第1242話「拡大する町と人」

 強烈な引力が宇宙を漂う岩石を引き寄せる。初めはゆっくりと、徐々に加速し、最高速度に到達したそれは弾丸の如く。猛烈な勢いで四方八方から飛来する大小様々な岩石。もはやそれは人の命を奪うのに十分な凶器となる。


「てやややああああいっ!」

「はぁああああっ!」

「せいっはぁっ!」


 脇目もふらず引力の根源――ラピスラズリへと迫る岩石。それは次々と粉砕され、刻まれる。細かな石へと分割されたそれは、領域の平らな地面にばらばらと落ちる。手ごろな大きさになったそれは、ラピスラズリの周囲をぐるぐると回る機械牛が装着した竿によって集められる。向かう先には、この場で唯一の〈鍛治〉スキル保有者が簡素な溶鉱炉とともに待ち構えていた。


「材料を炉に入れてスイッチ……材料を炉に入れてスイッチ……」


 弱々しい声を上げながら、オルトが石をかき集めて炉に流す。灼熱の炎がそれを飲み込み、溶かし、分解する。溶解温度の違いや重さの比重によって、ドロドロに溶けた石材はその組成ごとに分離される。取り出されるのは銑鉄、溶滓。岩石中に僅かに含まれる鉄を少しずつ集めていく。

 オルトの側には簡易保管庫が二つ置かれ、彼女はそこに鉄とそれ以外を選り分けて収納する。


「てやややああああいっ!」

「はぁああああっ!」

「せいっはぁっ!」

「材料を炉に入れてスイッチ……材料を炉に入れてスイッチ……。ひょへっ」


 レティ、Letty、トーカ、カエデが次々と岩石を破壊する。タンがそれをかき集める。オルトが集まった大量の岩石を精錬する。そうして生み出される、少量の鉄。

 オルトは自分が巨大な工場を構成する小さな歯車の一つになってしまったように感じていた。確かに何でもすると言った。しかし、こんなことまで何でもの範疇に入るとは。石と同時に自分の精神もすり減らしているような気持ちだった。

 彼女が時間の感覚さえ失いかけたその時、ついに変化が現れる。


「人だ!」

「てやあああああいっ!」

「レティ、ストップストップ!」


 レッジが叫ぶ。レティが無視してハンマーを振り上げる。現場監督という名の見物を決め込んでいたラクトが慌てて彼女を氷漬けにして止めた。


「うわあああああああああっ!? ほがっぎょっげばっぼぼっ」


 宇宙の果てから近づいてくる絶叫。大小様々な石の破片が散乱する領域に顔面から突っ込み、痛々しい悲鳴に変わる。その声に聞き覚えがあって、オルトははっと目を覚ました。


「その人、私の仲間です!」


 溶鉱炉の前から飛び出し、オルトは向かう。レティのハンマーが鼻先ギリギリで止まり、蒼顔をしている男がいた。スキンはところどころ禿げているが、完全にスケルトンになってしまったオルトと比べればまだ軽傷だろう。彼もまたオルトの声を聞いて、驚いた様子で振り返った。


「オルト!」

「オタくん!」


 変わり果てた姿にも関わらず、オタと呼ばれた男はすぐに彼女の名前を呼んだ。数時間ぶりの再会に、二人は感激のハグをする。


「お、人だ」

『ようこそ、〈エミシ〉へ!』


 そこへようやく、テントの中で何やら話し合っていたレッジとエミシがやって来る。二人の姿を認めた男は困惑の表情を浮かべて首を傾げるのだった。


━━━━━


 オルトを仲間に加え、彼女のスキルで鉄材を集める作業を始めること3時間ほど。ついに二人目の調査開拓員が〈エミシ〉へとやって来た。運のいいことに、彼はオルトの仲間だという。


「オタ君です。鎧は全部剥がれちゃったみたいだけど、普段は大盾使いをしてくれてます」

「は、はは」


 一旦作業を中断し、満身創痍のオタをテントの中に招き入れる。宇宙のど真ん中に立つ大邸宅に圧倒されていたオタはまだ夢を見ているような表情だ。

 俺たちが自己紹介すると、彼はすでに名前を知っていた。しかし、こちらのウェイドがエミシへと名前を変え、この場所を都市化するために動いていることを伝えると、流石に驚いた。


「そ、そんなことを……。やっぱりレッジさんって凄いですね」

「俺は何にもしてないさ」


 実際、働いてくれているのはレティやオルトたちだからな。


「それで、今は人員も資源も足りなくてな。できれば君にも手伝ってもらいたい」

「それはもう、もちろん」


 協力を求めると、これも二つ返事で快諾された。それを見て一番喜んだのはオルトだった。


「やった! よろしく、オタ君!」

「えっ? う、うん……」


 オタは不穏な気配を感じとるが、それが何を意味するのか分からない。困惑する彼の肩を絶対に逃さないぞとがっちりと掴むオルトの気迫はスケルトンの無表情からも滲み出している。


「オタ君も生産スキル持ってるんですよ。〈鍛治〉スキル」

「ほう?」

「あはは。ほんと、必要最低限のものですけどね。採掘した岩石はその場で精錬してインゴットにした方が大量に運べますし」


 金属の精錬に必要な最低限の〈鍛治〉スキルを持つ坑夫は珍しくない。オルトもそうだが、彼らは戦闘も生産もしっかり楽しむタイプのエンジョイプレイヤーらしい。

 しかし今はその程度のスキルでも問題ないどころか大歓迎だ。オルトもそれをよく分かっている。


「それじゃあオタには精錬をしてもらおうか。オルトは代わりに金属部品の製造を始めてくれ」

「や、やった……。やっとモノが作れる!」


 新たに加入した人員のスキルを鑑みて配置を変える。そのことを通達するとオルトが感激した様子で小刻みに震えた。

 今までは人手がなかったから金属を取り出す作業に専念してもらっていたが、これからは本格的に都市を構成する部品を作ってもらうことになるだろう。


「オルト? 大丈夫?」

「うん、大丈夫。ごめんね、オタ君」


 怪訝な顔をするオタの手を握り、オルトは少し儚い目で笑う。

 彼がその言葉の真意を理解したのは、それから三十分ほど経った後のことだった。




「ところでエミシ」

『なんですか?」


 オタが呆然としながら溶鉱炉で石を溶かし続けているのを見ながら、俺は地面に散らばった砂利の上を歩く。彼らを働かせて自分は何もしないというわけではなく、こっちはこっちでエミシと都市計画について話し合っているのだ。


「流石に食料の生産を始めないとまずいかもしれん」

『そうですね。現状、シフォンたちが持ってきた物資で食い繋いでいますが……』


 今後さらに人が増えるとすれば、これだけではそう遠からず枯渇する。空腹になれば、いかに機械の体といえど動けなくなってしまう。そうなる前に先んじて手を打たねばならない。


『何か妙案が?』

「ふふふ……。俺がどんなスキルを持ってるか、知らないわけじゃないだろう?」


 含みを持たせる俺にエミシがきょとんとする。しばらくそうして、やっと気付いたようだ。


『まさか――』

「カミルが色々種も詰めてくれたからな。それを育てればいいだろう」

『ま、待ってください! あなたが使う種って原始原生生物のものですよね?』

「ちゃんと普通の植物もあるよ。それも、こんな場所でもちゃんと育つはずだ」

『こんな環境で育つ時点で普通じゃないことを理解してください!』


 とはいえ、植物は前々から植えようと思っていた。その中にはこの岩石を食って育つものもある。そうやって、土壌を開発していかなければ。

 作業が進んでくるとだんだん面白くなってくる。一から都市の開発に関わることなんてそうないからな。まるでシミュレーションゲームでもしているかのようだ。

 俺はエミシを引き連れて、種を取りに向かうのだった。


━━━━━

Tips

◇『精錬』

 〈かじ〉スキルレベル1のテクニック。採掘した岩石を高温で溶かし、金属を抽出する。鍛治の基礎的な技能の一つだが、金属によっては高い熟練度を要するものもある。技を極めることで、極微量だけ含まれる希少な物質やより多くの副産物を手に入れることもできる。


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