第1228話「装備の準備」

 穏やかな海を望む明るいビーチ。白い砂浜にはパラソルが並び、水着姿の調査開拓員たちがのんびりと長椅子に横たわっている。突発的に大規模イベントが始まったとはいえ、騒ぎの渦中となっているのは遠く海の向こうの話。イベントに参加する意欲のない者にとっては、むしろ他の施設の混雑も減って、過ごしやすい時間が到来していた。

 音楽家が緩やかなテンポでフラダンスを踊り、小麦色の肌を惜しげもなく露出させたビキニ姿の女性に男たちがあからさまな視線を向ける。漣が引いては寄せて、寄せては引いて。

 一機の極超音速飛行機が黒煙で青空にラインを引きながら海に墜落する。


「うわああっ!?」

「なんだぁっ!?」


 白い水飛沫が高く突き上がり、衝撃波がパラソルを薙ぎ倒す。荒事に慣れていない調査開拓員たちが慌てふためき、長閑なビーチは一転騒然となる。


「し、死ぬかと思った……」

「はえええ……」


 数分後、全身にワカメやヒトデを付けた二人の少女が海の中から這い出てくる。頭から爪先まで例外なくずぶ濡れで、ところどころスキンも剥げて内部の金属パーツも露出している散々な姿だ。

 ビーチの調査開拓員たちに遠巻きに眺められながら、シフォンとLettyの二人はよろつく足取りで白い砂を踏む。


「もう絶対飛行機なんて乗らない」

「こ、このあともう一回乗るんだよ?」

「絶対乗らない!」


 絶対に安全と太鼓判を押された飛行機が案の定墜落し、Lettyはもう何も信じられなくなっていた。シフォンは暴れ憤る彼女をなんとか宥めすかし、ビーチに隣接した〈ワダツミ〉の居住区画へと移動した。

 南国らしい開放感のある建物が規則的に並ぶ〈ワダツミ〉の居住区画。ここは風光明媚な土地ということもあり、多くのバンドが別荘となるガレージを構える人気のエリアだ。そして、シフォンたち〈白鹿庵〉が半ば本拠点として使っている第二ガレージが存在する場所でもある。

 区画の中でも随一の一等地にその建物はある。隣に頑丈に頑丈を重ねたような高セキュリティ温室がある以外は、華美すぎず質素すぎない居心地の良さそうな別荘だ。

 二人がドアをノックすると、すぐに内側から開かれる。


『お帰りなさい。さっき、大きい音がしたけど、何かあった?』


 出迎えたのは、建物の管理を一手に引き受ける優秀なメイドロイドの少女カミルである。主であるレッジに対しては少々当たりの強い彼女だが、シフォンやレティには普通に接している。不思議そうに首を傾げる彼女に、シフォンたちは乾いた笑いではぐらかし、足早に建物の中に入った。


「ごめんね、カミル。荷物を取りに来ただけだからすぐに戻らないと行けないの」

『何か大きいことが起こってるみたいね。アタシは詳しく知らないけど』


 T-1によって布告された〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉の詳細は、カミルのようなNPCには共有されていない。それでも、大規模な動きがあったことはなんとなく風の噂程度に把握しているようだった。

 カミルはシフォンとLettyがいつもフィールドに出かける際に常備しているアイテムを運んで、彼女たちに渡す。消耗品の補充もメイドロイドの業務の一つであった。


「〈塩蜥蜴の荒野〉に第零期先行調査開拓団の遺構が見つかったんだ。で、おじちゃんがそこに戦艦を改造したミサイルで突っ込んで破壊して、今は通信が途絶してるの」

『ふぅん』


 シフォンのめちゃくちゃな説明にも関わらず、カミルの反応は塩っぱいものだ。なんだかんだ付き合いの長い彼女は、その程度のことでは驚きすら湧かない。


「カミル、お守りの空袋ってまだあったっけ?」

『昨日200個買い足してるわよ』

「やった! ありがとう、助かるよー」


 これから赴く場所が場所だけに、シフォンもLettyもいつもと同じ準備というわけにはいかない。というより、それだけなら〈ナキサワメ〉でアイテムを調達すればいいだけだ。

 わざわざ別荘に戻ってきたのは、より入念に準備を整えるためである。

 シフォンは〈占術〉スキルで使用するお守りやタロットカードを補充する。ついでに運気を上げる招き猫や謎の仮面もざっくばらんに掻き集めてインベントリに放り込んだ。

 対するLettyは、平時からレティに教えられていたことを思い出し、決戦装備を整えていく。通常のフィールド探索やモブエネミーとの戦闘では収支が釣り合わない強力な装備やアイテムを身につけていく。

 そうしているうちに、二人の格好はそれぞれのスキルビルドを反映した特徴的なものに変わっていった。


「シフォンの装備は、なんというかゴテゴテしてるわね」

「はえっ!? ま、まあこれは仕方ないよ」


 手首や足首にパワーストーンのリングを嵌めて、額と首にも大粒の宝石が輝いている。更に彼女は薄いレースを多用したひらひらとした衣装を身に纏い、口元も薄く透けたマスクで隠していた。

 その姿はまるで、砂漠の踊り子のようでもある。


「Lettyだって、どこかの軍人みたいだよ」

「ふふん。格好いいでしょう?」


 布製の軽い服を着込むシフォンとは対照的に、Lettyの装備は重厚感に溢れている。黒く分厚い鉄製の胸当てや、籠手、具足。腰にはツールベルトが巻かれ、アンプルやスタングレネードなどがずっしりとした重量感を醸し出している。

 手にした黒鉄の特大ハンマーも相まって、猛々しい戦士の様相だ。思わず「何が始まるんです?」と聞いてみたくなるのを、シフォンはぐっと堪える。


『二人とも、荷物に余裕があるならこれも持ってってくれない?』


 二人が装備を確認していると、姿を消していたカミルが大きな荷物を抱えて戻ってくる。中身に見当がつかず首を傾げるシフォンたちに、カミルはぽんぽんと蓋を叩きながら内容物を口にした。


『レッジたちがいつも持ってってるアイテム。消耗品を中心に集めたわ』

「カミルーーー!」

『きゃあっ!? な、なによ、やめなさいよ!』


 あまりにも優秀すぎるメイドさんに、思わず感極まったシフォンが抱きつく。突然の挙動に驚いたカミルがジタバタともがくが抜け出せない。賑やかな二人を傍目に、Lettyが箱を開いて中身を改める。


「テントの建材にアンプル各種、罠とマーカー……。種瓶もいっぱいあるね」


 ぎっちりと詰め込まれていたのは、現在連絡が取れなくなっているレッジたちが普段使用しているアイテム。応急修理用マルチマテリアルや簡易工作キット、レーションなど、およそ考えつく支援物資が全て揃っている。

 レッジたちの状況を聞いても驚かなかったカミルだが、彼らを案じていないわけではなかったのだ。通信途絶という状況は決して楽観視できるものではない。だから彼女は、シフォンたちにこれを託した。


『特に種瓶なんかは何が必要か分からないから、農園にあるもの片っ端から詰め込んだわ。絶対に落としたり割ったりしないこと!』

「そしたらどうなるの……?」

『最悪、特殊開拓指令がもう一つ発令されるわよ』


 カミルの笑えないジョークに二人の頬が引き攣る。種瓶の中には頑丈な衝撃緩衝ケースに封入された、見るからに危険ですと言っているようなものもある。十中八九、原始原生生物由来のものだろうが、二人はそれ以上深く考えることをやめた。


「Letty……帰りはヤヒロワニ使おっか」

「うん。そっちの方がまだいくらか安全でしょ」


 まるで爆発寸前のTNTでも抱えたような面持ちで、シフォンたちは頷きあう。

 多少到着が遅れるにしても、安全には代えられない。二人は即座にそう判断し、予定を変えた。

 だが、その時。


『パパーーーーーーーーーッ!!!!!』


 聞き覚えのある声と共に、別荘の屋根が猛烈な勢いで崩壊した。


━━━━━

Tips

◇高耐久簡易保管庫

 頑丈な装甲と衝撃緩衝機能を有した持ち運び可能なストレージ。同サイズの簡易保管庫と比べて収納可能容量は劣るが、内部のアイテムをしっかりと保護することができる。

 レベル5耐爆性能保証。


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