第1240話「大切な資源」
〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層に広がる無限の宇宙のど真ん中。俺とラピスラズリが作り上げた領域と大邸宅テントは、丸々管理者へと移譲された。その結果、ウェイドの管理者端末であった彼女はエミシへと名前を変えて、この虚空に浮かぶ都市シード01EX-スサノオを統治することとなった。
『レッジ! 遊んでないで手伝ってください!』
館の前に長椅子を出して寝転んでいると、エミシがこちらへやって来る。彼女は管理者機体の剛力で俺を持ち上げ、強引に立ち上がらせた。
「遊んでるわけじゃないぞ。英気を養ってるんだ」
『そう言って何日経ってるんですか。ここから脱出する手立てが思いつかないなら、私の仕事を手伝ってください』
反論も軽やかに一蹴され、エミシから次々と特別任務が飛んでくる。ウェイドから独立分離し新たな管理者となり、名前も変わった彼女だが、管理者の本体とも言える中枢演算装置〈クサナギ〉は存在しない。今の彼女は管理者でありながら、その演算能力が非常に制限されている特殊な状況に置かれていた。
そんな彼女のために都市の管理業務を請け負うことになるのは、必然的に俺たち現場の調査開拓員ということになる。
「そうは言っても、ここには何にもないしな」
押しつけられた任務の内容を見て、周囲を見渡す。ラピスラズリによって構築された領域は非常に広大な面積を誇るが、そのほとんどが真っ白な平面だ。地面ですらない。木の一本、石ころのひとつも落ちていないこの環境では、リソースと呼べるようなものは全く望めない。これでは掘立て小屋だって作れない。
シフォンがかなり大量の物資を持ってきてくれたが、それも消費するばかりで再生産する手立ては全く立っていない。なにせ、この場所には生産職もいないのだ。
『リソースに関しては問題ありませんよ』
再び長椅子に戻ろうとする俺に、威嚇するアリクイのように両腕を広げてエミシが立ちはだかる。彼女はこの何もない土地で開拓を進める手立てを思いついたと言う。
「何を考えたんだ?」
『ふふふ。ラピスラズリさんがとても良いアイディアを齎してくれました』
エミシはそう言って、円形に広がる領域の中心地点を指し示す。そこには、深いスリットが入った濃紺の修道服を着たラピスラズリが、銀の杖を掲げて立っていた。
広い運動場で駆けっこをしていたミートたちも、何か面白いことが始まる予感に興味津々と言った顔で彼女の儀式を見守っている。
無数の視線が集まる中、ラピスラズリが高らかに叫んだ。
「――『禁忌領域』“誘引の窟”ッ!」
「うおおおおっ!?」
紫色の領域が広がったかと思うと、強烈な引力が俺の体を絡めとる。体を前のめりにしなければ耐えられないほどの強烈な重力が、ラピスラズリの方向へと俺を引っ張っていた。
「これが秘策か!?」
『その通り! 彼女の強烈な重力を発生させる呪術を用いて、周辺を浮遊している隕石や惑星を集めるのです!』
これぞ名案、とエミシが屈託のない笑みを浮かべる。
果たして彼女の言葉通り、少しするとパラパラと細かな石や氷の欠片が
「うおっ!?」
ひゅん、と頬を掠める鋭い石の破片。真横から飛んできたそれも、ラピスラズリの展開する濃い紫色の禁忌領域へと飛び込み、彼女の足元に積み上がっていく。
「石材や鉄といった資源はラピスラズリさんの力で集めることができます! しかも無料で、いくらでも!」
ふんふんと鼻息を荒くして胸を張るエミシ。ウェイドから離れて管理者になったからか、〈クサナギ〉から正式に分離したからか、容姿は全く変わらないのに思考だけが少し短絡的になっている。
何もなかった〈エミシ〉に、次々と隕石が集まってくる。広大な宇宙を漂っていた、名無しの破片たちだ。永遠に星々の間を漂うだけだったものが、ラピスラズリの重力に引き寄せられてやってきた。
「エミシ、危ないぞ」
『ちょっ!?』
俺はエミシの腰に腕を回し、そのまま引き寄せる。驚く彼女の後頭部を、拳大の隕石が勢いよく掠めた。俺に密着した少女が「ひぇっ」と短い悲鳴をあげる。俺が引き寄せなければ、彼女の頭部にクリーンヒットして、勢いよく吹き飛ばされていたことだろう。
彼女はそんな未来を予測して顔を青くしているが、当然それだけでは終わらない。むしろ、遠方から引き寄せられ勢いづいた石が次々と飛んでくるのだ。そのどれもが当たれば無事では済まない破壊力を持っている。
『う、ううわあああ!?』
「これくらいで狼狽えるなよ。分かってたことだろ」
『ここまでシミュレーションしてないんですよ!』
ブォンブォンと耳元で音を響かせる豪速球の嵐に、エミシは涙を浮かべる。彼女の限られた演算能力ではこの事態を予測できなかったらしい。俺でもちょっと考えれば分かることだぞ。
それに、脅威は小さなものだけではない。
「来たぞ!」
『ちょあああっ!?』
直径2メートルを超える巨大な隕石が勢いよく飛び込んでくる。あれもまた、ラピスラズリの術式に引き寄せられたものだ。当然、当たれば俺も無事では済まない。
幸い、軌道は単調なので予測も容易だ。俺は数歩前に出てそれを避けるが、エミシは面白いくらい悲鳴をあげている。
『どっどどどどっ』
内燃機のような声をあげるエミシ。明らかに情報過多で処理が追いついていない。狼狽えることしかできない彼女を抱えたまま、次々と飛来する隕石を避けていく。
だが、隕石はさらに大きさを増し、また速度も速くなってくる。一瞬も油断できない弾幕ゲームが始まった気分だ。エミシは蝉のように俺の腹にしがみ付き、必死に耐えている。
その時、テントの二階の窓が開いて、赤髪が飛び出してきた。
「何か面白そうなことしてますね!」
「ちょうどよかった。レティ、ちょっと助けてくれ!」
窓から顔を出したレティは、一瞬で状況を把握したらしい。ハンマーを抱えて二階から勢いよく飛び降りてくる。
「せいやぁあああっ! 『クラッククラッシュ』ッ!」
着地と同時にレティの鎚技が炸裂する。俺たちの方向へと飛んできていた4メートル越えの巨大な岩石が脆く粉々に砕け散った。
「よく分かりませんけど、レッジさんとウェイド――エミシさんを守ればいいんですね」
「そういうことだ。よろしく頼む」
「任せてください!」
レティはハンマーを振り回す。超特大武器ゆえの長大な攻撃範囲を存分に生かし、繊細な操作で次々と隕石を破壊していく。彼女の足元には大量の瓦礫が猛烈な勢いで積み上げられていた。
「うおおおおおおっ!」
「レティ、ちょっと待て!」
景気良くハンマーを振り回していたレティに、咄嗟に声をかける。即座にぴたりと動きを止めたレティの真横を、人型をした金属製の人形が勢いよく掠めた。
「うわぁっ!?」
レティが悲鳴をあげる。
人形はそのままラピスラズリの領域へと到達し、その内側でようやく正常な引力を受けて地面に転がった。かと思えば、ぎこちない動きで地面に手を突き、ゆっくりと立ち上がる。
「う、うぐぅ……。やっと着いた……」
「きゃああっ!? 喋った!?」
レティの悲鳴。
そりゃあ喋りもするだろう。
スキンも全部剥がれて厳しい姿だが、隕石に混ざって領域まで飛んできたのはれっきとしたプレイヤーだ。タイプ-ゴーレムの女性型機体は、のっそりと立ち上がって周囲を見渡し、
「うきゃっ!?」
後方から飛んできた隕石が頭にぶつかり、“気絶”状態となって倒れ込んだ。
『ら、ラピスラズリさん、一旦ストップ!』
「モミジ、怪我人だ! 手当しくれ!」
後頭部のフレームが歪んだ調査開拓員を見てエミシが悲鳴を上げ、俺は大邸宅の中にいるモミジに声をかける。すぐに飛んできた〈紅楓楼〉のアイテムヒーラーが、隕石と共にやってきた調査開拓員を診断し、適切な処置を行なった。
「あら、当たりを引いたみたいね」
“誘引の窟”の術式を解除したラピスラズリも、女性の姿を認めて目を大きく開く。
広大な宇宙を漂い、ラピスラズリの呪術によって引き寄せられた彼女。それは、シフォンたちに乗じて宇宙へ飛び込んできた他の調査開拓員だった。
━━━━━
Tips
◇禁忌領域“誘引の窟”
敵や物を引き寄せ誘い込む、強い力を放つ領域を生み出す術式。卓越した呪術師が操れば、その力は驚くほど広くに波及する。
“散らばったアイテム集めたり、乱獲したエネミーを纏めるのに便利”――ラピスラズリ
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます