第1230話「管理者のタスク」

 〈エウルブギュギュアの献花台〉より発生したNULLの侵蝕に備えるため、〈ナキサワメ〉ではNULL対抗防波堤の建設が急ピッチで進められていた。しかし、前触れなく塔が激震し、NULLの侵攻も停止する。停滞した黒い泥は白い結晶と化し、その動きを完全に停止させた。

 ナキサワメが選出した調査開拓員たちによる念入りな検査の結果、それは多孔質の脆い石のようなものであることが判明した。NULLの脅威が去ったことで、調査開拓団はより本格的な作戦進行へと乗り出そうとしていた。その時だった。


『なああああああっ!?』


 急報を受信したナキサワメが絶叫する。突如大声を上げた彼女に、周囲で作業をしていた調査開拓員たちがぎょっとして振り返る。

 ナキサワメはバタバタと慌ただしく走り出し、中央制御塔の頂上まで移動して巨大な洋上プラントを取り囲む海を見渡す。そして、背後から迫る白い飛沫を見つけて顔を青ざめさせた。


『こ、航行中の全調査開拓員に通達! 東方より変異マシラの集団が遊泳にて接近中! 接触を回避し、速やかに移動してください!』


 彼女がわざわざ管理者機体の目視で確認したのは、大海を泳いでやって来る変異マシラたち。センサー類の誤作動という淡い期待はあっさりと打ち砕かれた。

 大柄な白いゴリラ、手や足が発達した異形、そして頭に赤い花を咲かせた少女。彼女たちは最新のエンジンを搭載した高速艇すら凌駕する速度で泳ぎ、海を真っ二つにする勢いで一直線に〈ナキサワメ〉へと接近していた。


『あわ、あわわ……。れ、レッジさんに連絡――だ、だめだ連絡が取れません』


 次々と轢殺されていく洋上監視ブイが破損信号の直前に送ってくる情報が示すのは、接近中のマシラたちが“レッジ組”と呼ばれ、ウェイドが特に注視している個体群であることだ。ナキサワメは反射的にレッジに連絡を取ろうとするが、通信途絶状態であることに気付いて絶望する。

 そうこうしている間にもマシラたちは刻一刻と近づいてくる。


『ひ、ひえええええええっ!』


 ナキサワメは自暴自棄になった。

 緊急特例措置発令下にあることも、彼女の決断を後押しする。

 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミの各所に取り付けられた都市防衛設備が次々と動き出し、その照準を波間に見えるマシラたちへと固定する。


『ってーーーーー!』


 ナキサワメの号令で、弾薬の消耗を度外視した一斉攻撃が始まる。それが〈エウルブギュギュアの献花台〉のある西方ではなく、正反対の東方で勃発したことで、都市内に居た調査開拓員たちも驚いた。


『う、撃って撃って撃ちまくれです! 来ないでくださいーーーー!』


 後先考えない全力攻撃。あまりにも急激なリソース消耗により、優先度の低い区画から次々とエネルギー供給が絶たれ、暗転していく。


『うおおおおおっ! ひゃあああああっ! とりゃあああああっ!』


 ナキサワメは、混乱していた。

 流星群のように降り注ぐ弾丸とレーザービーム。質量を帯びた攻撃、機術による攻撃。怒涛の勢いで海を千切り、波を食い破る。それでもなお、マシラたちは誰一人として傷を負っていない。


『ふえええええんっ!』

「はええええええええんっ!?」


 泣き叫びながらぶんぶんと手を振り回すナキサワメ。しかし、突如その背後に現れた少女が彼女を羽交締めにする。管理者機体は戦闘行為こそ許されないが、その機体出力は非常に高い。乱暴に投げ捨てられそうになるのを、彼女は暴れ牛を乗りこなすカウボーイの気持ちで耐える。


「ナキサワメさん、落ち着いて!」

『ふええんっ!』

「ミートたちは敵じゃないの! わたしたちに協力するために駆けつけてくれたの!」

『ふええええ! ――ふえ?』


 激しく視界を揺らしながらも、シフォンが懸命に事実を伝える。彼女の身を挺した説得が、管理者の耳に届いた。ナキサワメの動きがぴたりと止まり、同時に都市防衛設備の一斉射撃も停止する。エネルギー供給が正常に戻り、調査開拓員たちも困惑の表情を浮かべる。


『ど、ど、どういうことですか……?』


 半信半疑といった顔でナキサワメが振り返る。ようやく視線が合ったことにほっと胸を撫で下ろしながら、シフォンはミートたちがやって来た経緯を丁寧に説明した。


━━━━━


『ま、まことに申し訳ございませんでしたぁ!』

『むぅぅぅぅ!』


 ナキサワメが額を床に擦り付ける全力土下座をする。しかし、その正面に立つミートは腕を組み、ぷっくりと頬を膨らませてご立腹だ。

 都市防衛設備の全力攻撃にも関わらず、当然のように無傷で洋上プラントへと到着したミートたち変異マシラの一団。彼女らを出迎えたのは、顔色を非常に悪くして足もふらつくナキサワメであった。

 対応を間違えて敵対すれば調査開拓団そのものが壊滅する可能性すら孕む強大な存在に攻撃を敢行したのだ。シフォンから事情を聞いた彼女は、たったの数分でげっそりと痩せ細ったように見えた。


「まあまあ。わたしがちゃんと事前に連絡できてなかったのも悪いし。ナキサワメさんも緊急事態で気が張ってたんだよ。ほら、ミートたちも怪我してないでしょ?」

『当然だよ! あれくらいで怪我なんてしないもん!』

『うぐぅ』


 宥めるシフォンに自慢げに両手を広げて見せるミート。都市防衛設備の全力でもマシラたちに傷一つ負わせられないという事実に、土下座しているナキサワメは複雑な表情だ。


「とにかく、ミートたちに悪意や敵意はないわ。私たちと一緒にレティさんを助けに行くの。ナキサワメだって、猫の手も借りたい状況なんでしょう?」

『そ、それはそうなんですけどぉ』


 Lettyの言葉にナキサワメは少し顔を上げてちらりとミートたちを見る。猫の手も借りたいくらい忙しいのは事実だが、管理者でさえ制御できない存在を作戦に参加させるのはリスクも大きい。


「安心してください、ナキサワメさん」


 そんな彼女の思惑を汲み取って、シフォンがぽんと自分の胸を叩く。


「ミートたちが暴れて特殊開拓指令が破綻した場合は、わたしたち〈白鹿庵〉が責任を取ります」

「えっ、私も!?」


 巻き込まれたLettyが目を剥くが、彼女の声をシフォンは涼しい顔で聞き流す。

 そもそも、ミートたちは“レッジ組”と呼ばれる一団だ。彼女たちの目的はレッジを助けること。ならば目的は調査開拓団ひいてはナキサワメと一致している。ならば、そう大事にはならないだろう。


『――いえ、ダメです』


 しかし、ナキサワメは首を横に振る。

 シフォンが驚いた顔で、彼女を見る。すっくと立ち上がった若き管理者は、真剣な表情で彼女を、そしてミートたちを順に見つめる。


『ミートたちの作戦参加を、管理者ナキサワメの名で承認します。故に、この作戦中の全ての事象は私が一切の責任を担います』


 調査開拓員は責任を取るために存在するのではない。それは、管理者たる自分の使命である。

 ナキサワメはそう答えた。


「――分かった。それじゃあ、わたしたちはナキサワメさんの為に働くよ」


 彼女の覚悟を思い知り、シフォンは頷く。

 どちらからともなく手を差し伸べ、お互いに握る。


『むぅぅ。ミートたち、そんな乱暴じゃないんだよ!』


 話を聞いていたミートは不満げな顔をしたまま、そんな二人の手に自分のものを重ねるのだった。


━━━━━

Tips

◇〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉における特別参加メンバーについて

 変異マシラ、通称名ミート、ワイズ、ジャンプ、スピン、フォックス、パピルス、ボックス、コード、ライス、リング、センチュリオ、ポップ、ボール、マグナム、ボマー、エンジェル、デビル、コート、クイーン、アーミー、ジャイアント、ポルック、キリング、モーニング、ランチ、ディナー、キャッスル。以上27名の〈天憐の奏上〉への参加を認める。

 彼らの指揮は例外なく管理者ナキサワメ、もしくは管理者ナキサワメによって正式に委任を受けた者が行うこととする。

 彼らの作戦における行動によって生じた被害に対する責任は全て管理者ナキサワメが負う。

“特別参加メンバーの作戦参加を承認する。”――指揮官T-1


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る