第1249話「謎の白い幻影」
アサガオ級高機動軽装宇宙船艦一番艦は、〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層に広がる広大な宇宙領域を探索するために開発された、クチナシ級船艦の派生型である。とはいえ、親から継承しているのはSCS-クチナシ-17によって収集された基礎的な宇宙環境パラメータや、SCS-クチナシ-1から5が蓄積した宇宙空間航行に関する各種データなどのソフト的な資源がほとんどだ。
その艦容をざっくりと表現するならば、笹かまぼこ。鈍色で扁平な形をした、長さで30mほどの小型艦である。運用に(テントや原始原生生物などの例外的なものを用いない限り)十人規模の人員を必要とするクチナシ級から装備と機能を極力排した小舟は、4〜5人程度、つまり1パーティ単位での運用に適したものとなっていた。
アサガオ級が開発された経緯は単純なもので、〈エミシ〉を起点とした第四階層探索と、第五階層進出に向けた調査開拓活動が活発化したからである。
「前方300kmから信号確認。漂流者と思われます」
「よし、標的固定。アンカーとマニュピレータの準備をしておけ」
〈猟遊会〉のリーダー、リンクスが指示を出し、メンバーが早速動き出す。
最前線のフィールド調査を得意とする彼らは、開発されたばかりのアサガオ級一番艦を大枚叩いて購入し、こうして宇宙へと乗り出していた。そんな彼らがレーダー上で捉えたのは原生生物ではない。〈エミシ〉完成前に宇宙へ放出され、そのまま漂流を余儀なくされていた調査開拓員である。
「打ち合わせ通りね」
グリッドの表示されたディスプレイで点滅するポイントに、パーティの
彼らはなにも手掛かりもないまま漂流中の調査開拓員を探していたわけではない。漂流者も数時間、数日とただ宇宙を漂っているわけにもいかないため、たまにログアウトして現実世界に戻る。そのタイミングで掲示板などで自分が見た景色などを伝えるのだ。
〈エミシ〉に設置された望遠鏡が天体を観測し、詳細な星図を作る。そこから漂流者の証言を重ね合わせ、おおまかな位置を特定する。
あとは時間を合わせて漂流者と救助者がログインすれば、かなりの確率で助け出すことができる。漂流者回収メソッドが、この短時間でかなりの精度で確立されつつあった。
「オーライ、オーライ。よし!」
やがてアサガオ級の光学的視認範囲内に心細そうに漂うタイプ-ヒューマノイドが見つかった。度重なるデブリとの衝突によってスキンは剥がれ、フレームも歪んでいる。足が一本と両腕が動かないようだ。
外見的特徴から掲示板に書き込まれていた人物と一致することを確認し、アサガオ級はバックスラスターを噴射して減速する。それなりの速度で移動し続けている救助者との相対速度を合わせつつ、更に小刻みなバーニアの噴射によって微調整を繰り返す。
このあたりの精密動作はSCSによってほとんど自動で行われており、操船はほとんど素人同然である〈猟遊会〉の面々であっても容易だった。
洗練された船体管理システムの恩恵を受けて、アサガオ級が救助者と肉薄する。音のない静寂な世界で、笹かまぼこ型の船体がぱかりと開き、格納されていた細長いアームが伸びた。
「さぁ、こっちだ」
船内で操縦桿を握り、精密な動きに神経を尖らせるのは、パーティの盾役である犬型ライカンスロープの青年、パークだ。彼が操作するマニュピレータは5mごとに4つの関節を持つ全長25メートル弱のもので、精密かつ繊細な船外作業を支援する。
二本のアームの先端から伸びた三本の指が開き、救助者を包む。スケルトン状態の救助者の表情は窺えないが、その身振り手振りからやっと現れた救助に歓喜していることは分かった。
「対象確保。このまま収容します」
「よし、慎重にやれよ。前は頭ぶっ飛ばしたからな」
「わ、分かってますよぉ」
リンクスが画面を見つつ冗談混じりに言うと、パークは口をへの字に曲げる。彼らも救助や宇宙での行動の専門家というわけではない。これまでに5人ほどの救助を行なっていたものの、全員が全員無事に助けられたとは口が裂けても言えなかった。
とはいえ、漂流者救助は成功しても何か報酬が得られるというわけでもなく、基本的には誰もやりたがらない類の仕事だった。彼らがわざわざ船まで買ってそんなことをしているのは、今後の活動に生きてくるだろうという予感めいた考えと、救助者からの個人的な返礼品を目当てにした打算的な思いからだ。
そもそも、彼らも第四階層の宇宙領域調査が本分であるため、この救助活動は片手間程度のものと言ってもいい。何もない宇宙に、何も目指すものなく飛び込むのは張り合いがない。それなら救助者というとりあえずの目的を設定した方が気持ち的にもやりやすいのだ。
「救助完了。胡桃、状態の確認よろしく」
「は、はーーい」
救助者を掴んだマシンアームが船体に格納され、ハッチが閉じる。気密処理が行われ、完全に外部と遮断されたことを確認し、パーティのヒーラーである胡桃が格納庫に入った。
気が弱く人見知りする性格の胡桃は、お供兼盾役として狙撃手のティッカを伴っている。
「は、発話機能に損傷あり。マテリアル使います」
「生きられる程度には直してやってくれ。それ以上は有料だ」
満身創痍という言葉も生ぬるいような状態の救助者が、アームの側に寝かせられている。自力で立つこともできず、更には口を開くこともままならない。銀色のデッサン人形のような顔だけをこちらに向けて、何かを訴えているようだ。
胡桃が容易していた機体修理用マルチマテリアルを使い、彼の喉を再生させる。機能が回復した途端、銀色の機械人形は激しい声を発した。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう!!!!!」
「うひゃぁっ!?」
壊れた機械のように――実際壊れかけなのだが――感謝の言葉を連呼する青年の声。胡桃が悲鳴を上げ、ティッカが慌てて二人の間に割って入る。
「ごめんねぇ。この子大人しい性格で」
「おっと、それはごめん。でも、本当に助かったよ。あのまま一生宇宙でひとりぼっちかと……」
ようやく救助された喜びに、青年は何もない顔面に手を伸ばす。涙を拭うような動きをして、感慨の深さを表現していた。
「お、無事みたいだな。良かったよかった」
その時、メインルームの方からリンクスたちが様子を見に来る。〈エミシ〉に向けて船首を反転させ、自動航行モードに切り替えたため、しばらく寝ていれば町に着く。勢揃いした〈猟遊会〉の面々を見て、青年は改めて深々と頭を下げて感謝の言葉を伝えた。――もちろん、関節部がほとんど歪んでいるため、その動きはかなりぎこちないものではあったが。
「ま、感謝の言葉は受け取っとくが。一応他にも期待してるもんがあってね」
リンクスの隠す気のない単刀直入な切り込みに、スケルトンがたじろいだ。彼も薄々考えてはいた。遠路はるばる宇宙の最果てまで助けに来てくれたのだ。相応の報酬を求められる可能性は十分にある。むしろ、タダで助けてもらうという方が虫のいい話だ。
一体どれほどの対価となるのだろうか、と戦々恐々とする青年の前に、リンクスが顔を近づける。そして――。
「なんでもいい。漂流中になにか変なものを見たり聞いたり感じたりしなかったか?」
「へ?」
予想から外れたものを要求され、青年は動きを固める。予想通りの反応にくつくつと笑うリンクスを、仲間達が呆れた顔で見ていた。
「俺たちはフィールド調査が専門だからな。金よりアイテムより、情報が欲しい。騎士団なんかが物凄い勢いでビーコンやらドローンやら無人探査機をばら撒いてるが、それはまだ〈エミシ〉周辺だ。俺たちみたいな弱小は、こうしてニッチを攻めないとならん」
だから何か情報を。
リンクスの要求に、スケルトンは首を傾げて唸る。ついでにうなじの辺りから火花を散らす。あんまり考えすぎたら首が落ちないだろうか、と胡桃は恐ろしくなった。
そもそも、これまでの救助者たちも特に有益な情報は持っていなかった。流れ星を見たとか、輪が綺麗な星があったとか、その程度のものだ。だから今回も期待薄だろう。
船員たちが薄くそう予感した、その時。はっとスケルトンが頭を上げて、ケーブルが一本ちぎれた。
「胡桃、直してやれ」
「は、はいっ」
慌てて胡桃が修理を施し、スケルトンが目を覚ます。そして、少し上擦った声を放った。
「そういえば、見ましたよ! 大きな白い龍が飛んでたんです!」
「大きな白い龍?」
揃って胡乱な顔をする〈猟遊会〉の面々に、青年は嘘ではないとウィンドウを開く。彼がリンクスに送ったのは、スクリーンショットのデータだった。自分の視界をそのまま切り取るスクリーンショットは標準機能であるため、〈撮影〉スキルがなくとも使用できる。
そこに映し出されていたのは、赤く輝く巨大な太陽。おそらくは、その美しさに目を惹かれて思わずシャッターを切ったのだろう。
「ほら、ここ!」
スケルトンが大きく拡大した画像の一点を指し示す。
「これは――!」
それを見た〈猟遊会〉の面々が一斉に声をあげた。
巨大な太陽の燃え盛る焔の影に、翼を広げた白い龍にも見える何かが写り込んでいた。
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Tips
◇アサガオ級高機動軽装宇宙船艦
クチナシ級調査開拓用装甲巡洋艦が獲得した種々の宇宙航行関係データを用いて開発された、小型の宇宙船艦。少人数による機動的な調査開拓活動に特化した機能と形状をしており、1パーティ程度での運用が想定されている。
そのため高機能なSCSなどは搭載されていないが、価格も比較的安価に抑えられている。
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