第1204話「かたならし」
調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ級十七番艦が真新しい船体で大洋に乗り出す。鋭角の船首が波を切り裂き、ブルーブラストエンジンの青い輝きと共に強く水を蹴る。修復という名のほとんど新造に近い作業を終えて、クチナシが復活した。俺たちはその甲板に乗り込んで、再び〈塩蜥蜴の干潟〉を目指す。
「それでレッジさん、どんな秘策を思いついたんですか?」
潮風に赤髪をなびかせながらレティがこちらへ振り向いた。
クチナシの修復中に思い付いていたアイディアは、まだ彼女たちにはしっかりと説明していない。どうせ片道数時間掛かるのだ。その間に聞いてもらえればいいだろう。
自由に過ごしていた仲間たちがこちらに集まってくるのを見て、俺は口を開いた。
「基本的には、潜水艦で向かう案を採用しようと思う」
「潜水艦って、クチナシは洋上船ですよ?」
戸惑うレティの視線の先には、サングラスを掛けてチェアに横たわるクチナシがいる。調査開拓用装甲巡洋艦はたしかに立派な船で、そう簡単には沈まないように様々な工夫が随所に施されている。
しかし、同時にこの船は高い拡張性を持っているのだ。
「一から十まで潜水艦で進もうとすると、時間がかかって仕方がないだろ。だから、途中までは洋上高速航行で進んで、光輪の範囲内に入ったら沈降する」
「えええっ!?」
潜水艦は光輪を回避できる可能性が高いものの、速度が遅い。第一陣と一緒に〈ナキサワメ〉を発ったものが、ようやく今ごろ到着するかしないかといったくらいだろう。それくらい、船との速度差が大きい。
それなら、途中の何もない海は船でスキップすればいい。そして、必要になれば水に潜るのだ。
「そのために、クチナシを潜水艦化する」
「もしかして、そのためにテントを?」
「そういうことだ」
ラクトは理解が早くて助かるな。
俺はクチナシが修理を受けている間に、〈ナキサワメ〉の町中を駆け回ってテントの建材を集めていた。ネヴァが開発した、テントの大きさを柔軟にカスタムできる建材は規格の共通化が行われている。そのため、市場には同じアイテムがいくつも流通しているのだ。
「今回のテントは船全体を包み込む大きさだからな。ギリギリ間に合ってよかったよ」
クチナシ十七番艦の処女航海で立ち上げたテントは、上半分の一部をカバーするだけのものだった。それでも船自体がかなり大きいため、ひとりで建てるとなるとかなりの時間とLPを要したのだが。今回はそれよりも更に巨大なテントだ。
「蒼氷船でも良かったんじゃないの?」
「いや、それだとラクトとエイミーが動けなくなるだろ」
ラクトは船を出すたびに蒼氷船を進めてくるが、あれを使うとパーティとしての戦力が大きく下がるんだよな。〈剣魚の碧海〉くらいの小さなフィールドならともかく、〈怪魚の海溝〉を進むには心許ない。
それにクチナシは大きなリアクターを複数搭載しているから、大規模なテントを建てる時もかなり楽ができるのだ。
『レッジ、そろそろ予定の地点に到着するよ』
「よしよし。じゃあテントを建てていくか」
クチナシの報告を受けて、俺はテントの設営を開始する。テントそのものがかなりの重量になるから、できるだけ到着ギリギリのタイミングで建てなければ船速が低下してしまう。とはいえ、その大きさから建てる時間もかなりかかる。その辺の計算をクチナシがしっかりとこなして、適当なタイミングを知らせてくれるのだ。
「うわぁ、めちゃくちゃゆっくりですね」
「規模が規模だからなぁ」
特殊な状況だった“
いつものテントと比べる圧倒的にプログレスバーの進行が遅い。まあ、どうせ到着まで時間があるのだから、それに間に合いさえすれば急ぐこともない。……そう思っていたのだが。
「うわぁっ!?」
突如、水面から勢いよく水鉄砲のように水が飛び出し、建設中のテントを襲う。思わぬダメージを受けたテントのプログレスバーがわずかに後退する。
「な、なんですか!?」
「敵襲だ! ああ、忘れてたな」
『船の周り、囲まれてるよ』
クチナシがレーダーの情報を提示する。船体を取り囲むように、グルグルと大型魚類が集まってきていた。次々と海面下から水が飛び込んできて、テントの完成を阻む。
目を白黒させているレティを見て、俺は逆に落ち着いてきた。
「そういえば、テントって敵のヘイトを集めるんだった。普段はそういうの関係なくレティが先に倒してるから、忘れてた」
「そんな設定あったんですか!?」
フィールド上に安全な領域を作ることができるテントは便利だが、当然欠点もある。それが、建設中に周囲のエネミーから攻撃されてしまうということだ。当然、ダメージを受ければ建設が遅れるし、プログレスバーがマイナスまで後退してしまえば建設失敗ということで崩壊してしまう。
普段特に考えずに建てられたのは、周囲にヘイトとか関係なくエネミーを倒してくれるレティたちがいたからだ。
「すまん、レティ。俺は動けない」
しかもテント設営中は行動に大きな制限がかかる。テクニックなんかも使えないため、戦闘はできないのだ。
だが――。
「任せてくださいよ! 何のためにレティたちがいると思ってるんですか」
「レティのハンマーは届かないんじゃない? わたしのアーツの方が適役だと思うけど」
「さあ、斬り刻んでやりましょう!」
うちには頼り甲斐のある船員たちがいる。彼女たちは飛んで火に入る夏の虫とばかりに、船に集まってきたエネミーへ次々と攻撃していく。向こうも勢いを増して攻めてくるが、その攻撃はほとんど防がれる。
「久しぶりにタンクの仕事ができる気がするわね」
『多少の露払いなら、任せて』
エイミーとクチナシが、テントを守ってくれている。
彼女たちのおかげでプログレスバーは再び進み始めた。
「ちょっとしたウォーミングアップですね!」
船から飛び降りたレティが、海面に浮かぶ原生生物の背を飛び渡りながら叩いていく。ラクトが矢継ぎ早にアーツを撃ち込んでいく。トーカは、なんか水面を走っている。
テントが完成するまで数十分。彼女たちは楽しげに肩慣らしを始めていた。
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Tips
◇キャノンフィッシュ
〈怪魚の海溝〉に生息する大型水棲原生生物。体内に大量の海水を貯蓄できる水袋を持ち、口が細長く尖った形に発達している。非常に高圧の水を吐き出すことができ、その力で攻撃する。ただの水といえどその破壊力は高く、並大抵の装甲は弾け飛ぶ。
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