第1237話「星海の開拓者」

 館の中で休憩を取りつつ、脱出のための作戦を練る。その間、ミートたちは広い領域の上で賑やかにはしゃいでいた。彼女たちが全力で駆け回ることができるような場所はあまりなかったから、こう言った場所も新鮮なのだろう。

 巻き込まれたら一瞬で終わりそうな激闘だが、ミートたちにとっては軽く戯れあっている程度だというのが、少し恐ろしいが。


『レッジ、少しいいですか』


 背後から声がかかり振り返る。立っていたのはウェイドだ。


「どうした?」

『今後の調査開拓活動の方針で、考えたことがあります。現在の私ではその妥当性を完全に計算することが難しいので、意見を聞きたいんです』

「ウェイドが俺に? 珍しいこともあるもんだな」

『非常事態ですから、仕方ありません』


 すげない態度のウェイドに思わず苦笑するが、彼女も悩んでいるのだろう。今の彼女は本体である〈クサナギ〉から切り離され、他の管理者や指揮官とも通信ができないでいる。感じている孤独は、俺の想像を上回っているはずだ。


「話してくれ」

『シフォンやLettyによると、NULLの発生が止まり、流出していたものも白い結晶体へと変化し無害化したようです。これにより、彼女たちと同時期に他の調査開拓員たちも〈エウルブギュギュアの献花台〉へと侵入を果たしているとか』

「ああ、そうらしいな。緊急停止ボタンも意味があったらしくて一安心だ」


 レティが押してくれた緊急停止ボタンは効力を発揮した。NULLの流出は止まり、無害化された。更に光輪や狙撃、“白神獣の尖兵”も動きを止め、後続の調査開拓員たちも塔に入れるようになった。

 一見朗報のようにも捉えられるが、ウェイドの表情は浮かない。


『しかし、今のところシフォンたち以外にここへ到達した者はいません』


 シフォンは『星の導き』というテクニックとミートたちの力を受けて、この広大な宇宙の中で俺たちと合流することができた。しかし、それがそう容易なことではないことは、俺でも理解できる。

 『星の導き』が効力を発揮できたのは、環境が整っていたこと以上にシフォンが俺たちと同じバンドに所属しているという“縁”があったからだ。〈白鹿庵〉と縁のない調査開拓員が無策でこの宇宙に飛び込んでも、広がるのは茫洋とした世界だけ。戻ることもできないまま漂うほかない。


「ウェイドはここを拠点化したいのか?」

『……話が早くて助かります』


 ウェイドの言いたいことはなんとなく分かった。これまでもたびたびあったことだ。

 彼女は、ラピスラズリが構築したこの領域と、その上に建つテントを接収したいと言っている。これらを丸々管理者の管理下に置き、公共的な施設として利用する。この宇宙の調査開拓活動の拠点とするのだ。


「まあ、俺は別に構わないぞ。ラピスラズリは知らんから、あっちは別で許可を取ってもらいたいが」

『いいのですか?』


 特に考えることもなく頷くと、ウェイドは少なからず驚いた様子で青い瞳を揺らす。


「いいも何も、それが一番いいんじゃないか?」


 2,000個以上の建材を突っ込んだテントが惜しくないかと言われれば否定できないが、このテントに現段階で十人ちょっとしかいないというのももったいない話だと思っていた。どうせなら、これからやって来る仲間たちの拠点として使ってもらえる方が嬉しいというものだ。

 下世話な話をすると、接収されれば多少の臨時収入にもなるしな。


「不安なのか?」


 煮え切らないウェイドを見て訊ねる。

 この大宇宙に飛び込んでから、彼女の様子が少し変だ。いつもの快刀乱麻を断つようなパッキリとした性格がなりを潜め、まるで初めて外に出た箱入りのお嬢様みたいな様子さえある。なんというか、何かに怯えているかのような。


『……不安です』


 否定されるかと思ったが、ウェイドはこくりと頷く。そんな姿も珍しくて、余計に違和感が大きくなる。


『その、自分で何かを決めたことはないので』


 部屋には俺とウェイド以外誰もいない。そのことを確認した上で、ウェイドは内心を吐露した。

 考えてみれば、そうかもしれない。

 ウェイドは管理者として生まれた存在だ。姉にスサノオがいて、妹にキヨウやサカオがいる。姉妹たちとは二十四時間、常に通信が確立されていて、日々膨大なデータをやり取りしている。自分の担当である都市運営計画でさえ、管理者や指揮官から評価を受け、稟議を通した上で承認を得て、一定のプロセスを経た上で実行するのだ。

 だが、今の彼女は本体からも断絶された存在だ。姉妹や上司とも連絡が取れず、生まれて初めて完全な孤独を感じている。そんな極限の状態で、新たな拠点の設立という大それたことを実行しようとしているのだから、不安にもなるだろう。


「ウェイドはそれが正しいと思ったんだろ」

『はい』


 おそらく自分で何度も考え、できるかぎりシミュレーションを繰り返したのだろう。ウェイドは不安げな顔と裏腹に即答する。

 〈エウルブギュギュアの献花台〉の第五階層、もしくはそれ以上へと向かうならば、この大宇宙を抜けなければならない。だが、ただ通過するだけというには、この世界は広すぎる。ここに拠点を置くのは妥当な判断だ。そして、既に拠点となり得る地盤があるのなら、それを流用するのが最もコストを低く抑えられる。この場所には流石にシードを落とすこともできないだろう。


「あれ? もしここを拠点化するんだったら、管理者はどうするんだ?」


 考えていると疑問が浮かぶ。都市にはかならず一人、管理者が存在するものだ。都市を運営し、その経済から施設の保守管理まで一切を取り仕切る。ウェイドはあくまでシード02-スサノオという都市の管理者である。

 疑問を呈した俺に対して、ウェイドは悩むそぶりもなく口を開く。これもまた、すでに考えていたらしい。


『ここの管理者は私が就任します』

「ウェイドが?」

『いいえ。――管理者端末S02-W-19G992の内蔵AIコアです』


 こちらを真っ直ぐに見る青い瞳。そこに宿る強い意志を感じてはっとする。

 彼女は覚悟している。自分はここから脱出しないと。


「……いいのか?」

『それが最良と、私は判断しました』


 ウェイド――管理者ウェイドから切り離された管理者端末、スタンドアロンモードで起動したそのAIコアは、独自の結論を出していた。管理者ウェイドという大きな知性からも、他の管理者からも独立した、たったひとりの管理者として。


『この端末にも管理者のAIプログラムパッケージが内蔵されています。展開と実行に必要な演算領域が不足しているため、現在は使用できませんが。この領域の範囲を管理下に置き、適切なリソースを獲得できれば、拠点として稼働させることもできるでしょう』


 彼女の中には種子がある。それは管理者が管理者たる資質とも言うべき、特別なプログラムだ。都市と一対一の関係にあるそれを、彼女はこの場所に根付かせようとしている。


『賛同していただけますか?』


 ウェイドが確かめるように、再び問いかけてくる。自分の演算は本当に正しいのか、判断を間違えてはいないか。一介の調査開拓員に過ぎない俺に意見を求める。

 これは責任重大だ。判断を誤れば、取り返しがつかない。

 俺は悩んだ。悩んで、結論を出した。


「大丈夫だ。俺がついてる」


 ウェイドだけがその責任を負う必要はない。しかるべきところに連絡さえ取っていれば、責任をそいつに擦りつけることができるのだ。


「ウェイドは好きにしたらいい。派手に動いたら、それに続く奴が出て来るんだ」

『ふっ。あなたがそう言うと、説得力がありますね』


 彼女は吹き出し、口元を抑える。数度瞬いた後には、怜悧な表情がそこにあった。

 俺の目の前に小さなウィンドウが現れる。それは、このテントの所有権を放棄するか否かを問うもの。おそらく、どこかにいるラピスラズリの前にも同じものが表示されているのだろう。白く記されたYESの文字をタップする。


『所有者からの承認を得ました。これより、当該地域及び建造物の接収を実行し、対象を新規拠点として新たな管理地に設定します』


 所有権が移り、テントの維持にかかっていた負荷が消える。ウェイド――いや、新たな管理者が微笑みを浮かべ、最も大事なことを口にする。


『地上前衛拠点シード01EX-スサノオ。――通称名〈エミシ〉の管理統治業務を開始します』


━━━━━

Tips

◇地上前衛拠点シード01EX-スサノオ

 通称名〈エミシ〉

 〈エウルブギュギュアの献花台〉内部に発生した異常な時空間領域内の設置された呪術的領域および当地に建設された仮設建造物を対象に、管理者ウェイドの実地活動用管理者端末S02-W-19G992のスタンドアロンプログラムによって特例的かつ独自に承認した特殊な拠点。シードの投下に依らない地上前衛拠点の設営であり、管理者の就任も異常ではあるが、状況の妥当性から事後的に承認された。


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キリが良かったので第27章完結です。

明日から第28章開始です。よろしくお願いします。

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