第1210話「蒼空の出航」
レティたちによって、俺は真面目な攻略などしている場合ではないと気付かされた。知らず知らずのうちに肩に力が入っていたのが、すっと抜けて軽くなったような気持ちだ。俺は好きなことをやればいい。それが、この世界なら許されるのだ。
『許されるわけがないでしょう、このバカ!』
「ぐええっ!?」
――そう思っていたのに、何故か俺は今、血相を変えて飛び込んできたウェイドに胸倉を掴まれている。体格差がありすぎて彼女が俺の首元にぶら下がっているような形だが、管理者機体は重たいので急激に首が締まる。
「ウェイドさん、落ち着いてください。レッジさんが死にそうです」
『何回か機体乗り換えて物理的に頭を冷やしたらいいんじゃないですか?』
「げほっ。ウェイドもだんだん遠慮がなくなってきたなぁ」
冷ややかな目線は向けつつも、レティの説得を受けてウェイドが手を離す。新鮮な空気を吸い込みながら、今日も元気な管理者に苦笑した。当の本人は「誰のせいですか」と不満そうな顔だったが。
ひとまず落ち着きを取り戻したウェイドは、周囲を見渡して大きなため息をつく。
『まったく、ちょっと目を離した隙に……。これはなんですか?』
そう言って彼女が見上げた先にあるのは、現在も職人たちによって作業が進められている製造現場。組み上げられた足場の上で指揮を執るのは、ネヴァ、クロウリ、タンガン=スキーと生産職の名だたる面々だ。
レティたちのおかげで吹っ切れた俺は、どうやれば〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉を楽しめるかということを考えた。その結果、思いついたのがこれだ。
「なんですかと言われてもな。調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ級十七番艦だよ」
『いえい』
乾ドックで改修整備を受けているのは巨大な艦船、クチナシ級十七番艦だ。光輪を越え、〈塩蜥蜴の干潟〉に上陸した後、無数の光線攻撃によって轟沈したそれを、新たに建造し直しているのだ。
俺の紹介に合わせて、SCS-クチナシ-17がサングラスをキラリと光らせてピースする。だが、彼女の可愛らしい動きをさらりと無視してウェイドは額に手を当てた。
『これのどこが、クチナシ級十七番艦なんですか』
「SCSは変わってないんだから、名前も変わらんだろ。ちょっと改造してるだけだし、それは許されてるだろ?」
クチナシ級は十七番艦に限らず、その姉妹艦も含めてたびたび沈没している。しかし洋上に設置されたミオツクシのおかげで常に船の心臓部とも言えるSCSのバックアップは取られており、それを用いれば再建造が可能なのだ。
また、その際に多少の改造も許されている。沈没した原因を解析し、それに対抗することで、より強い船にするためだ。
だから俺も先の失敗を活かした改善策を練っていたのだが。
『ちょっと改造、の範疇を越えてると言っているんです。――何がどう転んだら、船が超巨大ミサイルになるんですか』
「ミサイルじゃない。超高速高高度飛翔体だ」
『船が空を飛ぶのがおかしいって言ってるんですよ!』
ドックで改修を受けているクチナシ級十七番艦。その姿は以前のものと大きく変わっていた。空気抵抗を意識した滑らかな流線型で船首には風防となるシールドも取り付けられている。その姿はまさに空飛ぶ船艦である。
「でも、ナキサワメは許可出してくれたぞ」
『忙しくて精査してる暇がないんですよ。なんで私が駆けつけてきたか分かってます?』
「工場見学?」
『なわけないでしょう!』
ナキサワメが緊急特例措置を発してくれているおかげで、改修作業も非常にやりやすい。ネヴァたちに事情を話したら、快く協力してくれたのも大きいが。
全てが問題なく、管理者たちにも許可を取って始まったこの改修作業に、なぜウェイドが待ったを掛けて来たのか。まあ、なんとなくその理由は分かっている。
「動力にハイクラスバイオ燃料を使ってるからか?」
『自覚してるならやめてくださいよ』
ハイクラスバイオ燃料。簡単に言ってしまえば、原始原生生物を用いた次世代の燃料だ。“昊喰らう紅蓮の翼花”なんかを上手いことなんやかんややると、瞬間的にはブルーブラストエンジンを凌駕するエネルギーを得ることができるのだ。とはいえ、それ単体では危険が危ない事態になるので、他にもいくつかの植物型原始原生生物を用いた有機的エンジンを構築している。
この新生クチナシ級十七番艦は船体のおよそ三割がそういった植物由来のやさしい素材で造られている。よって、これは非常にエコな存在と言っていいだろう。
機械と植物の融合というなかなか難しい課題にも関わらず、ノリノリで協力してくれたネヴァたちには頭が上がらない。
「安心してくれ。ちゃんとそっちの植物園には迷惑かけてないだろ?」
『新種の原始原生生物を出さなかったらいいって話じゃないんですよ!』
有機エンジンをはじめとした各種植物由来パーツは、どれも既存の原始原生生物を用いている。それはウェイドも分かっているから、押収チームを引き連れていないのだろう。
「レッジ、そろそろ完成するわよ!」
ウェイドと話している間にも建造は進み、ネヴァが足場の上から叫ぶ。
「おお、ついに! それじゃあ最後の仕上げといくか」
『ちょっと、何をするつもりですか!』
追いかけてくるウェイドと共に、足場を登ってクチナシの甲板に立つ。
“胎動する血肉の贄花”によって構成され、“侵食する鮮花の魔樹”が全体に根を張ることで強度を増した船体は、ふかふかとしていて絶えず蠢いている。
『ひぇっ』
ウェイドはグチョグチョと濡れた甲板を見て顔を青褪める。
「滑りやすいから気をつけろよ」
『そう言う問題じゃないです!』
こうして原始原生生物を有益に用いることができるようになったのは、ウェイドが管理する植物園で研究が進んだからだ。それぞれの植物の特性を理解し、その能力をしっかりと制御できるならば、そこに危険はない。
そう言う意味で、ウェイドには感謝している。
「よし、じゃあやるか」
完成間近のクチナシだが、最後に俺が仕上げをしなければならない。
俺はウェイドに見守られながら、インベントリからテントを取り出す。
『どうして船にテントを?』
「植物操作するには、テントが一番だからな」
端的に理由を説明すると、ウェイドは表情を歪める。そこにはありありと「何言ってんだこいつ」という感情が浮かび上がっていた。俺は誤解を解消するため、丁寧に説明をする。
「まず、テントってのはフィールドに建てるものだろ?」
『そうですね』
「フィールドを局所的に操作して、安全な領域を作り出す。それがテントだ」
『まあ、そうですね』
段階を踏んで説明すれば、ウェイドも分かってくれる。なんだかんだ言って、彼女はとても優秀な人工知能なのだから。
「つまり、テントはフィールドに対する支配力を持つ。そんでもって、植物が三割を占めるこの船は、ほとんどフィールドと言っていい。だから、テントはこの船を支配することができる」
『全然分からなくなりました!』
おかしい、完璧な説明だったはずなのに……。
ウェイドの瞳が疑念を強める。何度か順番を工夫しながら説明を試みるも、彼女はなかなか納得してくれない。優秀な人工知能であるはずなのに、どうしてだろう。
「七割の船体はSCS-クチナシが問題なく管理してくれるが、植物部分はどうしようもないからな。テントはそれを制御する装置になるんだ」
『何度聞いても分かりません』
「じゃあ、実際に見てもらうほかないな」
『は?』
テントを建てている間に、レティたちも物資の積み込みを終えた。最後の作業も終わり、クチナシはいつでも出航できるように万全の体勢にあった。
「ドック開放、はじめ!」
「了解。ドック開放します!」
作業していたプレイヤーたちが足場を解体していき、同時にドックの屋根がゆっくりと開き始める。それに合わせて、クチナシの船体を支えていた柱が競り上がり、船首が空を見据える。
『え、ちょ? な、何を――』
「ハイクラスバイオ燃料充填完了。有機エンジン稼働」
『ま、待ちなさい! まさか貴方今から――』
「さあ、出航だ!」
船の後方に取り付けられたスラスターが火を吹く。六つのブースターも次々と点火する。それらは全て有機素材――ぶっちゃけて言えば“昊喰らう紅蓮の翼花”の小型株だ。猛烈な勢いで火炎を吐き出し、それが強い推進力を産む。
総重量13万トンの重い船体が、それを固定するロックを捩じ切って飛び出す。
『うわああああああっ!?』
「いってらっしゃーい!」
爆風で崩壊するドックから、ネヴァたちが大きく手を振って見送ってくれる。
俺たちを乗せた巨大船艦が空に漕ぎ出す。
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Tips
◇ハイクラスバイオ燃料
複数の原始原生生物を融合させて作り出した新種の原生生物から、特殊な手法を用いて生成した異常なエネルギーを含有する燃料。発火すると猛烈な勢いで大量のエネルギーを放出し、周囲に甚大な影響を与える。
取り扱いには非常に繊細な注意を必要とする。
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