第1252話「成金管理者」

 エミシの指揮下で行われた惑星資源回収作戦“ブラックシード”は成功を収めた。原始原生生物“深淵望む闇喰いの紅根”に成長制限遺伝子を組み込んだ種を岩石惑星に植え付け、中心まで脆くした上で破壊するというこの作戦のおかげで、〈エミシ〉は潤沢なリソース供給を得ることができるようになったのだ。


『なんといっても岩石惑星を丸々破壊して総取りできますからね。不純物がとても多いとはいえ、レアメタルの類も余さず回収できるのは他にない長所です。今では他の都市に向けた輸出もしてるんですよ!』


 〈白鹿庵〉が借りている大邸宅テントの宿舎へやってきたエミシは、そう言って満面の笑みを浮かべた。一時は金属回収令まで発布しようかと検討していたとは思えないほどの左団扇っぷりである。


「作戦立案に関わった俺がいうのもなんだが、悪い影響は出てないのか?」


 余裕たっぷりの管理者を見ていると、ついつい逆に考えてしまう。巨大な質量たる惑星を破壊して回収するとなると、周囲の惑星系への影響もそれなりにあるはずだ。しかしエミシは当然考えていますと胸を張った。


『今の所、極めて軽微な影響しか出ないと考えられる惑星だけを対象にしています。大きさも制限していますし、そもそもあんまり大きすぎる惑星だと一気に回収効率が落ちますからね』


 破壊する惑星の選定作業は慎重を期している。惑星自体の調査だけでなく、近傍星系の位置関係なども全て調べあげ、更に回収後の継続的な観察も行われている。作戦が実施されるたびにフィードバックも取り込んで、できる限り環境にやさしい惑星破壊を心掛けているという。


「環境にやさしい惑星破壊……。なんだか矛盾してますねぇ」


 隣で話を聞いていたレティが首を傾げる。

 彼女もその破壊力が見込まれて、たびたび“ブラックシード”の破壊役として駆り出されている身だ。稼ぎはいいが、毎回死にかけているのでなかなか大変だろう。


「そういえば、いまだに原生生物がいるような星は見つかってないのか?」


 白龍の画像が公開されたこともあり、〈大鷲の騎士団〉をはじめとする攻略系バンドは惑星探索にも力を入れていた。白龍発見に至らずとも、この無数に浮かぶ星々のどこかに生命がいれば、それはかなりの大発見である。

 しかし、今だにそんなビッグニュースは報じられていないようで、エミシは力なくかぶりを振った。


『そもそも我々イザナミ計画惑星調査開拓団も、この星を見つけるのに大変な苦労をしたと聞きます。それでも移住可能な星は見つからず、結局は第零期選考調査開拓団による大規模な惑星改造――テラフォーミングに踏み切ったわけですし』

「生命が誕生するような星はそうそうないってことか」


 つい忘れてしまうことも多いが、俺たち調査開拓団の目的は、いずれやって来る惑星イザナギからの移民船団を受け入れるため、惑星イザナミを居住可能な星へと開拓することだ。そんな逼迫した状況の超科学文明でもなかなか条件に合う星が見つけられず、しかたなく自分たちで手を加えて環境を整えようとするのだから、生命誕生とはかなりの無理難題なのだろう。

 そもそも、この宇宙空間が本物の宇宙という確証もない。〈エウルブギュギュアの献花台〉という第零期先行調査開拓団が遺した構造物の中に封じられていたものが、緊急停止ボタンの影響で漏れ出してきたものなのだから。


『私としては、このまま惑星破壊し続けるだけでもいいんですけどね。稼げますし』

「およそ管理者とは思えん発言だなぁ」


 エミシも領域拡張プロトコルを推進するという開拓団の行動原理は共有しているはずだから、本心からの言葉というわけでもないのだろう。とはいえ、この宇宙から脱するとしても向かう先は塔の五階だ。開拓という行為に重きを置くならば、塔は放って置いて〈塩蜥蜴の干潟〉の先へと駒を進めるべきだというのも一つの意見だった。


「ウェイドは何か言ってないのか?」

『ああ、そうですねぇ』


 一度査察に来たきり、自分の管理する都市に引きこもっている管理者の名前をあげると、エミシは思案顔で片方の眉を上げる。


『変異マシラの“ブラックシード”参加を打診したんですけど、断られましたね。そもそも原始原生生物の積極的な利用に関しても彼女は慎重派でしたし』

「まったく驚きがないですね。ウェイドさんらしい反応です」


 レティの評価はエミシも納得しているのだろう。彼女は苦笑気味に頷いた。

 そもそも“深淵望む闇喰いの紅根”にしてもウェイドが俺から押収したものをエミシの管理者権限としつこい交渉によってなんとか獲得したのだ。それ以上の譲歩を引き出そうというのが甘い考えだろう。


『でも、変異マシラが参加してくれるともっと効率的になると思うんですよね』

「ミートたちは農園を手伝ってくれてるだろ?」


 変異マシラ――ミートたちが調査開拓団と協働する計画はすでに動いている。〈ナキサワメ〉建設でも多くの変異マシラが投入されたように、〈エミシ〉の拡張工事や保守管理、さらに大農園の力仕事なんかに駆り出されているのだ。

 協働作業に参加したマシラたちの満足度が高いことから評判は仲間内にも浸透したのか、それまで反抗的だったマシラが意を翻して協力を申し出るという事象すらあるらしい。

 とはいえ、ウェイドはマシラを完璧に管理し制御下に置けないことをよく知っている。いかに従順といえど、爆発したら手が出せない危険物には変わりないという認識なのだろう。管理者の庭たる都市内部ならばともかく、フィールドや宇宙に放すのは承知しがたいという話だ。


『私は短絡的すぎるところがあると注意されましたよ。演算リソースを制限するような傾向があると』

「まあ、否定はしない」


 エミシは生まれが特殊な管理者だ。最初期は管理者機体の圧倒的に限られた演算能力を騙し騙し使いながら、なんとか都市運営をしてきた。巨大な中枢演算装置〈クサナギ〉と接続した今でも、その癖は抜け切らない。

 だからこそウェイドなんかは、他の管理者とよく相談し、慎重にことを進めるようにと口を酸っぱくさせているのだが……。


『おやっ!?』


 突然、エミシが椅子の上から立ち上がる。部屋に異常はない。どうやら管理者のネットワークで何かを察知したらしい。彼女は青い瞳を輝かせ、興奮した様子だ。


「どうかしたのか?」

『新しく“ブラックシード”が実施できそうな資源惑星が発見されました! すでに近隣を航行していた調査開拓員に連絡しています。これでまたリソースが増えますよ!』


 うはうは、という擬音がよく似合うはしゃぎっぷりだ。

 リソースは都市運営の基本とはいえ、彼女はずいぶんと貪欲に集めている。すでに財政は黒字どころか、他の都市と比べても頭ひとつ抜けるほどの収益を上げているだろうに。


『うふふ。うひゃっ!?』


 しかし、上機嫌に笑っていたエミシが突然奇妙な声をあげた。何か異変が起こったことを察した俺たちは、素早く彼女に視線を向ける。エミシは真剣な表情に切り替えて何かを探っているようだった。

 その端正な顔立ちが、やがて困惑を浮かべる。


「エミシ、何があったんだ?」

『その……。まだほとんど分かっていないんですが……』


 どう説明するべきか悩みながら、彼女は曖昧な言葉を口にする。


『惑星が喰われた、と』


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Tips

◇エミシコイン

 地上前衛拠点シード01EX-スサノオの管理者エミシの肖像が刻印された金属製のコイン。いくつかの種類、ランクが存在し、購入するとランダムでいずれかが手に入る。〈エミシ〉観光の記念品として、中央制御棟一階オフィシャルグッズショップにて販売中。


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