第1217話「黒鼻の万能鍵」
〈エウルブギュギュアの献花台〉の内側からは、だくだくととめどなく黒粘液が流れ出している。その勢いが衰える様子は今の所見られない。だが、これの正体を知るためにも、俺たちは塔の中に入ることを決めた。
「とりあえずドローンを先行偵察させてみるか」
小型の偵察用ドローンを起動し、まずはこちらで情報を集めることにした。
クチナシとレティによってこじ開けられた亀裂の中へドローンを進める。少しでも粘液に触れたら即終了の、シビアな電流イライラ棒をやっているような気分だ。
「ウェイド、記録や手がかりが残ってるとしたら何処なんだ?」
『塔の内部構造については全く分かっていません。ただ、下の方は全て消失していると見ていいでしょうね』
クチナシは塔の下の方に突き刺さっている。あまりにも塔が大きすぎるため、この程度の破損では倒壊する恐れもない。亀裂からどろーんを侵入させると、ライトの光に照らされて黒々とした粘液の池が映った。
塔の直下に地下部分も存在したのかもしれないが、それは全て黒粘液によって塗り隠されている。進むことができるのは、塔の頂上に向けた一方向のみだ。
「螺旋階段があるな。とりあえず中に入れそうだ」
黒粘液が湧き出しているところを一階にすると、二階以降は頑丈な隔壁で覆われている。塔の外壁と同じ白い建材で作られているようで、黒粘液の影響を退けている。
「この建材の研究を進めれば、進行を押しとどめることもできそうだね」
「それは俺たちの手に余るな。解析班に任せよう」
全ての情報を消し去るというぶっ飛んだ能力を持つ粘液だが、それの対抗策もある。この白い建材が量産できれば、希望が見えるだろう。だが、俺たちにはそれはできない。騎士団の解析班のような専門家に任せなければ。
「やっぱり、二階に続くドアは閉まってるな」
緩やかに続く螺旋階段を辿ってドローンを飛ばすと、やがて分厚そうな天井に突き当たる。流石にドローンでここを突破することはできない。俺たちが実際に足を運ばないことには、二階には入れないようだ。
「よし、それじゃあ二階目指して行くか」
まずは二階へ到達する。それを目標に掲げ、いよいよ動き出す。
幸いなことに、人員も物資も十分にある。慎重に進めばとくに苦労なく辿り着けるだろう。
「行きますよ!」
やる気満々のレティを先頭にして、俺たちは塔の中へと入る。クチナシやウェイドも付いてきているため、彼女たちの護衛にも気を払う。もし、管理者があの黒粘液に落ちたらどうなるのか、誰にも分からないのだ。
「静かだね」
塔の内部は暗闇の広がる伽藍堂だ。ラクトの漏らした言葉がすっと影の中へ溶けて消える。白神獣の尖兵も全て黒粘液に飲み込まれてしまったからか、全くの無音だ。
「そういえば、この粘液はNULLって言うらしいよ」
「そうなのか?」
白い建材で作られた螺旋階段を登りながらラクトが教えてくれた。
『先ほど、アストラさんによって提唱され、管理者によって承認されました。そもそも名前の定まっていなかった物体なので、都合が良かったんです』
「そうだったのか。じゃあ、これからはNULLと呼ぶか」
黒粘液改めNULLは螺旋階段の真下で大きく波打っている。こんこんと下層から湧き出すそれは、塔に開いた大穴から流れ出して周囲の物体を溶かしている。
「ふふ、NULLがヌルヌルってか」
「は?」
思わじ頭に浮かんだ言葉を放つと、途端に周囲から厳しい視線が集まる。絶対俺以外の奴も思っただろうに。
『あんまりふざけないでくださいよ。落ちたら終わりなんですからね』
「分かってるよ」
特に辛辣なウェイドに肩をすくめる。
螺旋階段には一応手すりも付いているが、なんとも頼りなさが拭えない。白い素材だからかなりの強度はあるはずだが、見ていると不安になるくらい細いのだ。少し寄りかかっただけで折れそうで、俺たちはできるだけ壁際を進んでいた。
200段以上の階段を登り、ラクトが息を荒げ始めたころ、ようやく階段の終端が現れる。一階と二階の間を阻む、頑丈な装甲扉だ。
「さて、どうやって開くかな」
問題はこれをどうパスするか。塔の外装と同じ素材ならば、最悪レティが頑張れば破壊できる。とはいえ時間もLPもアイテムも大量に消費するし、ドアだけでなく周囲まで破壊しかねない。あくまで最後の手段と捉えたほうがいいだろう。
とはいえ、〈白鹿庵〉にも〈紅楓楼〉にも〈解錠〉スキルを持つ者はいない。そんな頭脳派は、どこにもいないのだ。
「やはりここはマスターキーで」
「待て待て」
ちゃき、とハンマーを構えるレティを抑える。
「ふっ、この程度。レティに壊せて私が切れないはずもないでしょう」
「待て待て、落ち着け」
ちゃき、と鯉口を切るトーカを抑える。
「やっぱり拳じゃない?」
「凍らせて一気に……」
「みんなふざけてるだろ!」
ノリノリで同調するエイミーとラクトも抑えて後ろへ下がらせる。なんで〈白鹿庵〉には脳筋しかいないんだ。
「こういう時は、まずはじっくりと調べるのが大事なんだ」
ダンジョンギミックを攻略する際の定石は一に調査、二に解析だ。とにかく情報を集めないことには開くものも開かない。
俺はレティたちを下がらせ、装甲扉へと近づく。
「表面はツルツルしてるな」
二枚の板で構成された重たい扉だ。隙間はぴったりと塞がれ、取っ手らしいものも見当たらない。それどころか、蝶番のようなものもない。扉というより、壁という方が正しそうな外観だ。
「……これ、どうやって開くんだ?」
「だからレティが言ったじゃないですか」
首を傾げると、レティたちが再びそれぞれの武器を構えてやって来る。どうやって開けばいいのか分からないが、彼女たちの開け方が間違っていることだけは分かる。
「待て待て、とりあえず調べてだな!」
鼻息を荒くして押し寄せるレティ達を押し留める。
すると俺の足の隙間をするりとすり抜けて、ずっとおとなしかった白月が扉の前に近づいた。俺がぽかんとしている間に、彼は黒く濡れた鼻先を扉に近づける。すると、扉の表面に複雑な青い光のラインが走り、ぼんやりと発光した。
『神子の存在を確認』
『巡礼者の存在を確認』
『神子の権限を確認』
『巡礼者の権限を確認』
『封印扉を解錠します』
以前〈白き深淵の神殿〉でも聞いた無機質な音声が立て続けに響く。
そして、呆気なく扉が開いた。
「……」
こちらへ振り向いた白月が、フンっと鼻を鳴らす。その顔は得意げでなんとも生意気だ。いい加減学習しろよ、とでも言われている気分だ。
「俺は分かってたぞ、白月。よくやった」
「本当ですかぁ?」
ぎこちなく白月の頭を撫でると、背中に複数の視線が突き刺さる。
俺はそれから逃れるように、急足で扉の奥に続く階段を登り始めた。
「……ねえ、レッジ」
「あんまり聞きたくないが、一応聞こう」
まだ続く階段を登っていると、ラクトが話しかけてくる。嫌な予感を抱きながら、彼女に話の先を促すと、薄々考えていたことをそのまま語られた。
「もしかして、白月と一緒にレッジが塔に到達できてれば……」
「ラクト、過ぎたことは考えない方がいい」
「むひゃっ!?」
起こってしまったことはもう巻き戻せないのだ。俺はラクトの頭をぽんぽんと軽く撫でて言葉を遮る。さあ、第二階層が現れるぞ。
「着いた!」
階段を最後まで登りきる。そこに広がるのは、相変わらずの闇だ。
だが、二階にはNULLは広がっていない。
レティたちが前に出て周囲の様子を探る。俺たちはゆっくりと、二階層の探索を始めた。
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Tips
◇マスターキー
片手用ハンマーカテゴリの武器。先端が湾曲したシンプルな棒状の金属武器で、重量と
扉などの人工物を破壊する際に20%の破壊属性ダメージ補正がかかる。
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