第1241話「専門家の助け」
ラピスラズリの“誘引の窟”によって引き寄せられたのは大量の岩石と鉄。そして宇宙を漂っていた調査開拓員。スキンも剥がれ、フレームもボロボロだったタイプ-ゴーレムの女性プレイヤーは大邸宅テントに運び込まれ、応急的な修理が行われた。
「本当にありがとうございます。ログインし直しても宇宙で、もう帰れないのかと……」
椅子に行儀よく膝を揃えて座り、温かいお茶の入った湯呑みを上品に包み込むように持ち、ALTF4と名乗った女性はしみじみと語る。スキンを貼り直したり、本格的な機体修理をしたりできる環境ではないため、まだまだ満身創痍の域を脱していない彼女だが、ひとまずLPだけは完全に回復している。
「ALTF4さんも、シフォンたちと一緒に来たんですよね」
自分もコーラを瓶で飲みつつレティが尋ねる。
「オルトと呼んでください。ネタで付けちゃった名前なんですけど、読みにくいってみんなに言われるんです」
ひと心地ついたのか、オルトは湯呑みをテーブルに置く。
「シフォンさんとLettyさんが、マシラを連れて出港するっていう話を聞いたので、これはついて行くしかないと思ったんです。そうしたらこんなところまで来てしまって、私、戦うこともできないので……」
シフォンが第四階層に突入したのは数時間前のこと。その後を追いかけてきたということは、オルトもかなりの時間を宇宙で漂っていたことになる。何もない虚無の中、満足に動くこともできずに漂流するのは恐ろしい思いだったろう。
「実はさっきまでログアウトしてたんです。何か情報が出てないかと思って」
フィールド上でのログアウトは多少のペナルティがないわけでもないが、一定時間ダメージを受けるなどしなければ問題なく実行可能だ。オルトは現実世界に戻ってWikiや掲示板に情報がないか確認していたらしい。
「でも、結局それらしい情報はなくて。どうも、私たちが突入した直後にT-1が塔に進入制限を掛けたらしいです」
「そうだったのか。まあ、外部と連絡できないとなると、そうなるか」
図らずも外部の情報を知り、T-1の判断に納得もする。外から見れば第四階層に入った人員が、管理者ウェイドを含めて全て消息を絶ってしまったのだ。強行的な措置を下すのも当然だろう。
「オルトは非戦闘職なの? それなのにこんなところまで来るなんてすごいね」
「あ、私は〈
聞き慣れないロールに首を傾げる。俺が理解できていないのを察して、レティが説明してくれた。
「〈
「えへへ。レティさんのおっしゃった通りですね。ただ、こんな宇宙だと何もできない役立たずなんですけど」
レティの滑らかな語りに照れた様子で後頭部に手を当てたオルトだが、直後にしゅんと肩を落とす。フィールドに建築物を建てるという能力は、俺のテントともよく似ている。違うのは、テントが一時的なものなのに対して、彼女のそれは恒久的な運用が前提となっている点だろう。
聞けば、ボス戦などで高所を取るために櫓を作ったり、“
「ダマスカスのスパナも戦場建築士なのか?」
「界隈でトップレベルの人ですよ! 私なんかより遥かに設計と施工が上手いベテラン中のベテランです」
唯一名前を知っているそれらしい知り合いを挙げてみると、オルトはテーブルに身を乗り出して頷いた。スケルトンだから表情は分からないが、おそらく目も輝かせているのだろう。
「けど、戦場建築士がどうして? 塔の中じゃ建築もままならないでしょう」
「情報収集が目的だったんです。〈エウルブギュギュアの献花台〉は巨大なフィールドビルドですから」
エイミーの問いに対するオルトの答えに、なるほどそういう見方もあるのかと納得する。
突如として〈塩蜥蜴の干潟〉から生えてきた白い塔は、まさしくフィールド上にある建造物だ。オルトはパーティメンバーと共にその内部構造を調査し、ついでに欠片の一つでも持ち帰りたいと目論んでやって来たらしい。
「ちなみに他のメンバーは?」
「まだ宇宙を漂ってると思います。ログアウトした後チャットで連絡取りましたけど、自分たちがどこにいるかも分かってません」
「そりゃそうか。俺たちもどこにいるかって言われたら困るしな」
第四階層、宇宙に放たれたオルトと仲間たちはそのまま散逸してしまった。ゲームの外で連絡を取り合って一応の無事は確認したようだが。
「緊急停止アンプルを使って死に戻ればいいんじゃ?」
「皆さんもそうしてないじゃないですか。今戻ったら、再突入もできないですし」
宇宙空間に入ったからといって、出られないわけではない。今の機体を使い捨てて、バックアップで復活すればいい話だ。だが俺たちを含め、ここにいる全員がそれをしないのは、再びここまでやって来ることが、今の時点では絶望的だと分かっているからだ。
「あの、一度ログアウトして仲間に連絡取ってもいいですか? ログインしてれば、ラピスラズリさんに助けてもらえるって」
「つまり私はずっと“誘引の窟”を使えと? 仲間がどれくらい散らばってるか分からないし、引き寄せられるかも確証できないですよ」
「う……。でも、できるだけお願いしたいです。今のままだと面白くないままですし」
面白くない。それは確かにそうだろう。何もできないまま、敵に襲われることもなく宇宙を漂うというのは、ゲーム体験としては最悪だ。
深々と頭を下げて懇願するオルトにラピスラズリも突っぱねる事はしなかった。
『私からもお願いします』
その時、声を上げたのは同席しつつも沈黙を保っていたエミシだった。
『現在、我々には圧倒的にリソースが足りていません。たとえ岩石でも集めたいですし、それで調査開拓員が救出できる可能性があるのなら、実行したいです』
〈エミシ〉にはリソースも人員も足りていない。都市という活動基盤を整える、最低限のものすら持ち合わせていないのだ。幸い、テントのおかげでLPはほぼ無制限に使えるし、フィールドの特性として呪術も最大効力を発揮できる環境にある。
二人から頼まれたラピスラズリは困ったように眉を寄せ軽く息を吐いてから頷いた。
「仕方ないですね。その代わり、オルトもバリバリ手伝ってください」
「はい? ……はい! 任せてください! 何でもやります!」
一瞬きょとんとしたオルトだったが、すぐに両の拳を握る。散り散りになった仲間を助けるために、彼女も気合は十分だ。
オルトの参加は俺たちにとっても心強い。なにせ、圧倒的に不足している生産スキル保有者なのだ。今まではフゥが〈料理〉スキルを、俺が〈栽培〉スキルを持っていたが、どちらも設備や材料がなければ役立たずである。一方、オルトはメインこそ〈木工〉スキルだが、それを補助する程度に〈鍛治〉や〈機工〉といったスキルも習得しているという。更に最前線までやって来て塔の欠片の入手を目論むだけあって、〈採掘〉や〈伐採〉といったスキルも持っているらしい。
それらのスキルが揃っていれば、ラピスラズリが集めた岩石にも使い道が出てくる。
何も知らず、純真に張り切るオルトを見て、俺たちは内心でほくそ笑んでいた。
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Tips
◇〈
〈木工〉〈鑑定〉〈歩行〉〈受身〉の複合ロール。戦場の最前線にて戦士たちを支援する協力な建造物を構築する建築の専門家。砲撃を退ける防壁を築き、反撃の砲台を組み立てる。
妨害を受けた際の生産系テクニックの失敗確率が減少する。フィールド限定の建築物を建てられる。
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