第1205話「飛んで来た!」
「はぁっ!」
鋭い一閃が走り、水面から飛び出した大きな魚を二枚に捌く。それがぼちゃんと飛沫を上げて落ちるのを尻目に、トーカは水面を強く蹴って飛び上がる。
〈歩行〉スキルと〈水泳〉スキルが高いと、あんな風に水面を走れるらしい。しかも特定のテクニックを使えば制限時間がリセットされるため、理論上はLPが続く限り走り続けることもできる。
「はっはっはっ! 水上戦闘というのもオツなものですね!」
大イワシの魚群を目にも止まらぬ斬撃で落としながら、トーカは快活に叫ぶ。闊達な戦いぶりは、とても不安定な水面を走り続けているとは思えない。少しでも足を止めればすぐに沈んでしまうというのに、彼女はすでに十分ほど戦い続けていた。
「はぁああっ! ――『クラッシュウェーブ』ッ!」
「ウワーーーーッ!? レティ、何やってるんですか!」
だが、順調に戦い続けているトーカの真横で大きな波が立ち上がる。それは大イワシの群れごとトーカを飲み込み、ずぶ濡れにした。悲鳴を上げて抗議するトーカの視線の先にいるのは、パールシャークを足場にしたレティである。
「すみません、まだちょっと慣れてなくて」
「もっと離れたところで戦ってくださいよ! こんなに広いんですから!」
舌先を覗かせて茶目っ気のある笑みを見せるレティに、トーカは眉間に皺を寄せる。水上歩行のサイクルが途切れてしまった彼女はラクトが浮かべた氷の上に飛び乗って、溺死を回避していた。
「地上組は大変だねぇ。船の上から一方的に戦えないなんて」
そんなラクトは船縁から身を乗り出し、愉悦の笑みを浮かべてレティとトーカを見下ろしている。遠距離からの攻撃が可能な彼女は、水上を高速で走ったり機獣に跨ったりする必要もなく、いつも通り弓の弦を弾いているだけでいい。
また、ラクトの扱う氷のアーツはこの環境にもマッチしていた。土属性機術が地上の土や岩を流用することでLPを少し節約できるのと同じように、海や水場であれば水属性機術の消費LPが少し減る。おかげで、彼女はいつもよりも景気良く大きな氷柱や氷塊を撃ち込んでいた。
「三人とも仲良く戦いなさいよ」
賑やかに言い合っているレティたちを見て首を振るのは、障壁で船を守ってくれているエイミーだ。彼女は水上歩行術を習得しておらず、また機獣も扱えないため、いつものように〈体術〉スキルを活かした近接戦闘はできない。しかし、彼女には船と建設中のテントの防衛という、ある意味最も重要な仕事をこなして貰っていた。
大きなクチナシの周囲から次々と飛んでくる攻撃をその都度走り回って防御するのだ。ある程度の弱い攻撃であれば船自体の防御システムでなんとかなるとはいえ、目まぐるしく動き回る必要がある。エイミーの優れた反応速度が遺憾無く発揮されていた。
「ミカゲを見習ったら? 三人が話してる間に群れ一つ壊滅させてるわよ」
エイミーが指し示した先に、海原に佇む忍者がいる。
足に水蜘蛛と呼ばれる忍具を取り付け、トーカのように走り続けなくとも水面に立てるようにしたミカゲである。彼は覆面に忍装束といういつもの出立ちで、黙々と水棲原生生物を暗殺し続けていた。
「ミカゲに負けるのはなんだか癪ですね。破壊力で言えばレティの方が上のはずです!」
「姉に勝る弟などいないことを証明してみせましょう」
「範囲アーツが決まれば、キルスコアなんてすぐに逆転できるからね!」
「……なんでライバル視されてるんだろう」
エイミーに焚き付けられてやる気を見せるレティたち。その並々ならぬ戦意の高揚具合に、ミカゲが若干怯えている。
「ところでレッジさん、進捗どうですか?」
「だいたい50%ってところだな。もうひと頑張りしてくれ」
レティの問いに手元のプログレスバーを見ながら答える。
彼女たちの尽力でテントも建ちつつあるが、いかんせん敵からの攻撃圧が高すぎる。エイミーとクチナシの防御だけでは絶対的に手が足りないこともあり、ちょこちょことダメージを受けてしまっているのだ。
「せめてシフォンとLettyがいれば良かったんですけどね」
「休む暇もないのは、少し辛いです!」
折り返しと言えば簡単に聞こえるが、レティもトーカも確実に消耗している。元より二人は高い出力で一気に勝負を決める短期決戦型のビルドだ。時間を稼ぐ戦いはそもそも相性が悪い。今もLP回復アンプルをがぶ飲みしながら頑張ってくれている。
このまま敵の攻撃の手が緩まなければ、テントの完成よりも先に彼女たちが参ってしまう可能性すらあった。
だが、この時。突然光明が差し込んだ。
「――はぁああああああああああっ!」
「何ですかッ!?」
空の高いところから、甲高い声が響く。耳の良いレティがぴくんと反応して見上げる。彼女に倣って視線を上に向けると、白い雲の隙間からきらりと黄金色に光る何かが見えた。
「レティちゃーーーーんっ!」
「うわーーーーっ!?」
猛烈な速度で落ちてきたそれは勢いをそのままにクチナシの甲板へと衝突する。盛大な音を響かせ、もうもうと煙が舞い上がる。濃煙の中でゆらりと立ち上がったのは、タイプ-フェアリーの小柄な影だ。
「ま、まさか……」
レティが慄く。その直後。
「私、参上いたしましたの!」
煙幕が晴れ、闖入者の姿が顕になる。
緩く波打つ艶々とした金髪に、自信に満ちた表情。小柄な体をフリルたっぷりの改造メイド服で包み、身の丈を遥かに超える巨大で分厚い鋼鉄の盾を携える。
その姿を見たレティが、まるで親フラでもしたかのような驚愕の顔になった。
「おかっ、光さんっ!?」
「光ですの!」
レティに向けてニコリと微笑むのは、〈紅楓楼〉に所属する大盾使いの少女、光であった。予期せぬ存在の登場に俺たちが驚きを隠せない中、トーカがはっと空を見上げる。
「もしかして――」
「はぁっ! 面白いことしてるじゃないか!」
「げぇっ!」
光と同じ軌道を描いて落ちてきた、浪人のようなサムライ男。その姿を見て、トーカは潰れたカエルのような悲鳴を上げる。
光がやって来たということは、彼女の仲間も着いてくる。次々とクチナシの甲板に着地してきたのは、〈紅楓楼〉のリーダーであるカエデ、そしてフゥ。更に最後にはモミジも追いかけてきた。
「二人とも、どうして!」
水面から飛び上がって甲板に登ってきたトーカが肩に力を込めてカエデとモミジに詰め寄る。〈紅楓楼〉の二人が彼女のリアルの両親であることは、以前の一件で俺たちも知っていた。とはいえ、彼らも家族とプレイするのは遠慮があるのか、普段はあんまり交流もないのだが。
「どうしてと言われてもな。こんなイベントがあったら参加してみたいだろ?」
回避不能の攻撃により難攻不落の塔。その存在を語るカエデの表情は、光輪を斬ると息巻いていたトーカと全く同じだ。
しかし、トーカが聞きたかったのはそこではない。
「なんで空から降って来たんですか。普通に船で参加すればいいものを」
「船なんて全部出払ってて借りられないからな。だから飛んできた」
「飛んで……?」
「私が投げたのよ」
首を傾げるトーカに手を挙げたのはモミジである。そういえば、彼女はアンプルなどのアイテムを投げて戦う投擲士だ。
「投げたって、モミジ……さん、も飛んできたじゃないですか」
「ああ、私は自分で投げたオブジェクトに乗って来たの」
「ええ……」
さらりと語るモミジに、トーカは「そんな馬鹿な」と顔を顰める。
まあ、非現実具合で言えば水面を走っている彼女もどっこいどっこいだろう。
「とにかく、船が借りられないから乗り継いできたんだよ。突然ごめんね」
結局、〈紅楓楼〉の常識人ポジションに収まっているフゥが手刀を切ってその場は落ち着く。彼女の説明によれば、カエデたちは〈ナキサワメ〉の港からここまで、途中を走っている船から船へと飛び移ってきたらしい。モミジの投擲能力が凄いのか、それを実行する彼らが凄いのか。とにかく、豪胆な移動法だ。
「まさに渡りに船ってやつだな!」
「いや、面白くないから」
がはは、と豪快に笑うカエデに対して、トーカは冷めた目で切り捨てる。
落ち込むな、カエデ。おっさんとはそういう生き物なのだ。
「ねぇ、来たところ悪いんだけど、手伝ってくれないかしら!」
甲板で話し込んでいるとエイミーが声を掛けてくる。
彼女は水面から飛び出してきた鮫を殴り飛ばしながら、カエデたちに呼びかける。
「ちょうど人手が欲しかったところなの。船賃代わりにエネミーをしばいてちょうだい」
「なるほど。それなら得意分野だ」
「テントが建つまで守ればいいんですのね。お任せくださいな」
青天の霹靂だったが、困っていたところに人手が降ってきた。これを活かさない手はないだろう。
カエデたちもやる気満々で立ち上がり、早速船縁に向かって走り出す。
「はぁ、全く。無鉄砲な輩には疲れますね」
「トーカがそれを言うんですか……」
「いや、レティも同じ穴の狢じゃない?」
やれやれと肩を寄せるトーカとレティ。そんな二人をラクトが見ている。なんだかんだ言って、ラクトも割とそっち側だと思うぞ。
とにかく、彼女たちも思わぬ加勢によって余裕が出来た。テントが完成するまでまだもう少し。その時間を稼ぐため、〈白鹿庵〉と〈紅楓楼〉の共同戦線が始動した。
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Tips
◇『飛び柱』
〈投擲〉スキルレベル70のテクニック。オブジェクトを投擲し、直後にそれに飛び乗ることで超長距離を移動する。自重に応じて、必要となるオブジェクトの大きさが変わる。オブジェクトが小さすぎる場合は、上手く飛べずに途中で崩壊してしまう。
“これぞ投擲士という移動法。これを体得した暁には、あらゆる場所へ30分と掛からず迎えるアルヨ”――柱投げの達人ホワイトピーチ
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