第1246話「導かれた船」
その写真が撮られたのは、ちょうど5分前のことだ。定点観測を行っているカメラの撮影間隔から、それが最新の写真だった。俺は慌ててエミシを連れて、その写真を撮影したカメラの元へと向かう。
『な、何も見えませんね……』
「向こうの速度も分からないし、そもそも300倍の超高倍率だからな。本腰入れて探すとしよう」
画像は解像度が低くモザイクがかった品質の悪いものだ。自動撮影だからしかたないとはいえ、これでは情報もなにもない。俺はカメラに手を伸ばし、オート撮影からマニュアル撮影へと切り替える。〈撮影〉スキルの本領発揮だ。
「レッジさん、何かあったんですか?」
「おじちゃん! ハンバーガーの実が豊作だよ!」
俺たちの騒ぎを聞きつけたのか、レティたちもぞろぞろとやって来る。エミシが宇宙船の写真を見せると、彼女たちも騒然となった。
「ダメだな。この辺りにはいないみたいだ」
ファインダーを覗いていた俺は失意のうちにカメラから目を離す。既に宇宙船は過ぎ去ってしまったのか、どこにも見当たらない。
しかし、これで全てを諦め切れるわけもない。俺は過去の定点撮影の記録を他のカメラの分も合わせて確認する。『写真鑑定』も使って、今まで映っていなかった異物を見つけ出すのだ。
高解像度の写真の中から、数ピクセル程度の影を探す地道な作業だ。
「レッジさん、レッジさん」
「なんだレティ」
「その、クチナシが」
集中しているところに話しかけられ、顔を上げるとレティが横を指差す。クチナシが虚空を見つめていた。その普段とは違う様子に俺も違和感を抱き、彼女に声をかける。
「クチナシ、何か見つけたのか?」
『聞こえる……』
短い答え。声を発する余裕もないと、その声色が語っていた。
彼女は深く集中し、何かを感じ取ろうとしているようだった。星々の瞬く黒い海を見渡し、そのなかに何かを探している。いや、何かを見つけたのだ。
『……っ! きたっ!』
唐突にクチナシが目を見開く。彼女は高速で口を動かす。言葉は発さない。しかし、何かを誰かに伝えようとしている。
やがて彼女は押し黙り、今度は耳を傾ける。
それを何度か繰り返したのち、彼女は破顔してこちらへ振り向いた。
「何があったんだ?」
『仲間が来るよ! クチナシ級一番艦がこっちに!』
クチナシは飛び跳ねてよろこび、俺たちはずっと待ち望んでいた救援に歓喜した。
クチナシは、そもそもクチナシ級十七番艦の船体管理システムだ。彼女には多くの姉妹が存在し、今回やって来たのは長姉にあたるクチナシ級一番艦だった。同じクチナシ級ということもあり、彼女たちは相互の通信も手慣れたものだった。
お互いに情報をやりとりすることで方角と距離を算出し、相対的な座標を算出する。補助機体のスタンドアロンモードであるクチナシにはそれを行うだけの演算能力はなかったが、そこは一番艦の高性能な演算装置が肩代わりした。
黒い金属で包まれた、一見すると潜水艦のようにも見える宇宙船が〈エミシ〉の縁に横付けされたのは、それから間も無くのことだった。
「ずいぶんと改造されたクチナシ級だな」
「レッジさんがそれを言うんですか……」
全長200メートルと、そのサイズはなかなかのものだ。だが、元々は洋上に浮かぶ装甲巡洋艦であったはずのクチナシ級は、その面影を完全に消してしまっている。クチナシ級十七番艦の船体をミサイルに改造した俺が言えることではないが。
オルトたちも騒ぎを聞きつけてやって来る。オタなどはようやくやってきた助けに感激の涙さえ流していた。
そして、ついに。
俺たちが見守る中、クチナシ級一番艦の頑丈な気密扉が開き、タラップが降りてくる。
「レッジさん! お久しぶりです!」
そこから飛び出してきたのは、半ば予想通りの爽やかな笑顔。銀の鎧を着込んだ青年、アストラである。
そもそもクチナシ級一番艦をナキサワメから借りているのが〈大鷲の騎士団〉なのだから、当然と言えば当然だった。
「おお、ほんとにレッジがいるな」
「なんだァ、この星は。というか畑か?」
「せっかく助けに来たのに、随分余裕そうじゃないか」
「また楽しそうなことしてるわねぇ」
予想外だったのは、彼を押し除けるようにして次々と出てきた面々である。〈ダマスカス組合〉のクロウリに、〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキー、〈
総勢は100人を超えているだろう。それだけの調査開拓員が、次々と〈エミシ〉へと上陸を果たす。
「またすごい人数だな。なんにせよ助かったよ、アストラ」
「レッジさんのためならこの程度はすぐに集まりましたよ。みんな、ウェイドさんの号令で馳せ参じた義勇軍です」
代表となるアストラに感謝の言葉を伝えると、彼は爽やかに白い歯を見せてなんでもないように言う。
どうやらこの救出隊はウェイドが陣頭指揮を取っていたのだとか。それを聞いたエミシが、嬉しいような驚いたような表情をしていた。
「レッジさんたちが宇宙で漂流していたらどうしようかと心配していたんですが……」
アストラは周囲を見渡す。
ラピスラズリが領域を定め、俺がテントで固定し、エミシがその管理権を受け継いだ。宇宙に浮かぶ地上前衛拠点シード01EX-スサノオに、救出隊の面々は一様に驚いていた。
「案外、平気そうですね?」
「いやそうでもないぞ。リソースの生産量がとにかく足りないんだ」
「そもそもリソースが生産できているんですね」
〈エミシ〉の窮状を臨場感たっぷりに力説するも、アストラはいまいち危機感を共有してくれない。しまいには、さすがはレッジさんですと賞賛までされてしまった。
「とにかく、今はここの拠点化を進めているところなんだ。ここの管理者は、このエミシだ」
『初めまして、調査開拓員アストラ。あなた方には感謝を申し上げます』
エミシが手を差し出し、アストラもそれを握る。
全くウェイドと同じ姿をした管理者に驚くかと思ったが、ウェイドもこの事態はある程度予測していたらしい。アストラの後ろにいる面々も興味深そうにしているものの、そこまで驚いている様子はなかった。
「しかし、まさかこんな立派な宇宙船で来るとは思わなかった。どうやって持ってきたんだ?」
船に詰んだ物資を降ろす様子を見守りながら、気になっていたことを訪ねる。
ここは果てしない宇宙空間だが、その入り口は小さな扉だ。とうてい、クチナシ級の大型戦艦が乗り入れられるようなところではない。
「パーツごとに分解して運び入れて、中で組み立てました。ネヴァさんたちのおかげですよ」
〈エミシ〉の特産品である石噛み柘榴の実を食べていたアストラは、事もなげに語る。どうやら、このクチナシ級一番艦は規模のでかいボトルシップの要領で作られたらしい。
聞くだけなら簡単だが、実際にはパーツの数も数万は下らないはずだ。それを塔の外から第四階層まで運び込むだけでも、多大な労力と時間がかかったことは想像に難くない。
「わざわざ手間をかけたな」
「そんなことはありませんよ。レッジさんのためなら、この程度は苦でもありません」
嬉しいことを言ってくれる団長である。
クチナシ級一番艦の大きく開いた船倉の扉の前では、アイが旗を振って指示を送っている。次々とコンテナを引き出していくのは、レティのしもふりよりも更に大型の機械牛だ。その力強い歩みで、大量のリソースが〈エミシ〉へ納入されていく。
「どうやってここまで来たんだ? 手がかりはなかっただろう」
もう一つ、気になっていることがあった。この広い宇宙で、どうやってピンポイントに俺たちの居場所を突き止めたのか。
「俺の直感――と言いたいところですが、もっと強力な助っ人がいたんですよ」
アストラはそう言って、救出隊の集団からそそくさと離れていく一人の姿を指で指し示す。
「ああ、なるほどな」
それを見て、俺もすぐに納得する。
彼女ならばそりゃあ確かに、この世界を地図も持たずに散歩できるだろう。
「あ、師匠! 来てくれてたんだ! ハンバーガー食べます?」
「あら、殊勝な心がけね。コーラはあるのかしら?」
「はええ……。ポテトならあるんだけど」
途中で愛弟子に見つかって、絡まれている占星術師。彼女もまた、その再会を喜んでいるように見えた。
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Tips
◇超大型運搬用機械牛
非常に大きく、大量の荷物を運ぶことができる特別な運搬用機械牛。一機で大型コンテナ五つを牽引することが可能。動きは遅いが、エネルギー効率は非常に良い。
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本日(8月1日)より新シリーズ「貞操逆転獣人世界のヒトオス剣闘士」が始まります。三日までは一日三話更新しますので、ぜひそちらもよろしくお願いします。
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