第1235話「星海の大邸宅」
ぽとん、ぽとん、とマーカーを一つずつ落としていく。時速28,000kmの超高速で移動するテントから果てのない大宇宙に。マーカーの相互通信可能範囲は今の俺の〈罠〉スキルでは1kmが限度だ。しかし、1km間隔でマーカーを配置しようとすると、0.13秒に1回マーカーを置かなければならない。それは、流石に厳しい。
そもそも、俺たちは今、マーカーを使って円を描かなければならない。直線に突き進むテントの上から落としているだけでは、永遠に線はつながらない。
「レティ、頑張って!」
「ふおおおおおおっ!」
だから、レティが体を張って頑張ってくれていた。空気抵抗もない宇宙空間では帆を張って進路を変えることもできない。なので、ロープを腰に括り付けたレティがテントの外に出て、『エアリアルステップ』を使って横方向に引っ張っていた。
『エアリアルステップ』は空中を蹴ることができるテクニック。別に空気中でなければ使えないとは書いていない。
「『エアリアルステップ』ッ! 『エアリアルステップ』ッ!」
レティがびょんびょんとロープを揺らして空中を蹴るたびに、テントがわずかに軌道を歪ませる。弧を描くテントと、マーカーの位置。1kmの間隔を広げるのに、わずかだが時間が空く。それでも、俺一人ではマーカーを置くには短すぎる時間だ。
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
だが、二人ならば。
俺とラピスラズリはテントから半分体を外に出し、交互にマーカーを置いていく。お互いのマーカーは相互に通信が可能で、協力すればかなり広い範囲を領域に指定できる。その上、二人で手分けすることで二倍の時間的猶予を手に入れることができるのだ。
「なんだか田植えしてるみたいね」
「宇宙に向かってマーカー植えてるって?」
後ろでエイミーとラクトが何か言っている。しかしこっちはこっちで真剣なのだ。少しでも手元が狂えば、即通信圏外。ここまでの苦労が水の泡。マーカーもそんなに大量には持ってきていないし、ひとつのミスも許されない。
「ラクト、あとどれくらいだ!」
「そろそろ三割くらいかな。あともうちょっとで折り返しだよ」
「うおおおっ!」
俺は手元しか見る余裕がないが、ラクトたちには星海の中に浮標のように連なるマーカーの点滅が見えていることだろう。あれが俺たちの希望の光で、俺たちの軌跡だ。
テントはものすごい速度で移動し、マーカーも次々と置かれていく。障害物も敵も存在しないフィールドだ。俺たちはマーカーを置くことだけを気にしていればいい。
「五割突破!」
ラクトが叫ぶ。
夜空に描かれた光点が半円を描く。
正直に言えば、これは博打だ。ラピスラズリの勢いに載せられた感じは否めないが、そもそもこんな大きさの領域を作ったことはない。マーカーが通信中継機能を有しているとはいえ、本当に全てが上手くいくのか分からない。けれど、俺たちにはこれしかできない。ならば人事を尽くして、天命を待つしかない。
「七割!」
ラクトが叫ぶ。
もうすぐ、始まりが見えてくる。一度通り過ぎた座標に戻ってくる。
「ぎゅぎゅぎゅぎゅっ」
テントの外ではレティが悲鳴をあげている。空気抵抗はないはずだが。
テントの奥では光たちが固唾を呑んで見守っている。心配は尽きない。
「八割!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
「はいっ!」
ラピスラズリとの連携は、この数分でかなり密になった。お互いの動きが手に取るように分かる。まるで細かい歯車が一分の隙間もなくガッチリと組み合うように。俺たちは一心同体となってマーカーを置き続ける。
「あと一割!」
ラクトの声が上擦る。
もう、目と鼻の先だ。
だが、マーカーを置き終えても全てが完了しない。むしろ、それでようやく第一段階なのだ。隣で手を動かすラピスラズリから緊張が滲む。彼女が失敗すれば、ここまでの作業は全て水の泡となる。俺もまた。
「できた!」
「レティ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ラクト、俺、レティ。ほぼ同時に叫ぶ。
レティが渾身の力を込めて、テントを引く。俺たちをまとめてマーカーで区切られた巨大な円の内側へと引き込む。そうしなければ、俺たちはせっかく区切った領域からあっという間に離れていってしまうのだ。リンゴの皮を剥くように、渦巻き模様を描くように、レティがテントの軌道を修正する。そうして稼いだ時間は一秒たりとも無駄にはできない。
ラピスラズリが立ち上がる。濃紺の修道服の裾を広げながら、手にロザリオと銀杖を持つ。
「ミカゲ、手伝って!」
「わかった」
ラピスラズリの隣に、狩衣姿のミカゲが並ぶ。
二人の呪術師が協力し、巨大な術式を構築する。
「座標固定、境界確定、領域制定。点は線、線は円、円は国。世は無辺の海なれど、我そこに白砂を注ぎ、墨の雫を振りまき、国を造らん。内と外、裏と表、光と影。相反するものここに在りて、在る故に無し。無しが故に在り。無は無く、無いために在る。有もまた同じく。国もまた同じく。円もまた同じく。線もまた同じく。点もまた同じく。境界により結界されるなり。無辺たるもの、無辺たりえず。国、故に無辺たりえり。星の連なり、我が足跡、刻む線、そしてまじない。我、星、土、風、四つに誓い、結び立てる。――『国土建立地鎮法』ッ!」
その瞬間、無数に連なるマーカーが激しい輝きをはなつ。それぞれが手を伸ばし、線となって繋がる。線は円となり、宇宙のなかに確かな領域を仕切る。彼女の呪力が浸透し、縦横の方向さえも不安定なこの空間に、二次元的な場が形成された。
「さあ、任せましたよ」
LPをほぼ空にしたラピスラズリが俺の方を見る。
ここから先は俺の出番だ。
フィールドがあれば、安定した地面があれば、そこにテントが建てられる。
「『野営地解体』」
テントがバラバラに砕ける。
「うわああああっ!?」
「みんな、掴まって!」
宇宙に放り出される。悲鳴をあげるラクトたちを、フゥやカエデ、ミカゲたちが捕まえて離れないように手繰り寄せる。俺はテントが完全にバラバラになったのを見て、新たなキャンプセットを取り出す。
だが――。
「クソ、足りないか!」
建材が足りない。今あるものだけでテントを建てても、この場にいる全員のLPダメージを吸収できるだけのテントが用意できない。あまりにも領域が広すぎるのだ。広大な敷地に小さな庵を一つ建てるのは逆に難しい。座標の固定が煩雑になる。ある程度の大きさが必要だ。
「おじちゃんっ!」
「っ!?」
頭上から声がした。この場にいるはずのない声が。
驚いて頭上を見上げると、星海を泳いで白い流れ星のようなものが近づいてきた。豆粒のようだったそれが、徐々に大きく鮮明に見える。
「シフォン! 来てくれたのか!」
「これ! 受け取って!」
諸々の挨拶をすっ飛ばして、シフォンが何かを投げてくる。彼女の速度からさらに加速して飛んできたのは、箱だった。その中には大量の建材も詰め込まれている。
「ありがとう、シフォン!」
「お礼はカミルに!」
建材を全て手に取り、テントに注ぎ込む。
「『野営地設置』ッ!」
この敷地に相応しいだけのテントを組み立てる。
━━━━━
Tips
◇ 『国土建立地鎮法』
〈呪術〉スキルレベル70、〈罠〉スキルレベル70のテクニック。呪術的概念の導入によって、フィールド上に特殊な領域を設定する。禁忌領域術式の基礎的概念の本質的発展系にして、最も根幹に位置する堅固な理論体系に基づいた大規模術式。
“人、星、土、風によって約定を取り決め、野に線を敷く。国の最もシンプルな姿である。”
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