第1209話「完全復活」

 シード03-ワダツミ、〈ナキサワメ〉のアップデートセンターに程近い通りの一角に佇む瀟洒なカフェ。落ち着いたクラシックがゆったりと流れ、外の喧騒も遠のく店内で、俺は膝に手を置いて粛々としていた。


「で?」

「――あの時は、ああするしかなかったんだ」

「違いますよね? まずは何て言うんですか?」

「……申し訳ありませんでした」


 腰に手を当てて睥睨するレティ達に向かって平謝りする。素直に反省している態度を見せると、彼女は大きなため息を吐きつつも一旦は矛を収めてくれた。椅子に腰を下ろし、メニュー表からスイーツを纏めて注文し、早速届いたパフェを食べ始める。あっという間にそれを平らげて、再び赤い瞳がこちらを向いた。


「それで? どうしてあんな凶行に走ったんですか」


 俺を取り囲むのは、レティたちと〈紅楓楼〉の四人。全員の足踏みはしっかりと揃っていて、こちらに助け舟を出そうという人はいないようだ。

 〈塩蜥蜴の干潟〉に現れた、今イベントの舞台である〈エウルブギュギュアの献花台〉。十分に一度光輪を放ち、8km圏内では正確無比な狙撃が行われ、5kmラインを越えると強力な“白神獣の尖兵”が大量に現れ、徹底的に接近を阻止する謎の建造物だ。

 俺たち〈白鹿庵〉と〈紅楓楼〉の連合は、全員の尽力によって前人未到の最接近を果たした。しかし、無数に出現する“白神獣の尖兵”の圧力や、迫る光輪の発射時間が焦らせてきて、俺は捨て身の戦法に出た。


「俺が死んでも、レティたちの誰か一人でも塔に辿り着ければ万々歳だと思ったんだよ」


 別にデスゲームでもないのだから、死ぬことに抵抗はない。そもそも、レティたちも生きて帰れるとは思っていなかったはずだ。なにせ、クチナシが完膚なきまでに破壊され、沈没していたのだから。

 それならば多少捨て身の戦法でも選ぶ価値はある。あの場面では、俺も悠長にテントを立てることはできなかった。ならば、自爆特攻で活路を開く方が、全体の利益になると思ったのだ。

 しかし、俺としては完璧な動きだったのだが、レティたちはそう思っていないようだった。俺がアップデートセンターに死に戻って、程なくして追いかけてきたレティたちは、問答無用で俺をこの店に連れ込んだ。そして、逃げられないよう一番奥の壁際の席に座らせて、周囲を取り囲んで尋問を始めてきたのだ。


「はぁ……。レッジさんは勘違いしてますよ」


 腕を組んで、心底呆れた顔でレティが言う。


「〈紅楓楼〉の皆さんは知りませんけど、レティたちは別に攻略組じゃありません。誰が最初に献花台にタッチできるか、という競争にこだわりはないんです」

「それは……」


 〈白鹿庵〉は攻略組ではない。

 それは俺も常々言っていることだ。普段から〈大鷲の騎士団〉のアストラ達とつるんでいることが多いうえ、レティたちの実力が高いため、メインの活動場所が最前線になっているだけであって、正直攻略組と呼ばれるプレイヤーたちほど積極的に前線を押し上げようという気持ちはない。

 レティたちがイベントに積極的に参加しているのは、それが楽しいからだ。〈白鹿庵〉は楽しいことをする。


「レッジさんの動きは、攻略としては正しい選択かも知れません。でも、面白くないですよ」


 レティの言葉が身に染みる。不満げに俺の横腹をポカポカと叩いていたラクトも、深く頷いている。


「強い敵が現れたなら、斬ればいいのです。斬れない敵はそうそう居ません。もしそんな敵が現れたら、もっと頑張って斬れば斬れます」

「うんうん……。うん?」


 まあ、うん。

 トーカの言いたいことも分かる。彼女はなんだかんだ、FPOを楽しむという面では一番の体現者だろう。なにせ、敵を斬るという己の欲望だけで直走っている。――なんか、もっと出会ったばかりの頃はもう少し違うイメージだったんだけどなぁ。


「別に、レッジさんが攻略したいって言うなら、それでも良いですけどね。レティたちは全力で協力しますよ」


 もぐもぐと一斤あるハニートーストを食べながら、レティはそう言った。


「でも、仲間を踏み台にしてまで掴む勝利に意味はない気がするんですよ」

「なんか、少年漫画みたいなことを言うな」

「ちゃ、茶化さないでくださいよ!」


 頬を赤くしたレティは更に食べるペースを加速させる。……これ、俺の奢りになるんだろうか。

 とはいえ、彼女の言いたいことも理解した。せっかくみんなで楽しく遊ぼうとしているのに、一人だけガチというのも冷める。よくある話だ。


「……そうだな。ありがとう、初心を忘れてたよ」


 俺がこの星へやって来たのは、まだ見ぬ景色を見るためだ。死ぬのは怖くないが、死にたいわけじゃない。

 今更ながら、レティたちには大切なことを教えてもらった気がする。


「分かればいいんですよ。ふふん」


 レティも満足そうに頷いて、バケツサイズの抹茶アイスをパクついている。


「そういえば、結局俺の犠牲は役だったのか?」


 彼女達と合流してすぐに問答無用で説教に突入してしまったので、そのあたりを確認していなかった。せっかく華々しく散ったのだから、レティたちがなんとか成果をあげてくれていると嬉しいのだが。

 俺の問いかけを受けて、レティはアイスクリームの載ったメロンパンに齧り付いていた口を止める。


「ごくんっ。――結論から言えば、タッチはできましたよ」

「おお! 大金星じゃないか」


 どうやら、俺の死は無駄ではなかったらしい。

 爆発によって強引に道が開かれ、レティがそこを駆け抜けた。そして、光輪が放たれる直前に、瓦礫の塔の土台に触れたようだ。

 しかし、それを語るレティたちの表情はあまり芳しくない。


「大金星というには大袈裟すぎますね。結局、触れたところで何も起きませんでしたし」

「そうなのか……」


 レティが〈エウルブギュギュアの献花台〉に到達した。だが、その外壁に触れただけでは、目立った変化も起きなかったらしい。当然と言えば、そうなのかもしれないが。


「それじゃあ、やっぱりあの猛攻を潜り抜けた上で塔の中に入らないといけないのか」

「かも知れませんね。ざっと見た限りだと、中に入るための入り口は見当たらなかったんですけど」


 誰か一人でも塔に辿り着けば、あの迎撃が停止する可能性も考えられた。とはいえ、現実はそう甘くないらしい。あの猛攻を凌ぎながら、塔内部へ続く道を探すというのは、かなり骨の折れる仕事だ。なにせ、地表部の塔の太さは想像を絶するものがある。

 たとえ迎撃能力が停止しても、あそこを調べ上げるのにはかなりの時間を要することだろう。


「再出撃するにしても、またクチナシさんの修理待ちがありますからね。その間にもう少し情報も出揃うはずです。それを待ってから対策を考えてもいいかも知れません」

「そうか。もう上陸してる奴は結構いるんだな」


 俺たちの最大の功績は、光輪と狙撃を回避して上陸できる道筋を示したことにある。この情報はすでに広く共有されており、攻略組はテントの用意でてんてこ舞いになっているらしい。彼らが上陸し、“白神獣の尖兵”たちへの対抗策を確立してくれれば、更に攻略はやりやすくなるだろう。

 だが――。


「レティ、俺は気付いたんだ」

「なんですか?」


 レティはホールケーキに差し込んだフォークを止めて、怪訝な顔でこちらを見る。

 俺は目覚めたのだ。忘れていたことを思い出した。大事なことに気がついた。


「情報を共有して、それを元に対策を立てて挑む。それは攻略組のすることだろ」

「ええ……。レッジさん、それはまた違うと思いますけど」


 立ち上がり、力説する。


「俺たちは俺たちのできることで挑戦する。攻略サイト見てゲームをプレイするより、そっちの方が楽しいはずだ」


 だったら、休んでいる暇はない。

 ついつい声に熱がこもってしまう俺を見て、レティは何やら呆れた顔をしていた。


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Tips

◇喫茶〈カボチャの種〉

 海洋資源採集拠点シード03-ワダツミにある、情緒溢れる喫茶店。シックで落ち着いた雰囲気の佇まいで、店内にはゆったりとした時間が流れている。

 種類の豊富なボリュームタップリのハニートーストが有名。


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