第1220話「亡霊滅打法」

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第二階層。青白い光のラインが壁を走り、幻想的なライトアップを演出するなか、勢いよく何かが飛んでいた。


「せいやっ!」


 レティの声と共に、軽快な打撃音が響く。その直後、長い廊下の向こうから猛然と駆けてきていたゴーストドッグが爆発四散する。10匹ほどがまとめて薙ぎ倒され、レティが大きな歓声を上げた。


「やったぁ! ふふふ、幽霊も案外ザコザコですねぇ!」


 さっきまで涙目で震えていたとは思えないほどの余裕を持って、レティは再びハンマーを振りかぶる。そんな彼女のすぐ側に控えているのは、大量の手榴弾を抱えたモミジだった。


「行きますよ、『トス』ッ!」


 彼女が手榴弾を一つ軽く投げる。


「はぁああああっ! 『ホームランショット』ッ!」


 それを、レティが大きく体を捻ってハンマーで打つ。勢いよく飛び出した手榴弾はゴーストドッグの群れの中で爆発し、半透明の獣を殲滅する。

 モミジが投げてレティが打っているのは、火薬の代わりにフゥが独自に調理したオリジナル料理を詰めた特殊な手榴弾だった。その材料となっているのは、肉、野菜、香辛料、オートミール、その他もろもろ。


「どっせーーーーいっ!」


 モミジが三つまとめて投げ、レティはそれを的確に捉えて打ち放つ。三連の爆発が巻き起こり、通路を埋め尽くしていた幽霊犬が一掃される。


「さあ、一気に進みましょう!」


 活路を開いたレティが一気呵成に走り出す。


「レティが聖なる手榴弾を……。まあ、別にいいけどさ」

「むしろこんなアイテムがあったのかって感心しちゃうわね」


 レティの背中を追いかけながら、ラクトとエイミーが話している。

 フゥが幽霊嫌いなレティにもたらした対抗策、それがこの“聖なる手榴弾”であった。

 材料となっているのはなんの変哲もないただの食材ばかり。それをモミジが持っていた手榴弾に入れただけの簡単なものだ。しかし、そうして作られた聖なる手榴弾は、驚くほどの威力を発揮していた。

 霊体を確実に爆撃できる強力な武器を手に入れたレティは、もはや怯えることもなくなった。それどころか、次々とハンマーで打ち込んで、爆発に歓声を上げている。


「レティが爆弾魔になっちまった……」

「元から戦闘狂ではあったじゃないですか」

「トーカには言われたくないんじゃない?」


 モミジを急かして爆撃を続けるレティを見ていると、本当にこれで良かったのかと一抹の不安が過ぎる。まあ、楽しそうならOKだろう。


「レティちゃんも元気になったみたいで、安心しましたの」


 俺の耳元でそう囁くのは、〈紅楓楼〉のタンクである光だ。レティによる快進撃が始まった今、彼女はほとんど出る幕がない。そもそも、物理特化の特大盾を運用する彼女は、霊体に対してほとんど対抗手段を持っていないのだ。

 戦闘で出番がなく、またレティの進撃速度に追いつけるだけの足を持たない彼女は、現在俺が背負って運んでいた。本来はフゥかモミジが背負って移動することが多いらしいが、今は二人とも忙しそうなのだ。


「むぅ。わたしを運ぶ時は小脇に抱えるくせに、光だけおんぶするんだ?」


 エイミーの背負われたラクトがこちらを見てよく分からない文句を付けてくる。確かに彼女を運ぶ時はだいたい小脇に抱えているが、あれは片方だけでも手が空く方が便利だからだ。


「光は大盾背負ってるからな。流石に小脇には抱えられないんだよ」

「ふーん。……わたしも特大弓使おうかな」

「なんで自ら機動力を落とそうとするんだよ」


 機動力が皆無という振り切った構成をしている光は、普段からモミジに投げられるかフゥに打ち出されるか、どちらかの方法でしか移動できない。当然だが、運ぶ方も運ばれる方もかなりの練度を必要とする。ラクトが自分の丈より大きな弓を担いだら、それこそ小脇に抱えて運ぶどころではなくなってしまう。


「レッジさん、見てください! なんかデッカい犬ががいますよ!」


 前方でレティが興奮した声を上げている。彼女が指差す方向にあるのは、おそらく塔の中心に位置する場所で、広い円形の部屋があった。その中に、これまでのゴーストドッグよりもはるかに大きい半透明の犬がいた。


「これは……」


 特筆すべきは、その巨大幽霊犬に繋がれた鉄枷だろう。四本の足と首をがっちりと拘束し、太い鎖によって壁に繋がれている。四方から鎖で繋がれているため、幽霊犬は身じろぎほどしかできないようだった。


「もしかして、第二階層のボスか?」


 これまでの探索で、〈エウルブギュギュアの献花台〉がダンジョン形式のフィールドであることは分かっている。となれば、階層ごとにボスとなるエネミーが存在して然るべきだろう。

 中心の部屋に繋がれた巨大な幽霊犬ともなれば、見るからにボスですと言っているようなものだ。


「でも、拘束されて動けない感じですよ? 手榴弾を投げこめば一方的に倒せてしまいそうです」

「あんまり油断しない方がいい。とりあえず鑑定してみてくれ」


 すっかり調子に乗っているレティを嗜めつつ、まずは巨大幽霊犬の正体を調べる。


「ウェイドは何か見覚えあったりするか?」

『全く。……そもそも、私たちは高度残留霊体に対する知識をほとんど有していません。このように巨大な霊体を拘束する術など、全く理解できていませんよ』


 鎖に繋がれた犬を見て、ウェイドは硬い声で言う。

 霊体の存在に対して理解が進み始めたのは、三術系スキルが実装されてからだ。それまでは“教導のパラフィニア”も全く謎の存在だった。

 ウェイドの言う通り、現在の調査開拓団は霊体という存在に対する知識をほとんど持ち合わせていない。今、幽霊犬を繋ぎ止めている鎖は、俺たちの理解の範疇外にあるオーパーツだ。

 この塔が第零期先行調査開拓団の遺構なのだとすれば、彼らは現在の調査開拓団よりも遥かに高い技術を有していたことになる。


「鑑定できました。名前は“悔恨のギガヘルベルス”、ステータスは全く不明です!」

「とりあえず、かなり強そうってことだけは分かったな」


 レティたちも専門の鑑定士ではないが、それでも名前しか分からないということはかなり上位の相手に違いない。できれば、枷がしっかりと機能してくれていればいいのだが……。


「まあ、そうなるよな」

『グルルルルウッ』


 ばき、ぼき。

 耳障りな音が広い部屋に響き渡る。ギガヘルベルスが牙を剥き、四肢に力を込めていた。霊体にも関わらず筋肉が膨張し、鉄枷に亀裂を走らせる。

 更に変化は続く。

 ギガヘルベルスの首輪が大きな音をたて、粉々に崩れ落ちた。すると、首の根本から更に五つの犬頭が生えてきたのだ。


「いくらギガって言っても、それはやりすぎじゃないのか?」


 牙を向く六つの犬頭。眼が爛々と輝き、敵意と獣性を剥き出しにする。


「ふん。船頭多くして船山登ると言いますからね。頭を増やしたところでレティたちには敵いませんよ!」


 威風堂々と対峙するレティの、力強い言葉。

 それに応じるように、鉄枷の最後の一つが外れ、亡霊の猛犬が解き放たれた。


━━━━━

Tips

◇“聖なる手榴弾”

 邪悪なる存在を滅する神聖な力を有する手榴弾。その爆発は、忌まわしき者の身を貫く。

 数多の異端を葬り、真なる神の国の到来のため捧げる祈りたれ。


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