掛けて放つ。


「咬砕流、四の技、『蹴リ墜トス鉄脚』ッ!」

「彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型、『花椿』ッ!」


 レティのハンマーが勢いよくウナギの頭を叩く。同時に、トーカの刀が上へと切り上げる。

 二人の動きが完璧に揃った結果、ウナギの太い首に大太刀が半ばまで食い込んだ。

 首をとらえた大太刀の斬撃はクリティカル判定を成功させる。トーカの各種装備品によって補強されたクリティカル率が倍々でその攻撃力を瞬間的に増幅させた。


「はああああああああっ!」

「たああああああっ!」


 レティが更にハンマーを押し付ける。トーカが刀に力を込める。上下から挟み込む打撃と斬撃が、ウナギの首を蝕む。妖冥華の肉厚な刃が、太い骨を断つ。

 その時。


「――『呪血爆散』『縛血拘結』」


 赤黒い血の飛沫。霊体であるはずのウナギの全身に太い欠陥が浮かび上がり、連鎖的に破裂した。宇宙へ放たれた大量の血液は意思を持つように蠢き、ウナギの体へとまとわりつく。

 その力は凄まじく、ウナギは身動きが取れないどころか、その体に血液の縄が食い込み、網に捕らえられてしまう。肉が裂け、骨が砕ける。全方位からの圧力に体が耐えられない。


「『禁呪・獄血荊』」


 複雑に印を切っていたミカゲが、最後の呪文を口にする。

 その瞬間、ウナギの全身にまとわりついていた血が一斉に太い棘を伸ばした。

 ウナギが悲鳴を上げるように口を開き、のたうち回る。だが、暴れれば暴れるほどに棘は深く食い込み、その体を蝕んだ。流れ出す血が体を拘束し、拘束した血は棘を伸ばして命を奪う。


「うわぁ……」

「エグいですねぇ」


 ウナギの首を半分ほど落としたレティとトーカも、そんなミカゲの呪術に少し引いていた。〈呪術〉スキルのテクニックは、基本的にグロテスクなものが多いのだ。

 宇宙空間という三術系スキルの力を最大限発揮できる環境は、ミカゲにとっても都合がいい。彼は最低限の力で最大限の効果を発揮し、ウナギにトドメを刺す。

 だが、彼の真骨頂はここではなかった。

 HPを削り切り、絶命した幽霊ウナギの前に立ち、彼は再び呪文を紡ぐ。


「『呪縁連結』『血脈代々呪々相伝』『呪炎伝縁』」


 一匹のウナギを殺した血が、周囲へと広がる。まるで巨大な植物が根を広げるかのように、赤い枝が四方八方へと腕を伸ばし、周囲を泳ぐ他のウナギを絡めとる。

 少し身を揺らせば払えそうなほどの細い赤。だが、それが触れた瞬間、ウナギは灼熱の炎に包まれて燃え上がる。その炎は次々と周囲へと延焼し、暗い宇宙が煌々と照らし上げられるほどの猛火へと成長した。

 まさに一網打尽。同種のエネミーを対象とした超広範囲の呪いの伝染。その力は同族が死に、怨嗟が広がるほどに強くなる。


「姉さん、聖水ちょうだい」

「しかたないですねぇ。もうちょっと後先考えた攻撃をした方がいいですよ」


 強力な攻撃だが、その分反動も凄まじい。ウナギたちの恨みを一身に受けるミカゲは全身がどす黒く変色するほどの厄呪を受けていた。トーカとレティが手持ちの聖水を彼にぶつけてなんとか浄化しているが、それもギリギリ追いついていない。


「ミカゲ、そのへんでいい。これ以上やったら死ぬだろ」

「……ごめん」


 さすがに全てのウナギを殺すことはできず、二十匹ほどを呪殺したところで呪いを止める。難を逃れた幽霊ウナギたちが巨大ウナギの方へと逃げ帰っていくのを見送って、俺は周囲に浮かぶ幽霊ウナギの骸に目を向けた。


「さ、こっからが本番だな。クチナシだけでこれ全部運べるか?」


 幽霊の解体というのもおかしな話だが、聖水をナイフに掛ければできる。

 小型とはいえ全長50メートル級のウナギ二十匹を前にして、少し絶望的な気持ちになりながら、俺は身削ぎのナイフを手に取るのだった。


━━━━━

Tips

◇『血脈代々呪々相伝』

 〈呪術〉スキルレベル60のテクニック。呪殺した対象の怨嗟を、呪縁で繋いだ対象の一族へと流し広げる。血の匂いを辿り、その果てまで呪い殺す執念の邪法。


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