第1248話「母と娘の出会い」

 アストラたちの力を受けて、〈エミシ〉はハイスピードで開発が進んだ。たったの数日でラピスラズリが構築した領域を遥かに超える規模へと成長し、今では〈ウェイド〉と遜色ないほど――とまでは言わないものの、一回り規模の小さい〈ナキサワメ〉や〈アマツマラ〉と同等程度にまで発展している。

 第四階層の内外を繋ぐ“大鳥居”の完成によって人や物資の行き来が可能になり、宇宙船の開発とブラッシュアップも進められた。通信も確立し、エミシも正式な管理者として承認された。

 そして――。


『こんの、バカレッジ!!!!!』

「うごあっ!?」


 ついにはカミルを招待できるほどまで、安全性を確保することができた。

 到着早々、船のタラップから飛び出してきた赤髪のメイドロイドは、砲弾のような勢いで俺の腹を貫いた。三メートルほど吹き飛ばされた俺に馬乗りになったまま、彼女はポカポカと胸を叩く。


『ちっとも連絡よこさないで、こんなところで何やってたのよ!』

「いや、だって連絡できる状況じゃ――」

『うるっさい! 雇用主がどっか行ってどうするの!』

「ご、ごめんごめん!」


 カミルはポカポカと俺を殴り、効果が薄いと見るやごそごそと懐から何かを取り出す。


――ジャキン。


「待て待て待て! それはシャレにならんだろ!」

『うるさいうるさい! こうでもしないとそのバカは治らないでしょ!』


 彼女が取り出したのはネヴァ特製の箒型ハンマー。メイドロイド専用の戦闘装備。そんなもので殴られたらひとたまりもない。


『落ち着いてください、カミルさん。その頭はオーバーホールしたって治りません』


 そんな暴挙を止めたのは、後から降りてきた少女だった。止めたというか、もっと酷いことを言われたような気がするのだが……。

 不満げな顔のままカミルが退き、ようやく立ち上がることができる。顔を上げれば、呆れ顔を銀髪で飾る管理者がちょこんと立っていた。


「おお、ウェイド。来てくれたんだな」

『あなたが来いと言ったんでしょう。そもそも、いずれは査察のために来なければなりませんでしたから』


 NPCであるカミルを連れてきてくれたのは、管理者のウェイドだった。不足している物資はあるかと聞かれたので種が足りないと言うと、ウチの農園の強制家宅捜索までしてしまったらしい。全て彼女に没収された上で、安全なやつだけがコンテナに詰められて降ろされている。

 ウェイドがわざわざここを訪れたのは、もちろん俺に会いたかったからと言うわけではない。彼女が視線を向けた先に立っていたのは、全く同じ外見をした新しい管理者だ。


『は、初めまして……。でいいんでしょうか。エミシです』

『了承しています。すでにデータリンクも済ませていますしね。こうして対面する必要性もないと言えばないのですが……やはり一度顔を合わせておきたかったのです』


 戸惑いながら前に出るエミシ。彼女は元々、ウェイドの管理者機体から生まれたという特殊な経緯を持っている。ウェイド本人からすれば、自分の娘のような存在と言ってもいいだろう。

 ツンツンとしていたウェイドが珍しく表情を少し和らげ、エミシに腕を広げて迎える。


『困難な状況でよく任務を遂行してくれました。あなたの行動は必ずや領域拡張プロトコルを推進させるでしょう』

『……っ! あ、ありがとうございますぅ!』


 母のような存在から掛け値のない賞賛を受け、エミシもついに緊張が解けたようだ。瞳を潤ませ、ウェイドに抱きつく。そんな娘を、ウェイドもまた優しく背中を撫でて受け入れていた。


「うーん、いい画になるな」

「レッジさんってたまに無遠慮ですよねぇ」


 思わずカシャリとシャッターを切ると、レティが半目になって俺を見る。こういう感動の場面はぜひ残しておきたいじゃないか。


『とはいえ、このままではお互いに区別が付かなくて不便でしょう』


 ひとしきり感傷に浸ったのち、ウェイドがあらためてエミシの姿を見て苦笑する。ウェイドもエミシも全く同じ外見をしているから、まるで鏡写しのような光景だ。たしかにこれでは混乱する者も出てくるだろう。

 ウェイドは事前になにか考えてきたようで、懐からそれを取り出してエミシに渡した。


『これは……』


 エミシが受け取ったのは金色の髪留めだった。星の形をしているそれは、キラキラと細やかな輝いて煌めいている。ウェイドがそれを前髪につけてやると、艶やかな銀髪の中にもよく目立った。

 不意の贈り物にエミシは口許を綻ばせる。そのままぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして喜び、俺の方へと見せつけてきた。


『どうです? 似合ってますか?』

「おう。ぴったりだ」


 宇宙のなか、無数の星々に囲まれて生まれたエミシには、これ以上ないほどの贈り物だろう。


『ありがとうございます、ウェイド!』

『あまり豪華なものは用意できませんでしたが……。そうして喜んでもらえるとこちらも安心しました』


 娘の嬉しそうな様子を見て、ウェイドもほっとしたようだ。管理者端末の外観は全て彼女が手掛けているようだが、やはり色々と装飾品も作りたくなってしまうのだろうか。


「……カミルも髪留めとか欲しいか?」

『は? メイドがアクセサリー着けてどうするのよ』


 もしアレなら少し〈鍛治〉スキルあたりに手を出してみるのもいいかもしれないと思って、隣にぴったりと寄り添うように立つカミルを見ると、頓狂なものを見るような目を返された。

 ウチのメイドさんは飾りっ気がないのが面白くないなぁ。


『そうだ。ウェイドにも町を見てもらいましょう。意見も聞きたいです』

『そうですね。案内をよろしくお願いします』


 管理者たちの邂逅も終わり、ウェイドはいよいよ一応は本来の目的としていた〈エミシ〉の査察へ乗り出すことになった。案内役はもちろん、この町の管理者たるエミシである。

 俺もどうせならカミルに町を見せてやろうと思って、エミシたちの後をついて行く。


『〈エミシ〉は中央制御塔がないのですが、その代わりにあの大邸宅テントが中枢施設になっています』

『またこれは……』


 初めに案内されたのは町の中心にある大邸宅テント。もうテントとは呼べないくらいに補強もしっかり入っているのだが。そこは現在、他の町でいう中央制御塔と同じような役割を果たしている。中心にある大ホールにエミシの中枢演算装置〈クサナギ〉が搬入され、すでに稼働も始まっているのだ。

 ウェイドもその立派な面構えに圧倒されている。やはりネヴァがデザインしたこともあって、管理者も納得させる仕上がりになっているということだろう。


『とはいえ、こちらは町の中心ではありません。〈エミシ〉の発展に欠かせないのは――』

「ああああっ!」


 大邸宅の玄関前でくるりと進路を変えるエミシ。俺はぎょっとして思わず声を上げる。


『どうしたんです? 何かまずいものでもあるような顔をしていますが』


 怪訝な顔をするウェイド。無駄に鋭い指摘にぎくりとする。途端に彼女の目がすっと細められた。


『エミシ、次はどこに案内してくれるんですか?』

『この町の礎ともなった重要施設、大農園で――』

「ちょっと待ったぁ! ウェイド、その前にちょっとお茶でもしないか? ほら、砂糖もいっぱいあるぞ? あ、石噛み柘榴なんかが特産なんだが」


 必死に引き留めようとするも、無駄。ウェイドの表情がだんだんと険しくなってくる。

 エミシがきょとんとしているが、カミルが何かを察したような顔になった。


――頼む、先回りして準備を!

――無理よ。アタシはこっちの農園に手は出せないし。


 お互いに視線だけで言葉を交わし、そして絶望する。

 ウェイドの氷のような目線が突き刺さる。彼女は俺を睨んだまま、さっと手を上げた。

 合図を受けて停泊中の船から飛び出してきたのは、物騒な警備NPCたち。それも家宅捜索のために専門化された特殊部隊だ。


『念の為、連れてきていて正解でしたね』

「や、やめてくれ、ウェイド……。今は重要な実験中で」

『そんなものをここでやる方が悪いのです。――対原始原生生物押収特殊部隊、大農園の臨検に向かいなさい』

「うわあああああっ!」


 蜘蛛型の黒いNPCたちが颯爽と駆け出し、大邸宅テントの側に広がる農園へと突入していく。彼らからリアルタイムで送られてくる情報に、ウェイドは目を白黒させていた。


『なんですかこの瓢箪は!』

「ドリンクバーだよ。コーラから緑茶までいろいろ揃えてる。オリジナルブレンドも作れるぞ」

『うわぁ!? こ、この蠢くものはいったい!?』

「腐葉土を作ってるだけだ! 外の出さなきゃ問題はない!」

『な、なんですかこの砂糖は!? 糖度が高すぎます! 押収です押収!』

「それは私欲じゃないのか!?」


 ――とはいえ、ここで止まってくれれば。農園の表にあるのは特に問題はない代物ばかりで……。


『あれ、こんなところに地下へ続く階段が?』

「げぇ」

『……突入!』

「そんなご無体な!」


 〈エミシ〉の急速な開発のどさくさに紛れて作った、大農園の地下。そこから次々と危険性の高い原始原生生物の株が発見、押収された。俺はウェイドからしこたま怒られ、エミシに謝罪することとなるのだった。


━━━━━

Tips

◇“深淵望む闇喰いの紅根”

 現在は滅びた原初原生生物。第零期先行調査開拓団によって蒔かれた“生命の種”から生まれた初期の原生生物。

 暗闇の中でのみ生長し、真紅の強靭な根を張る。真空、超高圧、超低音、超高音、などあらゆる極限環境でも生存することが可能で、その侵蝕能力で全ての生物を捕食する。

 より深い闇を求める性質を持ち、光が少ないほどに生命力、強靭性、運動能力が増強される。

 深い洞窟の奥で野生種がわずかに残っており、そこから始祖帰りを果たした。

 一時期は地上のほぼ全てを覆い尽くし、最大の繁栄種として栄華を誇っていた。しかし、気候変動や他種族の台頭によって絶滅する。


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