第1253話「星を喰らう者」

 ――惑星が喰われた。

 そんな、耳を疑うような報告があがったのは惑星資源回収作戦“ブラックシード”が実行されようとしたちょうどその時だった。対象惑星の環境調査と周辺への影響の予測を終えて、破壊しても問題なしと判断された岩石惑星に、種が投下されようとした時、突如として星が

 作戦を遂行しようとしていた調査開拓員たちの混乱も深く、要領を得ない言葉しか返ってこない。そのため、俺たちはエミシの指示を受けて当該の宙域へと急行することになった。


「すまんな、クチナシ。せっかくバカンス中だったのに」

『大丈夫。レッジたちを運ぶのが私の役目だから』


 このところの酷使を労うためオーバーホールを含めた大々的な整備を行なっていたクチナシ十七番艦も駆り出した。クチナシは快く緊急発進を引き受けてくれたが、相変わらずその頭には大きなサングラスが載っている。

 クチナシの艦橋に詰めているのは、俺とレティ、急いで呼び寄せたトーカとミカゲの四人。後の面々は都合が合わずログインしていないか、別のところで別のことをやっていて手を離せないようだった。

 正直この四人だけで対処するには荷が重いような気もするが、偵察くらいならなんとかできるだろう。


『もうすぐ目的地に到着するよ』


 操船を任せていたクチナシが告げる。現在、船は超光速位相転移航行――簡単に言えば光速を超える速度での航行中だった。光を置き去りにするため、窓の外からは何も見えない。等間隔で宇宙空間内に設置されているビーコンの座標を頼りに、SCSの処理能力がなければ行えない移動方法だった。

 俺たちは気を引き締めて、ワープが終了するのを待つ。数秒後、船が一度大きく揺れて、俺たちの目の前に果てしない星の海が広がった。


『コンニャク座第77銀河、俺の熱に惚れてもいいが火傷しても知らねぇぜ⭐︎星系、No.3近傍に到着』

「相変わらず酷い名前ですねぇ」


 思わず頭を抱えたくなるような現在地の住所にレティが口をへの字に曲げる。

 この宇宙空間は〈エミシ〉を原点として天球を88に分割し、それぞれに調査開拓員が名前を付けていった。さらに星系は新たに発見した者に命名権が与えられるため、ふざけたような名前が頻出しているのだ。88あるうちの77番目ともなればネーミングセンスにも限界がくるのは仕方がないが、それにしてもひどい名前である。

 クチナシはさすがと言うか、真面目な顔で現在地を知らせてくれるが、俺たちは反応に困ってしまう。


「クチナシ、No.7はどこだ?」


 件の喰われた惑星は、この星系の七つ目だ。ワープから脱した際の誤差を考慮して、少し離れたところに出てきた俺たちからは、まだその姿は見えない。クチナシはブースターから青い炎を噴き上げながら、巨大なマーブル模様のガス惑星の側を掠めるようにして進む。


『見えたよ。あれだね』

「これは……」

「なんとぉ」


 質量はともかく、見た目だけは巨大な惑星の影に隠れるように小さな岩石惑星があった。大きさはおそらく、月よりも一回りか二回り小さいものだったのだろう。ガス惑星の衛星と化していても不思議ではないほどの小さなものだ。

 だが、もはやその姿は星と呼べる者ではなかった。体の大部分が丸く削られるように消えている。まるで虫食いだ。球状の星に、巨大な歯形がいくつも付いている。周囲には食べカスのように細かな破片がちらばり、ゆっくりと漂っていた。

 その異様な姿に、俺たちも思わず絶句する。

 だが直後、クチナシがアラートを発し、ディスプレイの片隅を指示する。そこに鈍色の小型宇宙船艦、アサガオ級が茫洋として浮かんでいた。


「クチナシ、あの船にコンタクトを」

『了解』


 クチナシ級から派生したアサガオ級は、SCSの管理下にある通信プロトコルも大部分を共有しているため、TELの使えない艦橋であっても相互にやり取りができる。ツクヨミの通信圏外で、通信環境の整備が全く追いついていないこの場所では、船を介した通信が一般的になっていた。


『船員は四人。負傷者や行動不能者はいないけど、危険性を鑑みて行動できないと言ってる』

「横付けしてくれ。とりあえず目撃者から詳しい話を聞こう」


 十中八九、あの船がエミシに報告を上げてきたものだろう。クチナシは俺の意を汲んで早速動き出し、アサガオ級のすぐそばに船体を近づけた。かなりサイズに差がある同士ではあるが、お互いのSCSが協力することで連絡通路を繋げることができた。

 扉が開放されると同時に飛び込んできたのは、クチナシの言葉どおり四人の調査開拓員たちだった。


「た、助かったぁ」

「やっとおうちに帰れるよぉ」

「あれ? この人たちって……」

「げえっ!? 〈白鹿庵〉ッ!?」


 雪崩こむようにしてブリッジに入ってきたのは、タイプ-ヒューマノイドの青年と少女、タイプ-フェアリーの少女、そしてタイプ-ライカンスロープ、モデル-ハウンドの少年。

 最初は心底安堵した様子だった彼らだが、俺を一目見るなり飛び上がって声をあげた。


『む、ずいぶんな挨拶ですね。我々は管理者エミシの指令を受けて、あなた方の救助のためやってきたのですが』

「ごごご、ごめんなさい!」


 不満を露わにするクチナシに、ヒューマノイドの少女が慌てて謝る。他の三人もさっと顔を青ざめさせてそれに続いた。

 見たところまだ若い少年少女といったところか。ヒューマノイドの青年だけが少し大人びていて、四人の中では一番の年長者に見える。


「とりあえず挨拶だけでも済ませておこう。といっても、俺たちのことは知ってそうだが」

「すみません、失礼なことを……。俺はこのパーティ、〈蒼炎〉でリーダーをしているKoといいます」


 礼儀正しい青年に続き、彼の妹だというミヨ、タイプ-フェアリーのカルナ、そしてライカンスロープのカイトがそれぞれ名乗る。いわゆるリアル友達同士でプレイしている仲のようで、彼らの間には独特の親しさを感じられた。


「それじゃあ早速本題に入りたいんだが。あの惑星が喰われたっていうのは」

「はっきりとこの目で見ました。〈撮影〉スキルは持っていないんですが、スクリーンショットは撮れています」


 Koがそう言って画像データを送ってくる。俺たちはそれを覗き込み、思わず息を呑んだ。


「こいつは……」

「大きいですね」


 惑星についた歯形からも薄々察していた。しかし、Koのスクリーンショットに写っていたのは、想像を絶する大きな影だった。闇に溶けるような半透明の体。立派なヒレを広げ、大きな口を開いている。滑らかにくねるその体はまるで濡れているように輝いている。


「魚ですか」


 トーカが眉を寄せる。


「ウナギみたい」


 ミカゲが更に詳細に言い表した。

 それは、星よりも巨大な、半透明の白いウナギのような姿をしていた。


━━━━━

Tips

◇俺の熱に惚れてもいいが火傷してもしらねぇぜ⭐︎星系

 コンニャク座第77銀河に存在する、27の天体によって構成される星系。直径1,968,000kmの恒星を中心に、安定的な公転軌道を描く惑星が並ぶ。全構成天体に対する調査は完了しており、生命の痕跡は発見されていない。No.7に対して、資源惑星としての可能性が示唆されている。


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