第1245話「救出部隊」
『皆さん、改めて今こそ皆さんに感謝します。仲間を助けるため、危険を顧みずに弛まぬ努力を続けてきた皆さんのおかげで、我々は今ここにやってくることができたのです』
〈塩蜥蜴の干潟〉に設営されたテント。大型の陣幕の中で演説を朗々と紡ぐのは、救出隊の隊長を務める管理者ウェイド。傾聴するのはアストラ以下参集した百人を超える調査開拓員たちである。
〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層へと消え、音信不通となった調査開拓員たちを救うために立ち上がった彼らは、その手掛かりを追って様々な分析、調査、そして予測を行った。
その結果、ついに第一次救出隊の出動が決まったのだ。
『これは、この場にいる135名だけではありません。NULLの白化結晶体や“悔恨のギガヘルベルス”から手に入れた極限圧密霊鍛金属の解析も、高度残留霊体の調査も、我々に有意義な情報をもたらしました』
現地で訓告を聞いているのは選び抜かれた精鋭の135人だ。彼らの背後には十分な装備を用意した生産職や、情報を集めた解析者など、より多くの調査開拓員が連なっている。
『我々が持つ第四階層に関する情報は、
台の上に登壇したウェイドは拳を握りしめて力説する。
『もがくこともできず、ただ上下すら判然としない空間を漂うだけ。それのなんと恐ろしいことか……。彼らがまだ正気を保てているか、それすらも定かではないのです!』
ウェイドたちは、第四階層の内部を観測できない。入り口までは辿り着くことができても、その向こうにどんな世界が広がっているのか見ることは叶わないのだ。
だから彼女たちは準備に時間をかけた。あの中へ踏み入った直後から、全ての事象は不測の事態となるのだ。考えうるあらゆる状況に対応するために必要な物資を集め、連携を確認し、訓練を怠らなかった。
『ですが、我々は諦めない! 決して、誰一人として諦めることはない!』
ウェイドたちは、第四階層で何が起きているのか、何が起きるのか分からない。
準備にどれほど時間をかけても、しすぎるということはないのだ。正直、まだ準備が足りないとさえ思っていた。それでも、すでに数十時間が経過している。いかに調査開拓員が屈強といえど、その高性能な人工知能は高性能ゆえに思考を止められない。それがどんな異常をきたすか分からない。
『必ず全員で帰還しましょう。
力強い宣言。
第四階層に何があるのか、彼女たちは全くもって知らない。
だからこそ、機縁を上げる。
彼女の堂々とした演説に、アストラたちは万雷の拍手でもって応えた。
『それでは、出発!』
ウェイドの号令で135人の軍勢が動き出す。彼らが白い塔に飲み込まれていくのを、管理者は憂いを帯びた表情で眺め、彼らの無事の帰還を真摯に祈り続けていた。
━━━━━
「アスパランス、『千切り突き』ッ!」
「おおお! すごいな、この槍!」
アスパラがメインウェポンとして採用しているのは“アスパランス”と呼ばれる特別な槍だった。普段は種瓶として持ち運んでいるそれは、『強制萌芽』によって開花する。そしてパイルバンカーのように勢いよく固く鋭い切先が飛び出し、敵を刺し穿つのだ。
「もう一回やってくれ!」
「いいですよ。『強制萌芽』ッ!」
アスパラがばら撒いた種からアスパランスが次々と飛び出す。足元から突き上げる攻撃は、分かっていてもなかなか避けられるものではない。
これはまた面白い種瓶の使い方だ。
「レッジさーん、そろそろ畑の収穫してもいいんじゃないですか?」
「おっと。すまんすまん、つい夢中になってしまって」
「ちゃんとしてくださいよ。資源はまだまだ足りないんですから」
簡易保管庫を抱えてやって来たレティに急かされ、俺は畑の方へと急ぐ。〈栽培〉スキル持ちが二人に増えたことで、農地面積はさらに拡大した。今では収穫の手の方が足りなくなって、レティたちだけではなくクチナシ、さらにはミートたちやマンドラゴラたちにも手伝ってもらわなければ追いつかない状況に陥っていた。
瑞々しいトマトを手に取り、ひとつ齧る。真っ赤な果汁は濃厚で、これだけでケチャップにできそうなほどの美味しさだ。
『パパ、いっぱい取ってきたよ!』
『オンッ!』
トマトの出来栄えに感心していると、大きなカゴを抱えたミートが駆け寄ってくる。オルトが作ってくれたカゴの中には、これまた新鮮な植物が大量に入っていた。
ミートと一緒に走ってきたのは、アスパラが使役しているマンドラゴラだ。彼らも優秀な協力者で、同じくカゴに大量の野菜を載せて持ってきた。
「どっちもすごいな。大助かりだ」
『むぅぅ……』
いつものように褒めてやったのだが、ミートはまだ不満げだ。隣に立つマンドラゴラの方をチラチラと見ながら唸っている。
「ミートは畑を耕すのも手伝ってくれたからな。いつもありがとう」
『ふふん! ミート、土には詳しいからね!』
もうひと押ししてみると、ミートの顔も綻ぶ。
石割り柘榴にまでライバル意識を持っていた彼女だが、更に動き回る植物ということでマンドラゴラにも強い敵対意識を向けているようだった。マンドラゴラの方もそんな彼女に対抗心を燃やしているようで、お互いに競い合っている。
こちらとしては収穫が捗るので問題ないどころか大歓迎だ。
『オン♪』
「よしよし。マンドラゴラも頑張ってるな』
左右の手でそれぞれの頭を撫でつつ、今後も収穫に励むように伝える。二人はカゴの中身をレティの持つ保管庫に入れて、早速畑へと戻っていった。
『……レッジは何か、植物が好きな匂いでもするのかな』
「うおっ!? な、なんだ突然」
後ろからつんつんと突かれ、驚いて振り返る。そこに立っていたのはサングラスをかけた少女――クチナシだ。ウェイドと同じくスタンドアロンモードに移り、管理者機体よりもはるかに演算能力で劣る彼女は、こうして畑の見回りを手伝ってくれている。
「ほんとにですよ。マンドラゴラだって、レッジさんのペットじゃないんですよ?」
「レティまで……」
何故か隣にいたレティまでクチナシと並んで胡乱な目を向けてくる。ただミートたちと仲良くしていただけなのに、なんて言われようだ。
「本当ならガーデニングとかもしたいんだけどな。あいにく現実じゃなかなかできないんだ」
「それはまあ、なんとなく分かりますけど」
レティは俺のリアルの状況を知っている。だからか少し困ったような顔で頷く。
別にやろうと思えば研究所の外の花壇でも借りて種くらい植えられるんだろうが、外に出たら花山や桑名がうるさいんだよな……。
『レッジ! ちょっと来てください!』
その時、テントの方からお声がかかる。見ればエミシが二階の窓からこちらへ身を乗り出して大きく手を振っていた。
「どうした?」
『緊急事態です! 急いでください!』
エミシにそう言われたら行かないわけにはいかない。
俺はレティとクチナシに後を任せて、駆け足でテントへと向かった。
「何があったんだ?」
『分かりません。ただ、猛烈な勢いでこちらへ接近する物体が確認されました!』
エミシが困惑の表情を浮かべる。周辺の調査の一環で〈エミシ〉の外側に向けてカメラを設置しているのだが、それを確認するのはウェイドの役割だった。しかし彼女がわざわざ呼び寄せるということは隕石なんかではないだろう。
彼女が提示してきた画像データを覗き込み、俺は思わず声を上げる。
「なんだこれは!?」
そこに写っていたのは、黒々とした鋼鉄製の宇宙船らしき物体だった。
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Tips
◇アスパランス
特殊な遺伝子改良を施した野菜。巨大な一本のアスパラとして生長し、その先端は鋭く尖る。全体が非常に硬くなり、武器として用いることもできるほど。
皮を剥いて、三日間茹でこぼして灰汁抜きをすれば、食べられる。
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