第1243話「便利な植物達」
箱の中に石を詰め込み、そこに種を一つ落とす。栄養液を垂らせば、ものの数秒で種が割れ、芽が伸びる。ニョキニョキと元気に成長し、大きな花をつけ――足元の岩をガツガツと食べ始めた。
『いや、おかしいでしょう!?』
夏休みの小学生よろしく、植木鉢代わりの箱の前にしゃがみ込んで観察していたエミシが悲鳴を上げて飛び上がる。彼女が目を丸くして喚いても、青い花を咲かせた食岩植物“石噛み柘榴”は元気よく食事を続けていた。
『なんで植物が石を食べてるんですか! ていうか、花弁が口になっているのも意味が分からないです。動物では!?』
「エミシは元気だなぁ。〈栽培〉スキルで育つんだから、こいつも植物に決まってるだろ」
『なんなんですかその適当な分類は!』
ザックザックと石を食べ、石噛み柘榴は生長する。細胞分裂の速度を加速させる遺伝子を組み込んでいるおかげで、見る見るうちに大きくなっていくのだ。そのぶん大量の食事を必要とするが、周囲には餌となる岩だけはいくらでもある。
「ほーら、いっぱい食べて大きくなるんだぞ」
原種となっているのは柘榴に似た原生生物だから、徐々に幹も太くなる。枝も伸び、そのうち箱の中では収まらないほどに肥大化した。それくらいになれば、移し替えてもいい頃合いだろう。
俺はスコップを使って石噛み柘榴を領域の中心近くにある岩場に植え替えた。枝から次々と鋭い牙の並んだ花が咲き、勢いよく岩を食べ始める。
「ひええ……。なんかすごいビジュアルの木ですね」
一休みしていたレティたちも騒ぎを聞きつけてやって来る。肉やら魚やらを食べる植物なら〈ワダツミ〉の別荘にある農場にもいくつかいるが、石を食べるものは珍しいらしい。
「ひええ……」
「これが〈白鹿庵〉か」
オルトやオタもやって来て、何やら唖然として石噛み柘榴を見上げている。
そうこうしているうちに、初めの方に開いた花が閉じ、やがて花弁を落として大きな青い実を付けた。急速に熟していくそれを頃合いを見てもぎ取る。
「ほら、レティ」
「わぁ! 美味しそうですねぇ」
『えええ……』
レティに差し出すと彼女は耳をぴょこんと跳ねさせて喜ぶ。隣でエミシが愕然としているが、彼女は早速その瑞々しい果実に齧り付いた。
「ん〜〜〜! おいしくってジューシーですね!」
「そうだろうそうだろう。ミネラルたっぷりだからな」
『たっぷりっていうか、ミネラルしか入っていないのでは?』
エミシが訝るのも無理はない。石噛み柘榴は石を食って成長するのに、その実はとても瑞々しいのだから。正直、俺もこの水分がどこから来ているのかよく分からないが、まあ美味いからいいだろう。
「さ、どんどん取っていくぞ。熟し切っても種にはならないからな」
「わーい!」
厳密に言えば〈栽培〉か〈採集〉スキルを持っていた方が品質を落とさずに収穫できるのだが、今はそうも言っていられない。レティたちにも手伝ってもらって、次々と実る柘榴を収穫し、保管庫に納めていく。一つの種からこれだけ大量に取れるのだから、まったく植物とは不思議なものだ。
「あらあら? もう元気がなくなってきましたの」
木陰にいた光が木を見上げてその変化を敏感に捉えた。次々とハリのある実を付けていた枝が力なく垂れ、葉もパラパラと落ちていく。生長も早ければ枯れるのも早い。あっという間に石噛み柘榴は自重も支えられなくなり、積み上がった石の上に倒れてしまった。
「生長促進に遺伝子を偏らせてるからな。生長が早まるってことは寿命も早いってことだ」
「あら、それは残念ですの」
甘い柘榴の実を手にしたまましょんぼりとする光。甘いものが好きな彼女は久々の甘味がもうなくなってしまったことに落ち込んでしまったようだ。
「あ、あの……良ければレティのを……」
見かねたレティが苦渋の――断腸の、本当にとても重たい決断を下すような厳しい表情で、手に持った柘榴を渡そうとする。
「大丈夫だよ。柘榴の種はまだある」
「えっ、そうなんですか?」
驚き振り返るレティの目の前で、俺は柘榴に向かってテクニックを発動させる。〈栽培〉スキルの基本テクニックでもある『種取り』を使えば、遺伝子改造を施して種を残せなくなった植物からも種を手に入れることができる。配合などは行えない、クローンの種だが。
手に入れた種を再び岩のうえに落とすと、すぐにまた木が立ち上がる。十分もすれば、大量の柘榴がまた手に入る。
「岩石がある限り、石噛み柘榴はいくらでも育てられる。木の実も実質的に無限に手に入るし、それだけじゃない」
俺はオルトの方へ目を向ける。柘榴を食べてニコニコしていた彼女は視線に気が付いて驚き、はっとした。
「も、木材が手に入ります!」
「御名答!」
岩と鉄しか手に入らなかった〈エミシ〉に、新たに木材という資源が追加された。更に言うなら、岩場に薄く積もった落ち葉も立派な資源だ。これをかき集めて貯め込めば腐葉土が作れるし、そこから別の植物の栽培もできる。
「れ、レッジさんがチートすぎる……」
「このイベント、レッジがいなかったら普通に詰んでたんじゃない?」
早速柘榴をもぎ取っていたレティやラクトも、俺の方を見て尊敬の目を向けてくる。
ふふふ、こんなこともあろうかと、無人島でも生き残れるだけの準備をしてきたのだ。まあ、種や苗木を選んで仕送りしてくれたのはカミルなんだが。
「そういうわけで、石噛み柘榴を起点にして植物の大増産を始める。ラピスラズリたちは引き続き岩石を集めてくれ。オルトは農具を作ってくれると嬉しい」
「任せてください。私は真ん中で本でも読んでるだけで良いわけですし」
「頑張ります! オタ君も精錬よろしくね」
「ははは……」
岩を集め、鉄を溶かし、植物を育てる。〈エミシ〉に新たな産業が興った瞬間だった。
俺は石噛み柘榴の種を増やしつつ植林も進め、常時十本ほどが生長しつづける環境を整えていく。柘榴の収穫や石の搬入を手伝ってくれるのは、力自慢なミートたちだ。
『パパ、ミートもすごい?』
「もちろんだ。大助かりだよ」
マシラの中でも特に張り切っているのはミートだった。彼女は原始原生生物も含めた植物の遺伝子を取り込んだマシラだからか、植物を育てていると妙に対抗心を燃やしてやってくる。
褒めてやって頭の花弁を軽く撫でたら、彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねて巨大な倒木を軽々と持ち上げていくのだ。
「カエデ、この箱を絶対に倒さないように見張っててくれ。生長した植物が出てこようとしたら問答無用で剪定して、切り落とした枝葉は絶対に何があっても外に出さないように」
「何を育てようとしてるんだよ……」
落ち葉が集まって来たので、オルトに大きめの木箱を作ってもらってそこに収める。小さな種を一粒落とせば、それは落ち葉を掻き集めるように根を張って、やがてジュクジュクと濁った水に変えてしまった。生々しい肉のような見た目の植物が、孵卵臭を漂わせながら毒々しい赤黒い花を咲かせる。
「“胎動する血肉の贄花”の遺伝子をちょっと借りた蓮の花だ。腐食能力が高いから、こいつを使えばすぐに腐葉土が量産できるんだが、外に出したらちょっとしたパンデミックになる」
「危険生物じゃないか!」
「だから気をつけてくれよ」
石噛み柘榴の倒木や落ち葉は土に変わる。それを集めて畑を作り、更に色々な植物を育てていく。まるで牧場経営シミュレーションのような具合だ。
「うわぁ、すごい大きな瓢箪だね!」
「お、フゥ。良いところに来てくれた。こいつに大量の水が詰まってるから、料理に使ってくれ」
畑が出来れば土でしか育たない植物も栽培できるようになる。まず手を付けたのは、重要資源でもある水だ。“水太り瓢箪”はどういう仕組みか不明なものの、乾いた環境でもよく育ち、1メートルほどの巨大な瓢箪になみなみと水を湛える。これを量産することで、この限られた環境でもどこからか水を手に入れることができるのだ。
「はええ……。なんか質量保存みたいな大事な法則に違反してる気がするよ」
「育つんだからいいだろ? ほら、シフォン。ハンバーガーの実だぞ」
「わーい!」
皮ごと炙ったら中身がジューシーなビーフパティのハンバーガーになる不思議な木の実を渡してやると、シフォンも疑問を捨てる。植物栽培で大事なのは、常識に囚われない自由な発想だからな。
『あ、あまりにもリソースが潤沢に集まりすぎて怖いです……』
徐々に発展していく町を見渡して、エミシが何やら驚いていた。
「エミシ、サトウキビできたぞう」
『今すぐ精製しましょう! フゥさん、出番ですよ!』
ラピスラズリの“誘引の窟”が新たな人員を連れて来たのは、フゥが中華鍋で待望の砂糖を煮詰めているちょうどその時のことだった。
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Tips
◇“石噛み柘榴”
強力な消化酵素で土や石を分化し、そのミネラルを用いて生長する特殊な植物。樹高5メートルほどになり、鮮やかな青色の実を付ける。実は水分が多分に含まれており、甘酸っぱく美味。日持ちはしない。
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