第1211話「空飛ぶ実験室」

 〈ナキサワメ〉の造船ドックを飛び出したクチナシは、猛烈な勢いで火を噴きながら空を飛翔する。甲板に乗り込むのは俺たち〈白鹿庵〉と〈紅楓楼〉の面々。そして、たまたま居合わせたウェイドだ。


『バカバカバカバカバカバカ! 今すぐ降ろしてください!』

「流石に管理者でもこの高さはダメだろ。ていうか下は海だぞ」

『だからですよ! なんで私を乗せたまま出発しちゃうんですか!』


 俺の胸元にぶら下がって、ウェイドはガクガクと頭を揺らしてくる。なんでと問われれば、ノリでと答えるしかないのだが、おそらくそれでは納得してくれないだろう。


『まさかこのまま〈エウルブギュギュアの献花台〉に突っ込むとか言わないですよね』

「そんなわけ無いだろ。はっはっは」


 さっと顔から血の気を引かせるウェイドを安心させるように、彼女の肩に手をおく。


『そうですよね。流石のレッジもそこまで無鉄砲では――』

「まずは光輪を飛び越えられるかどうかだ」

『バカーーーッ!』


 新生クチナシ十七番艦は、現在高度300mあたりを飛んでいる。まだまだ船首は仰角を向いているため、最終的には10,000m弱くらいまで向かうはずだ。なぜそこまで上昇するのかという理由は単純明快、10分おきに放たれる光輪を飛び越えるためである。

 さっきは潜水によって潜り抜けた光輪を、今度は上から飛び越える。こちら側のルートが有効なことは、先に行われた無人機や超高速戦闘機による強襲で実証されている。とはいえ、光輪もかなりの高さがあるからそれを飛び越えるだけの高度は必要だ。

 油断して少しでも船底が擦れたら、その瞬間に真っ逆さまだ。


「クチナシ、船体の状況は?」

『問題ないよ。出発時に多少の破損はあったけど、すでに修復されてる』

「やっぱり有機装甲は便利だなぁ」


 ブースターに使っている“昊喰らう紅蓮の翼花”の吐き出す炎は強力だ。これも火の粉一つで無防備な調査開拓員ならこんがり焼けるくらいにはダメージを与えられる。当然、そんなものをいくつも搭載した船も著しいダメージを受けているのだが、そこは植物による有機的パーツの面目躍如だった。

 多少の傷を受けても、栄養さえあればすぐに修復されるのだ。しかも、原始原生生物というのは大抵のことには驚異的な適応能力を見せる。ブースター周辺の装甲はすでに強い耐火性能を有していることだろう。


『つまり現在進行形で原始原生生物の脅威レベルが上がっているということでは?』

「はっはっは」

『笑い事じゃないですよ!』


 ちゃんと最後には処分するから大丈夫だ。そう言っても、ウェイドは全く信じてくれていない。俺と彼女の間には信頼関係も築けていると思っていたのだが……。


「レッジさん、大変です! 前方に原生生物の群れが!」


 その時、艦橋に立っていたレティが大きな声を上げる。慌てて甲板に飛び降りてきた彼女と共に、船首へ向かう。風防に取り付けた覗き窓から前を見ると、雲に紛れて大きな翼を広げた怪鳥の群れが集まっていた。

 ギャアギャアと嘴を開いて鳴き声を上げる鳥を見て、思わず口がへの字に曲がる。


「うわぁ、フィールドの上空にも原生生物はいるのか」


 今飛び越している〈怪魚の海溝〉は広大な海洋フィールドだ。海面下は深く暗い世界が広がっており、そこに多種多様な生態系があることはよく知っている。しかし、どうやら空にも空の暮らしがあるらしい。

 上空に生息する原生生物の研究はあまり進んでいない。あれがなんという名前の鳥なのかも分からない。

 何より厄介なのは、潜水艦の時とは違って偽装型テントではないため、向こうにもすでに気付かれているという点だ。かなりの速度で飛翔する巨大な船艦なのだが、鳥たちは果敢に挑みかかってくる。


「仕方ない。迎撃用植物兵器展開だ」

『迎撃用植物兵器!? なんですかそれは! 聞いてませんよ!』


 俺が甲板に建てたテントに乗り込むと、ウェイドがにわかに騒がしくなる。


「まあまあ、後でな」

『何を適当にあしらってるんですか!』


 申し訳ないが、今は彼女に構っている暇はない。船自体が高速移動しているので、発見から間を置かず接敵してしまうのだ。

 俺はテントのコンソールを操作して、船の装甲に埋め込んでいた種を萌芽させる。


「いけ! “剛雷轟く霹靂王花”ッ!」

『うわーーーっ!?』


 ウェイドの歓声を受けながら、船側の装甲から黄色い花が勢いよく開く。それは花弁をゆらゆらと揺らし、バチバチと強烈な電気を貯め始めた。内部に宿した強力な発電機関が、地上前衛拠点スサノオを支えられるほどのエネルギーを急速に生み出す。

 極限まで帯電したそれは、縁のギリギリまで水が注がれたコップのようなものだ。


「微振動、開始」

『了解。ちょっとブルブルっとするよ』


 ヴン、とわずかにクチナシが身震いする。たったそれだけで、堰は壊れる。

 わずかに入った亀裂は、一瞬で全体に広がる。流れ出す電流は稲妻となり、空を切り裂いた。轟音が耳朶を打ち、閃光が網膜を焼く。

 船から放たれた大量の電気エネルギーが、鉤爪をこちらに向けて飛びかかってきた怪鳥を絡めとる。初めて感じる高圧電流の衝撃は、鳥の小さな脳を揺らし、神系を焼き切る。

 たった一度の放電だけで、怪鳥の群れは全滅した。


「よし!」

『よしじゃありませんよ!』


 華々しい戦果に思わず拳を握ると、ウェイドがまた胸元にぶら下がってくる。


「なんだよ。霹靂王花の初戦果だぞ」

『何をしれっと、原始原生生物の兵器転用なんかしてるんですか!』

「いや、この放電能力は霹靂王花の元々の能力だから……」


 俺はあくまで花を咲かせて少し小突いただけだ。鳥たちは偶然それに巻き込まれてしまった。不幸な事故である。

 そう弁を立てると、ウェイドはギリギリと奥歯を噛み締める。そもそも、植物を戦闘に使うなと言われたら、種瓶なんかも使えなくなるからな。それに彼女の管理する植物園は、原始原生生物の特性を調査開拓活動に活かす方法を探求しているところもあるので、これは立派なその一例となるだろう。


「心配しなくても、ちゃんとデータは取ってるからな。後で提供するよ」

『そもそも貴方が原始原生生物の使用許可申請を出した名目がそれでしょうが』


 彼女の言う通り、一応俺も正当な手順を踏んで原始原生生物を使用している。かなりの危険性を孕み、最大限の注意を払わなければ扱えない代物だからな。ウェイドがわざわざ〈ナキサワメ〉のドックまでやって来たのも、俺が出した申請書の内容を確認するためだろう。

 原始原生生物をそのまま戦闘行為に利用するという理由で申請すれば、十中八九受理されないだろう。だから、俺は“調査開拓活動における原始原生生物の実践的特性理解のための検証実験”という名目で申請した。

 要は、“研究室内での実験レベルでは分からない特性とかもあるかも知れないし、実際の環境で色々刺激を与えてみて反応を確かめようよ“ということだ。


「“剛雷轟く霹靂王花”の超高圧放電を受けた原始原生生物は死ぬ」

『当たり前じゃないですか!』

「実験ってのは当たり前を積み重ねていくもんなんだぞ」


 実際、クチナシには大量の観測機器が取り付けられており、有機パーツの状態を逐一確認している。その膨大な情報は、リアルタイムでパブリックデータベースや植物園に送られているのだから、すでにかなりの知見が蓄積できているはずだ。


「さあ、どんどん実験しようか!」


 俺たちを乗せた巨大な植物実験室は、雲を突き抜けて更に高度を上げていく。


━━━━━

Tips

◇原始原生生物使用許可申請

 原始原生生物の非常な危険性と取り扱いの難易度の高さを鑑み、管理者ウェイドによって制定された規則。全ての調査開拓員は独断での原始原生生物の使用、利用、運搬が許可されていないため、実験室外部へと持ち出し、使用する場合にはこの申請を管理者に提出する必要がある。

 正当な理由による適切な使用であると判断された場合にのみ、申請は受理される。


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