第1208話「捨て身の技」

 光輪があと三分でやって来る。

 それまでに、俺たちは“白神獣の尖兵”が立ちはだかる1kmを駆け抜けなければならない。時速60kmという速度は、瞬間的には可能だろう。しかし、長い距離でその速度を保ち続けることができるかどうかは怪しいところがある。


「レティ、いけるか?」

「任せてください!」


 だが、彼女は欠片も恐れることなく即答した。


「――咬砕流、五の技」


 巨大な鉄槌を振り上げ、力を貯める。すでにカウントダウンは始まっているが、彼女は悠然と構えていた。渾身の力を振り絞り、その全てを重量に乗せて、滑らかな砂泥の堆積する干潟へ落とす。


「『呑ミ混ム鰐口』ッ!」


 ががん、と干潟が波打つ。莫大なエネルギーが叩き込まれ、一気に大地が弾けた。

 その衝撃は巨大な顎となって真っ直ぐに突き進む。その真正面に立つ尖兵たちを問答無用で飲み込みながら。まるで海を割る奇跡のように、彼女の一撃が敵の軍勢を引き裂いた。


「進め!」

「うおおおおおっ!」


 レティが開いた活路に俺たちは一気呵成に雪崩れ込む。


「『祝福の純白雪路ホワイトロード』ッ!」


 俺の背中からラクトがアーツを解き放つ。それは不安定な干潟の地面を氷と雪で舗装した。一見すると支援機術のようにも見えるアーツだが、そこに白神獣の尖兵が足を乗せた瞬間、鋭く尖った氷がそれを貫いた。


「ひえっ」

「これで多少は走りやすくなるでしょ」


 容赦のないトラップに思わず悲鳴が漏れる。ラクトは俺の首筋でぞっとするようなことを囁いた。


「なるほど、これは素晴らしいですね!」


 氷で舗装された道に一番喜んでいたのはトーカである。彼女はツルツルと滑る路面に足を乗せ、楽しげに笑う。そして、前傾姿勢から一息で抜刀技を繰り出した。


「『迅雷切破』ッ!」


 バジッ、と稲妻の残像を置きながら、猛烈な勢いで氷の上を滑る。その姿はさながら超高速で物体を撃ち出すレールガンのようだ。彼女の愛刀、妖冥華は一太刀で尖兵たちを真っ二つにする。上下が分離した異形の兵士たちがばらばらと崩れ落ちるなか、高く刀を掲げて止まったトーカは満足そうに頷いていた。


「これなら……ッ!」


 レティが開き、ラクトが広げた道には、次々と尖兵が乗り込んでくる。氷の棘が貫くのも構わず、際限がない。それに対抗して、レティたちも懸命に武器を振り回す。


「ラクト、しっかり掴まってろよ」

「うん!」


 ラクトが腕に力を込めるのを感じて、俺も動き出す。

 群体との戦いならば、風牙流の面目躍如だ。槍を勢いよく突き出し、突風を吹かせる。尖兵が吹き飛び、無数の刺突によって貫かれた。

 しかし、敵の増援は絶え間なく現れる。一体どれほどの力を残しているのか、推し量ることさえ困難だ。


「モミジ、俺を群れの真ん中に投げてくれないか」


 真正面からぶつかり合っているだけでは間に合わない。多少の被弾は覚悟で、ハイリスクハイリターンを取るべきだ。

 そう考えた俺は、後方でアンプルを投げて支援していたモミジに声を掛ける。


「良いんですか?」

「ああ、一思いにやってくれ」


 驚くモミジにしっかりと頷く。そして、ひしと背中に掴まっているラクトを地面に下ろした。


「ラクトは後方支援を頼む」

「ええっ!? わ、わたしも一緒に……」

「ホワイトロードの維持でかなりLPを使ってるんだろ。ここで支援を受けながらできるだけ生きてくれ」

「うぅ……。わかったよ」


 渋る彼女を説得し、モミジに向き直る。彼女も準備を整えて、手をこちらに差し出した。


「一気に投げますからね。舌を噛まないように」

「任せてくれ」


 タイプ-ゴーレムのモミジは俺よりも体格がいい。そんな彼女にガッチリと掴まれ、そのまま抱き上げられる。中年男性としては少々新鮮で気恥ずかしいが、ラクトもこんな気分だったのだろうか。


「行きますよ!」


 そんなことを考えている間に、モミジが準備を整えた。体を捻り、俺を掴む手に力がこもる。俺は少しでも投げやすいように、自分が一本の棒になった気持ちで体を固くする。

 そして――。


「『柱投げ』ッ!」


 勢いよく、俺は投げられた。


「ぶぼぼあああっ」


 真正面から強い風を受けて、顔面の皮が剥がれそうだ。軽く顎を引くことで空気抵抗をなくす。そうすると、眼下を蠢く無数の尖兵の姿が見えた。いつの間にか数千を超えるほどに増殖した敵は、茶色い干潟を真っ白に染めていた。これを全て相手しながらでは、到底塔には辿り着かないだろう。――それに、おそらく俺一人が突っ込んだところで焼き石に水だ。


「ラクトには悪いが、これが最善策だろ」


 俺は放物線を描きながら、徐々に近づく地面を見据える。そして、腰のベルトにずらりと吊った、小型の直方体をそっと撫でた。フレンドリストから、レティにコールする。戦闘中にも関わらず、すぐに彼女は応答した。


「レティ」

『レッジさん!? なんか、空飛んでません!?』

「これから一気に道を開く。それと同時に駆け抜ける。レティの脚力なら、光輪の発射に間に合うだろ」

『ええっ!? ちょ、レッジさん、何をしようと――』

「とりあえず、塔にタッチすればいい。別に今攻略しないといけないわけじゃないし、できるとも思ってない。ただ、少しでも多く情報を集めるんだ」

『レッジさん!? まさか――』


 地面が近づく。着地してから起動していたら、効果が薄くなる。俺を中心とした球が最大の大きさで地面に広がるように、脳内で計算しながらタイミングを図る。そして、一瞬を貫いて起動ボタンを押し込む。


「さよなら、レティ」

『レッジさーーーんっ!?』


 ベルトに吊った六つの爆弾が一度に起爆する。俺を巻き込んだ大規模な爆風と爆炎が、効果的に尖兵を薙ぎ払い、干潟を焦土に変えた。乾燥花弁粉末火薬、合計18gの超高性能爆弾だ。その威力は、最新鋭の耐爆装甲すら破壊する。

 俺の捨て身の特攻によって、塔につながる道が現れた。


━━━━━

Tips

◇高性能乾燥花弁粉末火薬爆弾-3

 “昊喰らう紅蓮の翼花”の花弁を乾燥させ粉末状に加工した火薬を3g配合した高性能高威力爆弾。非常に扱いが難しく、現在のところ遠隔での起爆は不可能。

 直方体の体積の大半は内部の粉末火薬が誤爆しないように細心の注意を払って取り付けられた保護材である。


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