第1254話「ウナギの捌き方」

 それはあまりにも巨大だった。直径2,000kmの岩石惑星を齧りながら、悠然と宇宙を泳いでいる。呑鯨竜なども比較にならないほどの巨躯。それがわずかに体を揺らすだけで、星が砕ける。


「なんだ、あれは……」

「原生生物と言っていいんでしょうか」


 初めて目にする存在。これまでに対峙してきたエネミーとは何もかもが違うそれに、レティも困惑を隠せないでいた。さしもの彼女も、星よりも大きなものを相手取って戦うのはかなり難しいはずだ。


「駄目ですね、鑑定しても名前すら分かりません」


 大抵の原生生物は格上であっても名前くらいは分かるものだが、あの宇宙ウナギはそれすらも教えてくれない。それは長い体をくねらせながら、俺たちに構うそぶりもなくただ惑星を喰み続けている。

 いっそ神秘的ですらある姿を見ながら、ミカゲが思案顔で言う。


「あれ、霊体かもしれない」

「霊体? 馬鹿でかい幽霊ってことか?」


 たしかに宇宙ウナギは白く半透明で、向こう側が見通せる。そもそもあれを物質的な生物だと仮定すれば、宇宙空間を生身で動ける非常識な存在だ。いっそ幽霊と言ってくれた方が納得もできるというものだ。


「僕は呪力視しかできないから曖昧だけど、あのウナギは大きいエネルギーの流れに乗ってる」


 ミカゲの言葉で思い出したのは、以前ラピスラズリが言っていたこと。この不可思議な宇宙空間には、レイラインよりもはるかに長大なエネルギーの流れ――龍脈レイラインがあるという話だ。

 無秩序に星が浮かんでいるだけのように見えるこの宇宙に、〈呪術〉や〈霊術〉といった限られたスキルの力を使うことでのみ可視化される大きな流れがある。ミカゲは『呪力視』を使うことで、ウナギが何の流れにそっているかに気づいたらしい。


「レッジ、気を付けて。流れを泳いでるのは、あのウナギだけじゃない」

「なに?」


 ミカゲが声を固くして身構える。

 直後、俺たちは巨大な宇宙ウナギの姿に目が眩んでいたことを知った。星よりも大きなウナギの側から、細かな光の粒子のようなものがこちらへ飛んできているのだ。それは徐々に大きく、鮮明になっていく。カメラを向けて、ピントを合わせた俺は思わず驚く。


「なんだこいつらは!?」

「ち、ちっちゃいウナギです!」


 クチナシのブリッジ、巨大なディスプレイに映し出されたのは小さくて細長い白ウナギ、いや、宇宙ウナギをはるかに小さくしたような半透明のウナギだった。

 だが、小さいと言ってもそれは相対的な評価だろう。ぐんぐんとこちらへ迫ってくるそれは、おそらく長さで50mほどはある。クチナシの4分の1ほどなのだから、十分にでかい。


「クチナシ、シールド展開!」

『了解!』


 我に返った俺は、事態の緊急性を理解する。咄嗟にクチナシに指示を出し、彼女は迅速に動いた。体長50メートルのウナギたちは、大きな口を開いて迫り来る。次の瞬間、船体を包み込むエネルギーシールドの展開が完了し、間一髪のところでウナギの攻撃を阻んだ。


「うわああああっ!?」

「きゃあっ!」


 しかし、クチナシは強い衝撃を受けてグラグラと揺れ、ブリッジにいた〈蒼炎〉のメンバーが悲鳴をあげる。


「ひえええ、こいつら幽霊のくせに!」


 レティも青い顔をして震えている。霊体は物理攻撃が効かないから彼女は苦手としているのに、向こうはしっかり危害を加えてきて、驚きと怒りが渦巻いているようだった。


「船外戦闘、行ってきます」


 賑やかに騒いでいるレティを置いて、いの一番に動き出したのはトーカだった。彼女は素早くクチナシの甲板に出ると、ケーブルで自身と船を繋ぐ。全方位に空間が広がる宇宙で戦うには、船との接続が必須だった。これがなければ、最悪宇宙漂流者になってしまう。


「僕もいく」


 トーカに続いてミカゲも駆け出す。


「ああっ!? し、仕方ないですね!」


 そんな二人を見て、レティも続く。

 未知の巨大な霊体を相手に果敢に挑む彼女たちを、〈蒼炎〉の四人は驚きの目で見ていた。


「クチナシ、船を頼む」

「わかった!」


 久々によく分からない敵がやってきた。俺は槍を手に取り、クチナシに船を預ける。


「レッジさんまで行くんですか!?」

「前情報のない戦闘ほど楽しいものはないからな。Koたちも来ていいぞ」

「えええっ!?」


 甲板に降り立ち、ケーブルのフックを腰に取り付ける。ここから先は、宇宙域戦闘だ。


「――『花椿』ッ!」


 見れば、すでにトーカが妖冥華に赤黒いオーラを纏わせて、ウナギの首へ切り掛かっている。だが、あまりにも大きさが違いすぎた。彼女の大太刀ですら、ウナギの前に並ぶと針のようにしか見えない。


「トーカ、とりあえず一体仕留めるぞ!」

「分かりました!」


 巨大宇宙ウナギの側からこちらへやってきた宇宙ウナギの数は膨大だ。それらを全て相手することはできないし、そもそも一匹を一人で仕留めるのも難しい。俺は〈白鹿庵〉の四人で一匹を確実に仕留める方針を打ち出した。

 トーカたちもすぐに賛同の意を示し、対象を一匹に固定する。


「ミカゲが頼みの綱だからな。特大のを用意してくれ。それまでは俺たちで凌ぐ」

「……了解」


 いつもの忍装束から狩衣へと装備を変えたミカゲは、呪術師としての完全戦闘体勢だった。彼が呪禁を唱え始めるのを横目に、俺も槍の穂先を聖水で濡らす。ウナギが霊体ならば、物理攻撃は通用しない。トーカの妖冥華のような特殊な武器か、ミカゲの呪術、もしくはこうしてアイテムを使ってバフを付与した武器でなければ。


「行きますっ!」


 トーカに続いて攻撃を放ったのはレティだった。

 彼女は力強く甲板を蹴り、前方へと跳ぶ。無重力環境では脚力がそのまま推進力となる。レティは弾丸のような速度でウナギの眼前へと迫った。

 彼女が構える巨大な鉄塊が、ウナギの鼻先を叩く。宇宙空間にも関わらず、激しい光のエフェクトと効果音。その一撃はウナギの尻尾の先端にまで浸透し、貫いた。


「てやあああああっ!」


 強い抵抗を受けながら、レティがハンマーを振り抜く。

 もろに打撃を受けたウナギが大きくのけぞり、腹を見せた。


「ウナギを捌くなら、まずは――」


 レティと入れ替わるように、槍を構えて前に出る。

 狙うはその首元。イメージするのは、その柔らかな肉を貫く杭。


「目打ちからだよな!」


 突き出す槍。旋風を纏い、貫通力を極限まで高めた一突き。


「風牙流、四の技――『疾風牙』ッ!」


 風の槍が、ウナギを貫く。


━━━━━

Tips

◇ライフラインケーブル

 洋上、海中、および宇宙空間において船外で作業をする際に必要となる命綱。高耐久かつしなやかで強靭な多層繊維構造のケーブルであり、船外活動での行動を支援する。

 ケーブルを自動で巻き取るウィンチや、LPを供給できる機能を持つケーブルも存在する。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る