第28章【エルフの姉妹】
第1238話「銀星に集う」
突発的に大規模イベント〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉が始まり、調査開拓員レッジ率いる〈白鹿庵〉のメンバーが、〈紅楓楼〉の四人を加えつつ、〈塩蜥蜴の干潟〉に出現した〈エウルブギュギュアの献花台〉へ赴いた。クチナシ級調査開拓用装甲巡洋艦十七番艦を大規模に改修し、原始原生生物の有機的構造を組み込んだ飛翔艦船として運用。その質量的な破壊能力によって〈エウルブギュギュアの献花台〉第一階層にあたる外壁を破壊させた。
塔の内部からはNULLと呼ばれる物質消去能力を持つ流体物質が漏出し、〈塩蜥蜴の干潟〉および〈怪魚の邂逅〉へと広がった。しかし、多くの調査開拓員の協力もあり、対抗防波堤の建造などが行われた。更に塔内部に侵入した調査開拓員たちによって緊急停止装置と思われるものが発動し、NULLの噴出が止まった。
これにより大々的な調査開拓活動を行えるようになったが、同時に塔内部にて活動中であった調査開拓員十一人、および帯同していた管理者ウェイドとの通信が途絶。状況不明となる。
〈白鹿庵〉の残存メンバー二名、および二十七体の変異マシラが救出に向かう。しかし、救出隊も同様に通信途絶。以降、〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層へと侵入した全ての調査開拓員が同様の状況となる。
以上の結果を鑑みて、指揮官T-1により一時的な立ち入り禁止命令が発令された。
『どういうことですか!』
洋上に浮かぶ巨大なプラットフォーム。陽光を受けて青と銀に輝く海上都市〈ナキサワメ〉に大きな声が響き渡った。
〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉の進行に合わせ、最前線基地と指定されたこの都市には臨時の司令本部が置かれている。そこに参集しているのは調査開拓団のトップたる指揮官三名、そして管理者たちであった。
中央制御塔の足元に建てられたテントの日陰でパイプ椅子に座るT-1に勢いよく詰め寄ったのはシード02-スサノオの管理者である銀髪の少女ウェイドだ。普段は滅多に声を荒げることのない冷静沈着な彼女の激昂した姿に、周囲で忙しなくしていた調査開拓員たちもギョッとして振り向く。
怒声を向けられた張本人――黒髪に狐耳を生やした和服の少女、管理者T-1は真剣な表情を一分たりとも崩さない。
『理由はお主が一番よく分かっておるじゃろ。お主の端末が通信途絶となった。多少の次元なら越えられる非常通信さえ届いておらん。それがどういう状況を意味するか』
『ですが……。機能停止となったわけではありません』
『お主がこうしてここにおる。機能停止とそう変わらん』
T-1は毅然とした態度で、ウェイドも拳を強く握りしめるしかできない。
テントで指揮官に詰め寄るウェイド。彼女は先ほど目を覚ましたばかりだ。自覚できる最後の記憶は、レッジたちと共に黒い空間に飛び込む光景である。その直後、端末となる管理者機体との通信が途絶し、彼女は別の機体で起動した。
趨勢を見ていたT-1は管理者機体が異常をきたすほどの状況を鑑みて、塔への立ち入り禁止命令を出した。目覚めてすぐその事実を知ったウェイドは、管理者専用機を飛ばして直談判にやって来たのだ。
『ウェイド、冷静になって。T-1の判断はスゥたちも賛成してる』
『くっ』
力む肩に手を置いたのは同じく管理者を務めるスサノオだ。ウェイドにとっては姉のような存在でもある彼女に言われれば止まらざるを得ない。
管理者や指揮官の意思決定プロセスは厳格だ。個々が高度な人工知能でありながら、決して独断や暴走を許さず、常に合議制を取る。指揮官T-1の名前で発令されたものであっても、それはT-2やT-3、更に各管理者の、少なくとも過半数の承認を得ている。
『お主はレッジの事となると冷静な判断ができぬ傾向がある。少し頭を冷やせ』
T-1の真剣な声。それは、普段彼女がレッジを主様と呼ぶ時のそれとはまるで異なる。メイドロイドとしてではなく、指揮官としての威厳すら帯びたものだ。
ウェイドもまた激昂しながら、別のところでは冷静に納得もしていた。
通常の調査開拓用機械人形よりも遥かに頑丈で冗長性も持たせた管理者機体の行方が分からなくなったのだ。明らかにこれは異常事態である。更にレッジたちを救出に向かった二名と変異マシラたちすら戻ってこない。T-1はミイラ取りがミイラになる事態を抑止するために命令を出したのだ。
『それに、立ち入り禁止にしたからといって何もしないわけじゃないわ。緊急特殊開拓指令は現在も実行中なんだから』
T-1の隣に座っていた、彼女によく似た黒髪の少女――管理者T-3がそう語りかける。
彼女たちもこの事態に絶望し、諦めたわけではない。すでにいくつもの特別任務が発令され、第四階層の謎を解明するための調査が始まっている。優秀な解析家たちが準備を整え、高度な解析機材も急ピッチで製造されている。〈怪魚の邂逅〉や〈塩蜥蜴の干潟〉ではNULLの白化結晶をはじめ、塔周辺に残された残滓の回収が行われている。
『ウェイドは自分がスタンドアロンモードになった際にどう行動するかシミュレーションするのじゃ。それを手掛かりに、レッジたちの救出計画を練る』
『……分かりました』
本体である中枢演算装置〈クサナギ〉から切り離された管理者機体がどのように行動するのかは、それぞれの管理者に搭載された仮想人格によって大きく異なる。管理者ウェイドの行動を最も正確に予測できるのは、管理者ウェイドなのだ。
だが、現状ではその予測も難しい。予測を立てるために必要な情報が全く不足している。
ウェイドがそれを指摘せずとも、T-1は承知していた。だから、彼女の言葉を先回りして動く。
『心配せずとも、レッジたちを助けたいと思う者は多いのじゃ。ウェイドには彼らを自由に使う権限を与えるからのう。リソースの消費も無制限に許可する。お主がやりたいようにやって、確実にレッジたちを救出できる作戦を立案するのじゃ』
『T-1……。なっ!?』
背後に気配を感じてウェイドが振り返る。そこには、中央制御区域を埋め尽くすほどの調査開拓員たちが集まっていた。戦闘職も非戦闘職も関係なく、全員が真剣な顔をしている。
銀の翼を広げる大鷲が。七つの杖が。黒い長靴が。鋼鉄の歯車が。燃え盛る炎とハンマーが。八つの剣が。交差する猟銃が。幣帛と鈴が。黒塗りの百足が。翼と靴が。糸車を回す蜘蛛が。無数のバンドを示す紋章が、そこに集結していた。
紋章を持たない者もそこにいた。ただ、彼らのことを知るだけの者もいた。
『立ち入り禁止にでもせぬと、こやつら全員突っ込んでいくところじゃったんじゃ。そんなことになったら、今度こそ再起不能に陥るのじゃ』
辟易した様子でT-1が嘯く。司令本部のテントを取り囲む集団には、調査開拓団の中でも指折りの実力者も数多くいる。彼らがまとめて通信途絶に陥ったら、どうなるかは明白だろう。
T-1はやるなと言っているわけではない。やるならしっかりやれと言っている。
『ありがとうございます、T-1』
『早くするのじゃ。こんな状況ではおいなりさんも食べられぬ』
優秀な指揮官に深々と頭を下げ、ウェイドは決意を固める。そして、集まった猛者たちに向かって猛々しく声を上げた。
『これより、〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層の遭難者救出作戦を開始します!』
管理者の鶴声に空を揺らすほどの叫びが応えた。
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Tips
◇虚無いなり
存在論的因果律逆転理論を転用することで製造に成功した稲荷寿司。そこに“ない”という事実から逆説的に稲荷寿司の存在を確定し、実在しないがここにあり、ここにないが実在するという二律背反を併存させた。味はせず、あらゆる観測によって捉えることもできない。
“腹に溜まらず、正直食べた気もせぬが、これもまたおいなりさんなのじゃ。”――T-1
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