第1232話「不穏な気配」

 白結晶を押し除けて進んでいたクルーザーの船底が、滑らかな泥を巻き上げる。遠浅の海岸に入ったことで足が絡まり、それ以上は進まなくなってしまった。


「よし、ここからは歩きだよ」

「やっぱり干潟は歩きにくいわね」


 船を停め、シフォンたちは浅瀬に飛び降りる。船が進める限界に到達し、これより先は徒歩で向かわねばならない。周囲には同じく泥のうえに乗り上げた船が並び、続々と調査開拓員達が積荷を下ろし、キャンパーたちが前哨基地となるテントを立て始めていた。

 NULLの脅威が消え、海の猛獣たちはマシラが抑えてくれている。その助けを受けた調査開拓員たちは、ようやく〈塩蜥蜴の干潟〉へと上陸することができた。


「うわぁ、すごい大穴……」


 間近に迫った巨大な白塔。突如地中から現れた〈エウルブギュギュアの献花台〉を見上げて、シフォンが声を漏らす。立派に屹立する塔の根本に巨大な大穴が空いている。それを穿った船はすでにNULLによって消されているが、その痕跡はしっかりと残っている。


「見たところ、変な植物が根付いてる感じはないね」

「とりあえずナキサワメには一つ朗報を送れそうで良かったわ」


 塔の周囲には白い結晶が広がり、美しい光景を見せている。

 出発するシフォンたちにナキサワメは現地の確認を頼んでいた。クチナシ級十七番艦から剥落した原始原生生物がフィールドに定着していたら、著しい環境負荷となる。だが、見たところその心配はしなくて良さそうだった。


「Letty、運搬用機械牛キャリッジキャトル動かして」

「はいはい。ちょっと待ってね」


 レティが〈操縦〉スキルを使用し、船に積み込んでいた機獣を起動させる。大量の物資を運搬するために開発された牛型の機械獣がゆっくりと起き上がり、船から降りた。その胴体部に格納されているのは、カミルが二人に託した支援物資だ。


「Lettyが〈操縦〉スキル使ってるの、初めて見たかも」


 機械牛が問題なく浅瀬で動けるのを確認しているLettyを見て、シフォンが意外そうに言う。その言葉にLettyはぴくんと耳を揺らした。


「仕方ないでしょ。レティさんの機械鎚は流石に揃えられないし、しもふりも難しいんだから」


 レティのコピープレイをしているLettyは、スキルビルドこそ完全に模倣しているものの、全く同じ装備を所持しているわけではない。

 “発展型正式採用版大型多連節星球爆裂破壊鎚・改改改・Next・真髄・Ver.8・スペシャルエディション・EX”はネヴァとレティが共同で長い時間と資金と資材を投入して作り上げた唯一無二の機械鎚だ。ネヴァはもう二度とゼロから同じものを作りたくないと言っているし、また作る理由もない。

 しもふりもまた、一朝一夕に手に入るものではない。あの機械猛犬は、カルビ、ハラミ、サーロインという三頭の機械牛に搭載されていたAIコアが流用されている。機械牛時代からレティたちに付き従ってその活動を支えてきたAIコアには、膨大な学習データが蓄積されている。それをコピーすることは簡単だが、あまりにも最適化が進みすぎているため、Lettyでは扱いきれないのだ。

 だから、Lettyは自分のためのAIを育てる目的も兼ねて機械牛を一体購入しているのだが、普段の狩りではしもふりが居れば物資運搬は十分であるため、なかなか出番がなかった。


「さあ、タンちゃん。こっちよ」

「ネーミングセンス……」


 久しぶりにやってきた仕事に張り切る機械牛を連れて歩き出すLetty。一人と一頭の背中を見て、シフォンは微妙な笑みを浮かべた。


『シフォン、シフォン』


 不意にシフォンは服を引っ張られる。振り返ると、船から降りたミートが見上げている。


「どうしたの?」

『あの塔のなか、あんまり良くない気がする』


 いつも天真爛漫な笑顔を浮かべているミートの表情が翳っていた。いつもと様子が違うことに気がついたシフォンは、不安が過って塔を見上げる。だが、彼女の目には、白く壮麗な塔にしか見えない。不気味ではあるが、不穏な雰囲気を感じるかと言われれば首をかしげざるを得ない。

 だが、ミートたちはその出自からして特殊な存在だ。彼女達が何か違和感を抱いているというならば、それは聞き捨てならない。


「分かった。ミート、何か変なことがあったらすぐに知らせて。わたしやLettyは置いていっていいから、危ないと思ったらすぐに逃げるんだよ」

『うぅ……』


 調査開拓員であるシフォンやLettyは死んでも構わない。だが、マシラはそうではない。

 いくらボスエネミーを殴り倒せるほどの力を有していると言っても、ミート達は唯一無二の存在だ。

 ミートの肩を抱いて語るシフォンに、ミートはこくりと頷く。


「ワイズたちも同じだからね。わたしも気をつけるけど、みんなで協力して慎重に進むこと」

『分かりました。私たちも連携には自信があります。安全第一で進みますよ』


 レッジ組の知恵者でもあるワイズが頷き、他のマシラたちもそれに続く。

 シフォンはインベントリを開き、中からアイテムを取り出してミートたちに渡した。


「これ、お守り。何かあったらきっと助けてくれるからね」

『ありがとう、シフォン!』

「ふふっ。ちゃんとお礼が言えるなんて偉いねぇ」


 シフォンが作った手製のお守り。多少カルマ値を下げる効果を持つ。それだけで死線を潜り抜けるほどの絶大なご利益はないが、心の支えにはなるだろう。シフォンはお守りの紐を解き、ミートの首に掛けてやる。ワイズたちにも同じものを渡し、彼らの安全を祈る。


「シフォン! こっちから入れるみたいよ!」


 先行偵察をしていたLettyが大穴の側から手を振る。


「分かった! さ、ミートたちも一緒に行こう」


 シフォンは彼女に手を振り返し、ミートたちと共に〈エウルブギュギュアの献花台〉へと足を踏み入れるのだった。


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Tips

◇息災の御守り

 無病息災の願いを込めて、作り上げた祈り札。思いは宿り、確かにそこにある。

 カルマ値-7

 わずかに運気を上げる。


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