第1201話「白き光輪の塔」

 クチナシ級十七番艦は軽快に波を切って進む。周囲の他の船も一番乗りを目指して全速力だ。

 掲示板などの情報プラットフォームには真偽も定かではない流言飛語が量産され、〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉の正体が何も掴めなくなっている。しかし、数時間ほどが経過すると少しずつ混乱も収まっていき、〈塩蜥蜴の干潟〉から死に戻ってきたと思われるプレイヤーのコメントが当時のログと合わせて上がってくるようになっていた。


「いや、それでもよく分からんな」

「何がですか?」

「干潟で何が起こったのか。ほとんどのプレイヤーはよく分からないまま即死したらしい」


 隣に身を寄せてくるレティに向けてウィンドウに表示した掲示板の書き込みを見せる。証拠としてログが併記されたプレイヤーの書き込みは一応の信憑性を認められているものの、そこに含まれている情報はあまりにも少ない。

 ボンボヤージュ⭐︎梵太郎という名前の調査開拓員は〈塩蜥蜴の干潟〉で潮干狩りをしていたらしい。干潟というだけあって、あのきめの細かい砂を掘り返せば貝っぽい原生生物が色々と現れるのだ。ちょうどボンボヤージュ⭐︎梵太郎が5メートル越えの巨大アサリと激闘を繰り広げていたその時、突然即死した。その時のことを、彼はほとんど何も理解できていないという。


「一瞬白い光が広がったかと思うと、その直後にはアップデートセンターに戻っていたと」

「即死とはなかなか……。即死対策アクセサリーを着けてる人も意味がなかったみたいですね」


 “死地の輝き”をはじめとして、LP残量を超える攻撃を受けても生き残る効果を有するアクセサリーはレティのような被弾の多い前衛職からの人気が高い。危険が十分に予測される最前線のフィールドであれば尚更だろう。

 しかし、即死対策アクセサリーを装備していても、意味をなさなかった。最大で5回の致命傷に耐えられるだけの用意をしていたプレイヤーもいたようだが、ボンボヤージュ⭐︎梵太郎氏と同様に一瞬で死に戻りしたらしい。


「もしかしたら、重ねられてるのかも知れませんね」

「重ね……?」


 顎の指を添えてレティが何やら呟く。首を傾げると、彼女はあっと気が付いて補足してくれた。


「対人勢の用語でしたね。こういう即死対策アクセを着けてるプレイヤーは対人界隈にも多いのでその対策も確立されてるんですよ」


 対人勢、つまりPvPをメインにプレイしている人々のことか。〈アマツマラ地下闘技場〉がその聖地になっていて、レティもちょいちょい遊びに行っている。一番熱心なのはトーカで、彼女はあの界隈で人斬りとか首狩りとか言われているらしいが。

 そして、即死対策アクセサリーは対人戦においても高い効果を発揮する。殺したと思った相手が生き残っていたら、誰だって驚くだろうしな。


「まあ、言ってしまえば簡単ですよ。攻撃を高速で何度も繰り出すんです」


 実演してみましょうか、とレティはハンマーを取り出す。できるだけ取り回しのしやすいものがいいようで、狭いところで使う軽量雷爆鎚を握っている。

 そして、クチナシの広い甲板の中央に立つと、足をずらして構えを取った。


「『インパクトスタンプ』『プレスジャブ』ッ!」


 大きくハンマーを振り上げて、勢いよく振り下ろす。それと同時に二つ目のテクニックを発声で発動させる。甲板を叩く音はわずかにズレて、ダダン! という響きになった。


「とまあこんな感じですよ」

「二発目は構えも取ってないんだな」


 まず気が付いたのは、“型”と“発声”をしっかりと行なっていた『インパクトスタンプ』とは異なり、『プレスジャブ』は短い“発声”のみで繰り出していた点だ。技自体は発動するものの、それではかなりダメージが減衰してしまう。


「だいたいの食いしばりはLP1で耐えるようなものですからね。そこをちょこんと押し込めるだけの軽い一撃でいいんですよ」

「なるほどなぁ」


 LPを1削るだけならば、少し小突くだけで十分だ。

 『インパクトスタンプ』の効果が終了した直後に『プレスジャブ』の“発声”がちょうど終わるように調整するのが“攻撃を重ねる”時の肝らしい。一撃目の効果中に二撃目が出てしまうとダメージが発生しないし、間隔が空きすぎるとその瞬間に回復されてしまって止めがさせない。熟練の対人勢だと、“重ね”が0.2秒空いただけでLPを安全域にまで取り戻すという。


「こういうのはトーカの方が得意なんですけどね。あの人、たしか最大で十四重ねまでできるはずですし」

「それはもう微塵切りだろ」


 レティも三重ねくらいはいけるらしいが、それ以上は〈杖術〉スキル、ハンマー系統の長ディレイで発生が遅い特徴もあって難しいらしい。それでも普通に対人戦を楽しむ分には問題ないらしいが、トーカほど極まったら冗談みたいな重ね方になるようだ。


「でも、最近の即死対策って発動後一定時間無敵になるものもあるんですよね」

「ああ、トーカが着けてる“不死鳥の紅炎”とかそんなだったか」

「ですです」


 これもまたトーカの話だが、彼女は指に綺麗な真紅の指輪を着けている。一度使うと破損する使い捨てらしいが、致命傷をLP1で耐え、さらに30秒間完全無敵になるという破格の能力を有する強力な装備品だ。

 使い捨てとは思えないほどの高額装備らしいが、〈塩蜥蜴の干潟〉で活動しているようなプレイヤーなら買えないこともない。当然、これを着けたプレイヤーも居たはずだが、彼らも問答無用で即死している。


「つまり……?」

「警戒していた攻略組が反応できないほどの高速で、最低でも二重以上の重ね攻撃、かつ無敵貫通属性とでも言うべき特殊効果付きの、超広範囲攻撃が行われたということでしょうか」


 即死対策すら意味を成さない強力な攻撃、それも広大な干潟の全域に及ぶような範囲攻撃。整理した情報から導き出された結論に、それを口にしたレティさえ胡乱な表情だ。


「流石にこれ、出現時の一回だけ使える大技みたいな感じだよな」

「じゃないと勝ち目がありませんよ」


 そりゃそうだと二人で笑う。しかし、おそらく俺も彼女も一様に表情が引き攣っているだろう。

 俺もレティもFPOをサービス開始初日から毎日のようにプレイしている。今までのイベントも全部参加してきた。だからよく分かるのだ。


 淡い期待を抱けば、それは呆気なく壊される。


『レッジ、前に何か見えるよ』


 クチナシが近づいて来て言う。彼女が船首の先を指差した。

 まだ〈塩蜥蜴の干潟〉には程遠い。緩やかな弧を描く水平線が広がり、陸地は見えない。しかし――。


「うわぁ、なんだあれ」


 遠く水平線の向こうから、白い何かが屹立している。双眼鏡を取り出して見てみると、それが白い瓦礫を積み上げて作られた、途方もなく巨大な尖塔であることが分かった。


「あれが〈エウルブギュギュアの献花台〉ですか?」


 レティが唖然として立ち尽くす。

 この位置から塔が見えるということは、かなりの巨大さだ。いったい何メートルあるのか想像もつかない。

 周囲の船もその巨大建造物の存在に気がつき騒然となる。更なる観測を行おうと、カメラを取り出したその時だった。


「なっ」


 突然、塔が閃光を放つ。白い光の輪が塔を中心として広がる。

 そして――。

 〈塩蜥蜴の干潟〉を目指して直走っていた俺たちの船団は、一瞬にして壊滅した。


━━━━━

Tips

◇『プレスジャブ』

 〈杖術〉スキルレベル30のテクニック。素早くハンマーを振り下ろし、敵を叩く。威力は低いが、牽制には有効。


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