第1218話「廃墟に棲む亡霊」

 〈エウルブギュギュアの献花台〉の第二階層は広大だ。この暗闇のなかを僅かな光だけで探索するのは骨が折れるだろう。そう考えてげんなりとしていた矢先、壁に青い光のラインが走った。


「うわっ!? 明かりがつきましたよ!」


 突然のことにレティたちが驚くなか、光は広がり屋内を隅々まで照らす。

 白月が鼻先で扉を開いた時と同じように、周囲の壁に近未来的な模様が浮かんでは消えていく。その光が闇を退け、ひとけの無い通路をあらわにした。


「よく分からんが助かった。このまま探索を始めよう」


 いつもは俺の後ろで静かにしている白月が、今回は妙に張り切っている。彼がいれば、三階やその上に続く扉も開けることができるのだろう。とりあえずそう考えて、俺たちは二階の探索を始める。

 白い通路が真っ直ぐに続き、その両側に扉が並んでいる。レティやミカゲが慎重に中の様子を窺いながら、ひとつひとつ調べていく。


「こういうところを探索するのは初めてだな」

「FPSゲームってこんな感じなのかしら」


 一つ一つドアを開けてクリアリングしていく様子はミリタリー色を感じさせる。これまでのフィールドワークはあくまで自然環境を歩くものだったため、このような人工的な建物の中を進むのは初めてだ。〈オモイカネ記録保管庫〉が若干似ているが、あそこはもっと迷宮みたいな感じだったしな。


「しかし、敵がいねぇな」


 鞘から刀を抜かないまま、カエデが面白くなさそうに呟く。

 先ほどからレティたちが次々と室内の安全を確認しているが、これまで敵性存在らしい影は見当たらない。あまりにもなにもなさすぎて、全体の緊張感も薄れて来てしまう。


『しかし、ここは第零期先行調査開拓団の遺構です。これまでのことを考えると、油断しない方がいいでしょう』


 気の緩みかけた俺たちをウェイドが引き締める。何もないと油断させたところで襲われる可能性も拭い切れないのだ。彼女の言葉には従うべきだろう。


『……クチナシが全部崩壊したよ』


 その時、クチナシがぽつりと呟く。そこに感情の揺れ動きはなかったが、それが逆に物悲しい。

 NULLの侵蝕を受けながらも原始原生生物の驚異的な生命力で耐えていた船が、いまついに崩れてしまったらしい。これで、クチナシは再び自分の体とも言えるものを失った。本体である高性能AIコアも消えているため、今の彼女は補助機体にインストールされたスタンドアロンプログラムパッケージのみで動いている。


『もう、私は何もできないよ』


 クチナシが俺の方を見上げて言う。

 AIコアを失った彼女は、優れた演算能力も同時に喪失した。それにより、戦闘支援もできないと訴えているのだ。


「そんなことはない。目は多い方がいいからな。しっかり注意深く周りを見渡しておいてくれ。何か見つけたら、すぐに報告してくれれば、それだけでも助かるんだ」


 クチナシの頭を撫でながら、彼女は役立たずではないことを伝える。

 確かに驚異的な演算能力は失ったかもしれないが、未知の場所を探索する時は目が必要だ。彼女は油断することなく、瞬きもせず、周囲を注視し続けることができる。視野狭窄になりがちなこの状況では、それが多いに助かるのだ。


『わかった。まかせて』


 ぐ、とクチナシが親指を立てる。彼女に合わせて俺も親指を立てた。

 その時。


「きゃあっ!」

「レティ!?」


 突如、前を進んでいたレティが悲鳴をあげる。トーカたちが刀を構えるが、レティの周囲には敵の姿は見当たらない。それでも、彼女は顔を青ざめさせて床にへたり込んでいた。


「どうした、レティ? 何があった」

「わ、わわ、分かりません。ただ、背中を冷たい感触が伝って、少しダメージを」


 そう言う彼女のLPはわずかに減っている。すぐにモミジがLPアンプルを投げて治療した。


「何かいるのか?」

「絶対にいますよ!」


 いつもは元気なレティが、すっかり怯えてしまって俺の背中いに隠れている。彼女を守るように全員が背中合わせになって警戒するが、塔の内部は静寂そのものだ。


「まさか」


 その時、カエデが何かに気が付いた様子で眉を動かす。そして、インベントリから小さな骨を一つ取り出して、テクニックを発動した。


「『霊獣召喚』“金切り金糸雀”」


 彼の手のひらの上で骨が蠢く。それはやがて、光を帯びた小鳥の姿に変わり、ぱたぱたと飛び立った。だが、それは通路を数メートルも進まないうちに弾けるように消えて、甲高い音を発する。


「ッ!?」

「そういうことか……。ミカゲは『呪力視』を使え、囲まれてるぞ!」


 カエデは叫びながら双剣を引き抜く。霊装も同時に展開したそれが虚空を切る。その瞬間、何もいなかった場所に半透明の獣の姿が浮かび上がった。


『ギャアアッ!』


 突然斬りかかられ、悲鳴をあげる獣。

 それを見て、レティが俺の肩を掴む力を強くする。


「『アンプルスプレッド』“感覚拡張アンプル”ッ!」


 モミジが足元に勢いよくアンプルを叩きつける。砕け散ったガラス管の中から飛び出した薬液が、俺たち全員に降りかかると同時に、特殊なバフが付与された。それは感覚を強化し、普段なら感じられないものを察知することができるようにするもの。

 視界の彩度が上がり、同時に通路を埋め尽くす獣が姿を現した。四本の脚で床を掛ける、犬のような見た目の獣だ。


「はぁああっ!」


 トーカが妖冥華で切り付ける。その刃はしっかりと犬の首を捉えた。

 しかし、犬にはほとんどダメージが通っていなかった。


「霊体ですか。これは厄介ですね……」


 ぎり、と奥歯を噛み締めてトーカが言う。彼女が敵の正体を口に出したことで、今度こそレティがふらりとよろめく。彼女は物理攻撃が効かない幽霊が苦手なのだ。


「霊体ならまかせろ。ここからは俺の本領発揮だ!」


 だが、それと入れ替わるように走り出す者がいた。

 双剣士でありながら〈霊術〉スキルを扱う霊術師でもあるサムライ、カエデである。

 彼のそばを走るのは赤い毛並みのカマイタチ。相棒の使い魔のような霊獣だ。

 カエデはイタチと共に霊犬の群れへと飛び込む。そして、二本の刀によって、猛烈な勢いの高速攻撃を繰り出した。


━━━━━

Tips

◇ゴーストドッグ

 〈エウルブギュギュアの献花台〉に残留する獣型高度残留霊体。獣ながら高い知能を持ち、強い怨嗟を宿している。集団での狩りを行い、接触した者に強い恐怖心を抱かせることができる。

“朽ちた道を彷徨う亡霊。理由も記憶も風化しながら、ただ怨嗟だけを孕み、世に留まる。肉と骨が朽ち果てても、憎しみだけがそこにある。”


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る