第1250話「駆け込み寺」

 〈猟遊会〉によってもたらされた宇宙を羽ばたく巨大な白龍。その存在は、調査開拓員たちの好奇心を大いに刺激した。アサガオ級をはじめとした宇宙探索船は強い需要に引きずられて大量開発が進められ、そのキャパシティを得るために〈エミシ〉そのものも規模拡張の強いインセンティブを得た。

 〈エミシ〉では岩石、鉄、鉄鋼、上質精錬鉄鋼、とあらゆる金属資源の価格が爆発し、制御装置に使われる精密機械や機械部品もその煽りを受けた。〈アマツマラ〉や〈ホムスビ〉からは次々と金属素材が輸出され、あまりにリソースの供給が偏るために管理者連盟での経済的操作の告知すら行われるほどの活気であった。

 しかし、外部からの金属素材の流入が制限されてなお、〈エミシ〉の渇望は収まらない。収まるはずもない。青天井に、リアルタイムに暴騰していく市場相場価格は、もはや調査開拓員たちによる密輸すら誘発するレベルへと突入した。

 調査開拓員規則の崩壊を危惧した管理者たちは、エミシに対して対応策の策定と実行を指示した。


『助けてください、レッジさん!』

「そう言われてもなぁ……」


 そんなわけで、前髪に星の髪留めを着けたエミシが泣き声をあげながらドアを蹴破って入ってきた。〈エミシ〉の建設を手伝った縁もあってか、彼女はたびたびこうして意見を求めてくるのだが、今回はその気迫もいつもと違う。


『このままじゃ経済崩壊しちゃいます! そうしたら〈エミシ〉はおしまいですよ!』


 ひんひんと泣く銀髪の少女は、とても一国一城の主とは思えない。ちゃんと大邸宅の方に中枢演算装置〈クサナギ〉も置いてあるはずなんだが……。


「とはいえ、ここ最近の素材の価格高騰はレティたちも無視できないですよ」

「ナノマシンパウダーも金属素材は使うしね。普通に〈ナキサワメ〉で買うのと三倍くらい値段が違うよ」


 大邸宅テントの宿泊棟の一室を〈白鹿庵〉の仮の拠点として借りている。そこで各自気ままにくつろいでいたレティたちが、雑誌やウィンドウから顔を上げて市況を口にした。

 金属素材相場の高騰は、あらゆる周辺産業へと波及しているらしい。アーツ発動に必須の触媒であるナノマシンパウダー、武器の修理に必要なマルチマテリアル、果ては機体修理に必要な部品に至るまで、必需品とされるような物資すら不足がちになっているのだ。

 特に被害が大きいのは、何よりも基盤となっている〈エミシ〉そのもの。宇宙空間に浮かぶ巨大な金属構造物であるこの町は、常に細かなデブリや放射線の脅威に晒されているらしく、頻繁な部品の交換が必要になるという。しかし、肝心要の金属素材が高すぎて買えなくなれば、町が崩壊してしまうというのだ。


『レッジさん、なんとかなりませんか?』


 再びエミシが縋り付いてくる。

 最初になんとかできてしまっただけに、彼女は俺がなんでも解決できると思っているような節さえあるのが玉に瑕だ。

 管理者機体のハイパワーでがくんがくんと体を揺らされながら、一応どうにかできないかと考えてみる。


「金属の木の実をつける植物とか、いないんですか?」

「そんな便利なやつがあるわけないだろ。植物をなんだと思ってるんだ」

「レッジさんがそれを言うのはなんか納得できません!」


 常識的に考えてありえないだろ。金属ってのは基本的に生物には毒となるものなのだ。

 レティは耳を振って憤慨していたが、それが常識である。


「俺よりラピスラズリに頼んだ方がいいんじゃないか?」


 思いついたのは〈エミシ〉黎明期のリソース収集。ラピスラズリが“誘引の窟”を利用して、宇宙を漂っている岩石を集め、それをちまちまと精錬していたのだ。


『検討はしたのですが……。やはり時間や労力に比べて非常に効率が悪く、今の状況では焼け石に水と言わざるを得ないんです』

「まあ、そうだろうなぁ」


 ラピスラズリがやった時でさえ、集まってきたのはほとんどが岩石。そこから金属を抽出しようとすれば、何十トンという重量から一キログラムでも取れたら御の字だろう。

 “禁忌領域”の第一人者と言える彼女でもその程度なのだから、他の呪術師では望むべくもない。

 俺はエミシの潤んだ目から逃れるように窓の外へと顔を向ける。常夜のエミシは煌びやかな人工の光によって彩られ、空には満天の星空が広がっている。大気という障害がない大パノラマは、まるで吸い上げられるような迫力を持っている。

 今回の金属高騰の原因となったのは、一枚の写真だ。そこに写っていたのは白い龍にも見える小さな影。当初はその真偽で紛糾したが、俺たちはそれが実際に存在するものであると強く確信していた。


「あの、謎の白龍は以前見たものと同じだろう」


 四本足と大きな翼。分厚い白銀の鱗で身を覆い、豊かな髭を蓄えている。見るからに神々しいその姿を、俺たちは一度見たことがある。あれは海底都市〈アトランティス〉の奥に広がる呑鯨竜の腸迷宮。無限に複製された迷宮の次元の壁を叩き割った先で、あれと出会い、そして助けられた。

 当時と現在は状況が似ている。この際限なく広がる宇宙も、異常な空間の一種と言えるだろう。であれば、そこに白龍がやってきたというのにも、何か理由があるように思えてしまう。


「全く、大変なことをしてくれたもんだ」


 あの白龍はいったいなんなのか。それを確かめるためにも、俺たちは宇宙へ漕ぎ出さねばならない。


「……うん?」


 その時、ふとあることに気がついた。


「お、レッジさんの顔つきが変わりましたね」

「あれはロクでもないことを思いついた顔だよ」


 後ろでレティたちが何か言っている。俺はそちらへつかつかと歩み寄り、レティの手を握った。


「レティ、いい事を思いついた!」

「れ、レッジさん!? そんな唐突に……」

「星だよ。星なんだレティ!」

「え、えへへへ。そんな照れちゃいますねぇ」


 くねくねと身を動かすレティ。俺は彼女の手を引っ張って、窓際へと連れて行く。

 そして、空に浮かぶ星々の輝きを指さした。


「あれ、全部資源だろ?」

「……は?」


 その瞬間、レティの顔から感情が消えた。


━━━━━

Tips

◇経済的操作

 管理者によって実行される、経済システム健全化のための強制的かつ大規模な操作。通常、複数の管理者による検討と検証、危険性の分析などが行われ、詳細なレポートを指揮官が確認し、実行を承認することによって発動される。

 特定物品の取引制限や価格固定など、経済的には不自然な行動を恣意的に行うことで、市場均衡に介入する。

 大量の調査開拓員たちによる連続的な活動によって生じる異常に対応する方策の一つであるが、影響が広範かつ激甚なものとなることが容易に予想されるため、実行には慎重を期す必要がある。


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