第1206話「偽りの立体投射」
全く予期せぬ展開ではあったが、〈紅楓楼〉の面々が合流してくれたおかげで状況は一転した。単純に人数が増えたことで、ローテーションで休憩を挟むだけの余裕が生まれたのだ。
「さあ、皆さん私を見なさい! 『ウォールオブキャッスル』!」
特に光の活躍は目覚ましいものがある。彼女が大盾“
エイミーの盾よりも更に味方を守ることに特化した超特大盾のヘイト集中能力は非常に高い。敵からすれば、その輝き以外の全てが目に入らないのだ。
脇目もふらずに飛びかかってくる魚たちの攻撃を、光は容易く受け止める。頑丈な大盾は全く揺らがず、むしろ反射ダメージすら与えていた。
「はーい、どんどん作るからね! いっぱい食べて!」
甲板では料理人でもあるフゥが巨大な中華鍋を振っている。彼女の作った料理を、前線で消耗したレティたちがドライブスルーのように受け取って、LPの回復と強力な飲食バフの支援を受けるのだ。
「ははははっ! どうだ、俺の獲物の方が多いぞ」
「大きさだけが正義ではありませんよ。そんなに短い刀でチマチマと斬っていても、この鯨は獲れませんからね」
「鯨はお前に譲ってやったんだよ!」
「は?」
カエデは……なんかトーカと戦果で張り合っている。なんだかんだ似た者同士なんだよな。モミジは銛を次々と海に投げ込みながら、そんな二人のやりとりを微笑ましそうに眺めているし。
「よしよし、良い感じだぞ。みんなのおかげでそろそろテントが建ちそうだ」
ともあれ、思わぬ増援もあってテント建設の進捗は加速した。プログレスバーが九割以上染まり、完成まで秒読みとなる。
クチナシの外観も、もはや大きく異なっていた。広大な甲板に蒲鉾状の屋根が付き、船体全てが頑丈な耐水圧装甲で覆われている。もはや元の面影もない鈍色の船だ。
「クチナシ、ポイントまであとどのくらいだ?」
『あと3分以内に到着するよ』
最初、テントにダメージを受けたせいで少し予定が押している。とはいえ、〈紅楓楼〉のおかげもあって事前に取っておいたマージンで十分吸収できるだろう。
船は軽快に海を進み、やがて光輪の射程範囲の5km手前までやってくる。
「全員船内に入れ!」
「了解です!」
テントの建設が完了すると同時に、レティたちを船に呼び寄せる。全員が中に入ったのを確認して、水密扉を完全に閉じる。何重ものロックでガチガチに固めて、万が一にも開かないようにする。
「それじゃあ、このまま潜航していくわけだが……」
全ての準備が完了し、クチナシは潜水能力を獲得した。このまま水面下に潜れば光輪を回避できるだろう。だが、それだけでは足りない。
俺たちの最終目標は〈塩蜥蜴の干潟〉に現れた〈最重要奪還目標地域;エウルブギュギュアの献花台〉へと到達することだ。
光輪をくぐり抜けても、半径8km範囲内に侵入すると今度はピンポイント狙撃が始まる。それも対応しなければならない。最低でも2,800のドローンを同時に撃ち落とすほどの能力を持つ迎撃能力に対抗するには、どうすればいいか。俺はそこに頭を悩ませた。
実際、俺たちに先行して献花台へ向かった潜水艦群は全滅したそうだ。
しかし、俺は思いついた。
「――偽装ホログラム展開」
テントに内蔵された装置が動き出し、船体を光が包み込む。滑らかに色を変え、見た目上の形を変えて、クチナシは巨大な呑鯨竜の姿を取った。
「レッジ、何したの?」
甲板から見上げるだけでは、船の変化はよく分からない。ラクトが首を傾げて聞いてくる。
「ひとつ気づいたことがある。献花台の迎撃設備は、周囲の原生生物には発動しないんだ」
光輪は調査開拓員も原生生物も問答無用で薙ぎ倒す。その威力は甚大で、レアエネミーでも即死するという。
一方で、光輪の再使用時間の間にポップした原生生物は、例え献花台の半径8km圏内にいたとしても狙撃されることはない。これはつまり、献花台の迎撃設備がなんらかの方法で対象を判別しているということだ。
俺がクチナシに展開したテントは、装甲型ではない。むしろ環境に馴染み隠れるために使われる、隠蔽型テントだ。高価な立体偽装ホログラム投射装置をいくつも買い占めて、建材に混ぜた。それを使って、船自体を呑鯨竜の幼体に偽装している。
「この船は今から原生生物だ。それらしい感じに泳ぎながら行くぞ!」
ホログラム投射装置を動かせば、呑鯨竜が長い尾を揺らす。
「呑鯨竜型立体画像投影式偽装テント“怪竜”、出発だ!」
呑鯨竜がゆっくりと水面下へと潜航していく。ギシギシと船体が軋むが、この程度の水圧は事前のシミュレーションで問題ないことが確認されている。クチナシがリアルタイムで船体状況を確認し、次々と対応していく。数分も泳げば、音はまったくしなくなった。
水面からミオツクシの下部装置が垂れ下がっている。上下の逆転したような光景に目を奪われながら、俺たちは海中を突き進む。
「そろそろ光輪が発射されるわ」
時間を見ていたエイミーが言う。
きっかり10分おきに放たれる光輪は、すでに有志によってアラームプログラムが組まれてパブリックデータベースで公開されていた。カウントがゼロになったと同時に、頭上を大きな光の帯が通り過ぎる。
「よし!」
「無事に光輪を回避できましたね!」
それを見届けて、甲板で歓声が上がる。
やはり潜水艦による水面下からのアプローチであれば、光輪を避けることができる。
「さあ、ゆっくり進もうじゃないか」
光輪がなければ、25kmの道のりも平和なもんだ。
俺たちを乗せた呑鯨竜は、尾をくねらせて海中を泳ぐ。
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Tips
◇ 呑鯨竜型立体画像投影式偽装テント“怪竜”
調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ級の専用アタッチメントテントとして開発された特別なテント。高規格水密性能、耐水圧性能を有し、船に潜水能力を付加できる。
また船体を包み込む装甲の各所に、合計六万個以上の立体偽装ホログラム投射装置を搭載しており、船の外見を別のものへと偽装することが可能。
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