第1207話「走って投げて」

『もうすぐ、目標ポイントの8km圏内に入るよ』


 海中をゆっくりと進むクチナシ級十七番艦。呑鯨竜に外見を偽装させた船は順調にいくつもの光輪を見送りながら、〈塩蜥蜴の干潟〉にある〈最重要奪還目標地域;エウルブギュギュアの献花台〉へと着実に近づいていた。

 甲板に立つクチナシが、現在地を教えてくれる。17kmの道のりを進み、献花台まで残り8km。そこから先は光輪に加えて強力な狙撃も始まる。

 船内に緊張感が走る。テントは偽装能力と潜水能力に振り切っているため、攻撃を受ければひとたまりもない。俺の考えが正しいことを、祈るばかりだ。


『8km圏内に侵入するよ』


 クチナシの言葉と共に、俺たちは前人未到の領域に踏み入った。


「全機関停止。慣性航行で進め」

『了解』


 ブルーブラストエンジンと推進機が止まる。ここから先は、テントの維持もバッテリーからのエネルギー供給に頼る。


「…………」


 全員が口の端を固く結び、押し黙っている。少しでも声を発せば、正体を気取られる気がした。

 静寂がその場を支配する。ゆっくりと尾を揺らして、張子の竜が海中を泳ぐ。周囲では、敵意を見せない水棲原生生物たちがゆったりと過ごしていた。はやり献花台の迎撃システムは、原生生物を狙わない。


『今の所、本艦は問題なく移動中。着底予測地点は目標ポイントから3km。到達まで10分』


 ゆっくりと干潟へ近づく。なだらかな傾斜になっている沿岸部の限界まで近づいても、クチナシは3km手前までしか進めない。そこから先は、俺たちだけで駆け抜ける必要がある。


『到達まで5分』


 動力を停止させているため、クチナシは徐々に速度を落としていく。船底が柔らかい砂泥に触れた。

 クチナシの計算は完璧で、ぴったり時間通りに動きを止める。


『到着』

「行くぞ!」


 水密扉が最大速度で開く。大量の海水が流れ込み、甲板上の空間が一気に海中へと変わる。それと同時に、機械鮫のドトウとハトウが勢いよく外へ飛び出した。


「すまん、ドトウ、ハトウ!」


 海中へ飛び出した二機の機械鮫。直後、それは上から降り注いだ光線に貫かれ、勢いよく爆散した。テントの偽装効果が切れた瞬間、たとえ機獣であっても問答無用で破壊されるのだ。

 しかし、これは折り込み済みだ。ドトウとハトウには事前に破壊された際に煙幕を撒き散らすアタッチメントを取り付けてある。それで少しは敵の目を欺けるはずだ。


「一気に上陸だ!」

「うおおおおおっ!」


 水中装備に身を固め、パールシャークにまたがって、俺たちは一気呵成に飛び出す。

 もうもうと海中に立ち込める濃霧の中、さらに簡易光学迷彩外套というアイテムも装備して。そして、俺はデコイドローンを大量に放出し、広範囲へばら撒く。これにもドトウたちと同じ撹乱アタッチメントが搭載されている。


「とりあえず上陸だ! 塔の全容を拝みに行くぞ!」

「はい!」


 次々と光線が降り注ぎ、デコイドローンが破壊される。更にテントの偽装が消えたことで、クチナシも集中砲火を受けていた。浅瀬に船底を擦り付けるほど近づいてくれた船は、もはや後退もできない。回避行動すら取れず一方的に光線の雨を受け、崩壊していく。


『がんばって、みんな。グッドラック』


 クチナシが爆炎の中で親指を突き出す。彼女に見送られながら、海中を駆け抜け、水面から飛び出す。


「装備は使い捨てだ!」

「『高速脱衣』ッ!」


 〈武装〉スキルレベルの高いレティたちは、脇目も振らず走りながらマントと水中装備を脱ぎ捨てる。同時にいつものガチ戦闘用装備へと切り替え、それぞれの得物を手に握る。


「ここからが本番ね! 鏡威流、一の面、『射し鏡』ッ!」


 前に飛び出したのはエイミーだ。彼女は白い瓦礫の塔を睨み、巨大な鏡を目の前に広げる。次の瞬間、無数の光線がそれを貫いた。


「エイミー!」

「大丈夫! それより、やっぱり反射できるわよ!」


 『射し鏡』は真正面から受けた攻撃のみを跳ね返す。少しでも入射角がズレると、鏡が破壊されるのだ。案の定、鏡は一瞬で砕け散ったが、すでに退避していたエイミーは笑顔だ。

 彼女は無数に迫る光線の中から一つに狙いを定めていた。それだけは、鏡によって反射して、塔に戻っていた。


「少なくともエイミーの〈鏡威流〉なら凌げるのか」

「凌げるってほどじゃないわ。微調整が必要だし、一回受けたら壊れるし」


 だが、回避も防御もできなかった光輪よりも格段に希望が持てる。


「――『立ち上がる幾千の氷兵』ッ!」


 足の遅いラクトは俺の背中で何かのアーツを使う。彼女が弓の弦を弾くと、干潟に次々と人型の氷が現れた。それは剣や槍を持った兵士のような姿をしていて、立ち上がった瞬間に光線によって破壊されていた。


「一応、これもデコイになるみたいだね」

「普通に使えば結構強いんだけどなぁ」


 氷の兵士は一応簡単に動かすことができる。だから、機術師を守る前衛として使うのが一般的なのだが、この場では囮にしかならないようだった。


「モミジさん、よろしくお願いしますの!」

「任せて。――『柱投げ』ッ!」


 この状況で最も向いていないのは、一人では全く動くことのできない光だろう。しかし、彼女には頼りになる仲間がいる。モミジが光の小さな体を抱え上げ、体をひねる。そして、勢いよく斜め上方に向けて投げた。


「とぉっ!」


 放物線を描いて、光は俺たちよりもはるか前方へと着地する。そして、同時に大盾を展開していた。極太の杭が干潟に突き刺さり、位置を固定する。左右に装甲が広がり、その姿は要塞のようだ。


「『遥か聳える長城の高壁』ッ!」


 光の得意技が炸裂する。

 俺たちに向けて迫っていた光線が、ぐにゃりと曲がった。


「光さん! その攻撃は物理属性じゃ――」

「問題ありませんの」


 レティが血相を変える。

 光はあくまで、物理特化の盾使い。光線は彼女の得意分野を外れた攻撃だ。

 しかし、大盾を構えた彼女は振り返り、可憐に笑う。


「――『クイックリターン』」


 瞬間、光の姿が掻き消える。“私の高貴なるゴールデン黄金宮殿パレス”も煙のように忽然と消え、その場には何も残らない。直後、光を狙って強引に軌道を変えられたビームが、何もない干潟に次々と突き刺さって爆発を巻き起こす。


「な、何が起きたんです!?」

「攻撃を受け止めるだけが、盾ではありませんの」


 驚くレティの背後から、得意げな光の声がする。はっと振り返ると、そこにはモミジに抱き抱えられた光が笑みを浮かべていた。


「な、なるほど……。『クイックリターン』は投擲物を一瞬で手元に呼び寄せるテクニック。『柱投げ』で投げた光さんも、その効果対象に取れるというわけですか」

「完璧な説明ありがとう、レティさん」


 モミジは頷き、再び光を投げる。光は着地地点ですぐさまヘイト誘導系のテクニックを使い、光線を集める。そして、それが到達する前にモミジが光を呼び寄せ、回避させる。

 まるで曲芸じみた手法だが、これによって光は無傷でありながら攻撃を誘導することができていた。


「さあ、駆け抜けますの!」


 光とモミジの作戦は強力で、俺たちは干潟を走ることだけに集中できた。巨大な塔が間近まで迫る。その規格外な大きさが、より鮮明になる。瓦礫だと思っていたものの一つ一つが、ビルのような大きさだ。


「げぇっ!?」


 前を走っていたレティが悲鳴をあげる。

 塔までの距離は残り1kmを切っていた。だが、その間に広がる干潟から、次々と白い影が飛び出してくる。


「『生物鑑定』――“白神獣の尖兵”!?」


 相手の名前を看破して、レティが驚く。

 泥の中から現れたのは、2mほどの体格のいい白い人型だ。手に槍を持ち、全身に白い鎧を纏っている。その色合いから白神獣に関連する何かだと思ったが、名前もあからさまだ。

 おそらく、〈白き深淵の神殿〉を守っている門番の兄弟か何かだろう。


「こいつらをどうにかしないといけないってことか」

「任せてくださいよ!」


 レティとトーカが同時に飛び出す。彼女たちの勢い付いたハンマーと刀が、立ち上がる尖兵を切り飛ばした。どうやら、こいつらは光輪ほどの理不尽さはないようだ。


「問題なのは数だけか」


 尖兵は次々と泥の中から現れる。その数はあっという間に500を超えている。あれを全て相手にするのは骨が折れるだろう。


「いや、それだけじゃないよ」


 背中のラクトが言う。彼女が見ていたのは、タイマーだ。


「次の光輪が、あと3分で来る」


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Tips

◇『クイックリターン』

 〈投擲〉スキルレベル45のテクニック。投げたアイテムを一瞬で手元に戻す。投擲物が破損している場合には使用できない。


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