第1244話「吼えろ大根」

「マッハアスパラガスと申します。気軽にアスパラとでも呼んでください」


 ラピスラズリによって引き寄せられた三人目の調査開拓員は、全身を真緑の装備で固めた細身のタイプ-ヒューマノイドの男性だった。そのひょうきんな見た目とは裏腹に、アスパラは宇宙漂流から救出してくれたラピスラズリたちに丁寧な感謝の言葉を述べ、恭しく頭を下げた。


「とにかく歓迎しよう、アスパラ。ようこそ〈エミシ〉へ」


 真緑の手を握り、握手を交わす。これで〈エミシ〉に新たな住人が加わった。

 となれば続くのは彼にどんな仕事を任せようかという話題である。歓迎も兼ねて甘い柘榴の実を差し出しながらスキルビルドについて尋ねると、彼も嫌な顔ひとつせずにフレンドカードを取り出した。


「おお、アスパラも〈栽培師〉なのか!」


 そこに記されたロールを見て、思わず声をあげる。こんな状況に居合わせるプレイヤーだからほとんどは戦闘職ばかりだと思っていたが、予想に反して彼は〈栽培〉スキルを持っているようだった。植物でリソースの生産を賄っている〈エミシ〉では、大手を振って歓迎すべき逸材である。

 しかも俺と同じスキルということもあり、さらに口角が上がってしまう。


「僭越ながら、私もレッジさんと同じく〈栽培〉スキルを戦闘に用いようと画策しておりまして」

「なるほどなぁ。いいよな、種瓶。便利だろ」

「ええ、あのシステムはとても画期的です」


 思わぬところからやってきた栽培師。それも同じく種瓶を扱う同好の士である。自然と話は弾み、ついついシフォンに渡す予定だったハンバーガーの実も出してしまう。


「申し訳ありません。私、ベジタリアンでして……」

「これは完全植物だから大丈夫だぞ」

「なんと!」


 紙ラップっぽい見た目の薄皮に包まれたハンバーガーっぽい見た目の果肉に、アスパラは驚き目を丸くする。

 完璧に設計された立体造形出力の合成肉の方が美味いと言われることも多く、植物由来の代替肉も普及した現代だからこそ、食の嗜好も幅広くなった。とはいえ、仮想現実内でも厳格に自信のポリシーを守るというのはなかなかに筋金入りだ。


「ふむ……。これは美味しいですね。普段食べているものと比べると、少し重たいですが」

「本来の肉の味だよ。菜食主義の人だとちょっとくどいかもしれないな」

「申し訳ない」


 良かれと思って出したハンバーガーの実だが、アスパラは半分ほど食べたところで胸焼けしたようだった。聞けば、元々動物性の脂などをあまり摂取できないような体質で、ずっと野菜中心の食事に慣れ親しんできたのだと言う。


「この柘榴はとても美味しいですね」

「そりゃあ良かった。やっぱり野菜や果物が好きなんだな」

「ええ。植物の力強さは、とても勇気をもらえますから」


 そう言ってアスパラは爽やかな緑色の笑顔を見せる。


「よく分からないですね……」

「わたしのハンバーガー……」


 少し離れたところからチラチラとこちらを見ている二人は、あまり納得のいかない様子で首を傾げていた。


「それじゃあ早速で悪いんだが、アスパラにはいくつか畑を任せてもいいか?」

「ええ。この恩に報いるためにも、滅私奉公で頑張らせていただきます」

「そこまで気を張らなくてもいいんだけどな。ゆるく楽しくやってくれ」


 具体的にアスパラのスキルビルドを確認してみる。戦闘系としては〈槍術〉スキルを主軸に据え、〈戦闘技能〉〈鑑定〉〈調教〉と続く。槍使いというところまで同じという事実はなかなか嬉しい。


「〈調教〉スキルを持ってるみたいだが、ペットはいないのか?」


 このスキルは野生の原生生物を手懐けることができるというものだ。〈黒長靴猫BBC〉の子子子ねこのこが特に有名だが、気軽に可愛いペットを飼えるとあって実装当初からかなりの人気スキルとして常にランクインしている。手懐けたペットは手塩にかけて育てれば育てるほど成長し、〈始まりの草原〉で捕まえたコックビークを饑渇のヴァーリテインを蹴り飛ばすほどまで鍛えた猛者もいるらしい。

 ただ、ペットの欠点の一つとして連れ回すのに手間がかかる。不思議な力で小さなボールにでも入れて、ポケットで持ち運べるならいいが、そう便利なこともない。大型原生生物なら、コンテナ輸送するしかないという話も聞く。

 だが、アスパラは83とかなり高いレベルの〈調教〉スキルを持っているのに、相棒らしい姿が見当たらない。まさか宇宙ではぐれたのかと不安になると、彼はにっこりと笑ってそれを否定した。


「ご心配なく。私のペットはこちらです」


 そう言って彼は懐から何かを取り出す。それは。乾いた数粒の植物の種だった。


「これって……」

「見ての通り、植物の種です。ですがこれを――」


 彼は近くの腐葉土の上にパラパラと種を落とす。そして〈栽培〉スキルを用いてそれを急速に育成する。種が割れ芽吹き、蔓が伸びる。ここまではごく普通の植物だ。種はみるみるうちに、三分の一ほどが地中に埋まった大根のような姿に生長した。


「大根では?」

「美味しそうな大根だね」


 興味を引かれてレティ達がやってくる。畑を覗き込んだ彼女らは、異口同音にそれが立派な大根だと評した。だが、その時。大根の葉がワサワサとひとりでに震えたかと思うと。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!!!!!!!!』

「み゜ぎゅっ!?」


 大宇宙へと轟く絶叫。濁音混じりの雄々しい咆哮。まったく油断していたレティの敏感なウサ耳を突き破る。

 あまりの大声量にのんびり読書に興じていたラピスラズリでさえ驚いて飛び上がり、ミート達も戦意を露わにする。

 声の発生源はアスパラが植えた大根。――いや、大根に酷似した妙な植物だった。

 それはひとりでに動き、ぴょこんと土の中から飛び出してくる。真っ白な大根のようだが、それは丸みを帯びたゆるい人型を取っており、茎のすぐ下、頭にあたる部分には落書きみたいな目と口もついている。

 ひとしきり周囲の耳をつんざく絶叫を振り絞った大根は、よちよちと丸い足を動かしてアスパラの元へと駆け寄る。


「お、おおお……」


 レティがぐったりと倒れ込む。シフォン達もそこまでではないにせよ。汗をびっしょりとかくほど驚いていた。


「すみません、先に言っておけば良かったですね……」


 アスパラは申し訳なさそうに謝罪をしつつ、ころんとしたそれを抱き上げる。


「〈栽培〉スキルで育てて、〈調教〉スキルで使役することのできる植物、マンドラゴラです。私はこの子たちと、種瓶“アスパランス”を使って戦闘をしているんですよ」


 彼が自慢げに掲げてみせた大根――っぽい見た目の植物は、誇らしげに「オンッ」と短い声を上げた。


━━━━━

Tips

◇マンドラゴラ

 特殊な遺伝子改良を施した植物。植物ではあるが、地面から離れ自律的に動くことが可能。見た目は丸みを帯びた40cmほどの大根に酷似しているが、根にあたる部分は大まかな人型を取り、頭部にあたる部分に目や口に似た器官を有する。

 最大の特徴はその大声。十分に生長し活動が可能となった個体は、地中から出るもしくは引き抜かれる時に凄まじい絶叫をする。これにより、聴覚器官を有する原生生物に強い衝撃を与え、一時的に“沈黙”や“気絶”の状態異常を与えることもできる。

 知能はないに等しいが、高い〈調教〉スキルがあれば簡単な作業を手伝ってくれるだろう。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る