第1236話「導くは星の輝き」

 宇宙の真ん中に広がる白い地面。ラピスラズリによって設定された領域の上に、壮麗な大邸宅が立ち上がる。2,012個もの建材を突っ込んだ、史上最大規模に拡張された超大型テントだ。根幹となるのは山小屋テントだが、その大きさは比較にならない。

 立派な噴水と水路が流れる緑豊かな中庭を中心に、ロの字型に組み上がったレンガ積みの建物は、地上五階建て。細やかな装飾の施されたドアがずらりと並び、内部には大小合わせて2,500もの部屋がある。その全てにベッドやテーブルといった家具も揃い、まるで最上級のスイートクラスのような快適さを提供している。

 それが、宿舎部分。

 ロの字型の宿舎は四つ存在し、さらにその中央に八角形の巨大なホールが鎮座する。五階部分まで全て吹き抜けの大ホールには、演劇やオーケストラの演奏を行える広い舞台が置かれている。

 さらにホールの屋根には八つの石像が据えられ、八方向に目を光らせている。高い塔が聳え、尖った先端には星が輝く。

 山小屋テントの最上位発展モデル、言うなれば大邸宅テントといったところか。それが今、満点の星空の下に現れた。


「おじちゃん!」


 テントの前に立ち尽くしていると、背後から声を掛けられる。振り返ると、シフォンが軽やかに駆け寄って、そのまま胸に飛び込んできた。彼女の弾丸のような勢いを受け止めながら、突然の来訪に驚く。すると彼女は嬉しそうに破顔した。


「〈エウルブギュギュアの献花台〉の中はほとんど原生生物もいなくて拍子抜けだったよ。三階はほとんど壊れて探索できなかったけど」


 彼女は俺の腕の間に収まったまま、ここまでの道のりを語る。

 レティが緊急停止ボタンを押したことで、第三階層に整列していたガラス管はほとんど壊れ、中から飛び出してきた骸骨犬もいなくなってしまったらしい。シフォンはLettyと、そしてミートたちと共に塔を登り、第四階層に広がるこの大宇宙を見つけた。


「よく飛び込んだな。というか、よくここまで来られたな」


 いかにも怪しげな異空間に飛び込んできたことそのものも勇敢だが、この広い宇宙の中で俺たちと合流できたことも奇跡だ。なにせ、俺たちを乗せたテントは時速28,000kmという速度で移動し続けていたのだ。

 しかし驚く俺を見たシフォンは得意げに笑う。何か忘れているだろうと自分を指で指し示す。


「わたし、“星詠”のアリエスの弟子だよ? ここは星を遮る雲もないし、ずっと夜のままの特殊なフィールドみたいなんだよね。だから〈占術〉スキルも最大限の効果が使えたの」

「なるほど。そういえば、ここはそうだな」


 言われて気づく。

 〈占術〉や〈呪術〉といった三術系スキルに共通する特性として、昼よりも夜、日向よりも闇の中にある方がテクニックの効果が高くなる。また〈占術〉のなかでも占星術と呼ばれる分野のテクニックは、雲のない夜のよく星が見通せる環境が最も力を発揮する状況となる。

 この大宇宙は、図らずともシフォンが最大限の力を発揮できる環境にあったというわけだ。


「『星の導き』を使ったら、一方向を指したの。その先におじちゃんたちがいると思って飛んできたんだよ」

「飛んできた?」

「ミートたちに手伝ってもらったんだよ」


 シフォンの視線の先には広いフィールドを駆け回って遊ぶミートたちの姿があった。彼女たちも、俺たちの安否を心配して駆けつけてくれたのだ。宇宙空間を移動する際に頼りになったのは、スピンという名前のマシラだった。彼は六枚の立派な翼を持ち、大空を高速で飛翔する。宇宙空間でもその飛行能力は発揮できたようで、むしろ空気抵抗がないぶんかなりの速度を出していたらしい。


『パパ! ミートたち、ここだと元気いっぱいなの。いっぱい走って、いっぱい飛んで、とっても楽しいの!』


 俺たちの視線に気が付いたミートが振り返って手を振る。

 ラピスラズリやミカゲの〈呪術〉、シフォンの〈占術〉が強化されたように、ミートたちマシラにとってもこの空間は過ごしやすいものらしい。もともと、ミートたちは黒龍イザナギが生み出した汚染術式から生まれた存在だからだろう。


「呪力とか霊力とか運気とか、そういうエネルギーがレイラインレベルの規模で渦巻いてるんだよ。ほんとに、すごい空間だね」


 シフォンが星空を見上げてしみじみと語る。

 この宇宙の特殊性は今更になって判明した。三術系スキルのテクニックで可視化される様々なエネルギーの流れが、地上のそれとは文字通り桁違いの大きさなのだ。俺はそれを直接確認することはできないが、ミカゲやカエデたちも揃って頷いていたので確かなのだろう。

 さらにシフォンは、光明となるような言葉を発する。


「この大きいエネルギーの流れを辿れば、この空間から脱出できるかもしれないよ。あんまりにも大きすぎて気付かなかったけど、『星の導き』を使えば道が分かるんだ」


 横幅が数千里とある川は、仮にその流れが数億里と続いていたとしても、ぽつんと浮かんでいる人には右とも左とも分からない。シフォンはそんな例えを持ち出してきた。あまりにも巨大するぎる流れの中にいると、それを実感することもできないのだ。

 だが、シフォンは星々の輝きからその流れを見ることができる。何より高い位置から俯瞰する星の視点を借りることで、巨大な流れの方向を見出せる。


「さすがだな、シフォン」

「えへへ」


 彼女の白い髪を撫でてやると、嬉しそうな声が返ってくる。通信途絶した俺たちを助けるため、身を挺してはるばるやって来てくれたのだ。彼女には感謝してもしきれない。


「あの、私も頑張ったんだけど」

「Lettyにも感謝してるよ。タンにもな」


 じっと視線を向けて来たのは疲労困憊といった様子のLettyである。彼女はお供の機械牛と共に、フゥが作った豪勢な中華料理を食べている。レティからひとしきり褒めてもらった後、わざわざこちらまでやって来て機械牛に積み込んだ荷物を渡してくれたのだ。

 彼女がカミルから受け取り運んでくれた支援物資は多いに役だった。レティたちもLPアンプルなどを補充できたし、俺も種瓶を手に入れることができた。Lettyにも、カミルにも感謝しなければ。


「とりあえず、中に入ろう。しっかり休んでくれ」


 俺はシフォンたちをテントの中に促す。

 この宇宙から抜けるためにも、しっかりと英気を養う必要があるだろう。


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Tips

◇大邸宅テント

 山小屋てんとに建材を2,000個以上追加することで建設可能な超巨大テント。四つの居住棟と大ホールを備えた桁違いの構造物であり、収容人数は5万人。居住空間だけでなく調理場や劇場、会議室などの各種施設も揃い、実務から娯楽まで様々な機能を有する。


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