第27章【星海の開拓者】

第1200話「甲板上のふたり」

 〈塩蜥蜴の干潟〉に異変が生じ、T-1によって〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉の発動が宣言された。これまでの大規模イベントであった特殊開拓指令とは異なる名称を冠しているだけに、その特別性が意識させられる。

 俺はレティと共に調査開拓用装甲巡洋艦クチナシ級十七番艦に乗り込み、全速力で海へと飛び出した。


「クチナシ、〈塩蜥蜴の干潟〉まで最速でどれくらいかかる?」

『だいたい、10時間』

「結構かかるが……まあかなり速くなったんだな」


 船体管理システムSCS-クチナシ-17はサングラスを掛けた補助機体で現れる。彼女の説明によれば、搭載されたエンジンやプロペラに改善が施され、俺たちが最初に利用した時よりもマシンスペックが大幅に向上しているようだ。

 それでも10時間掛かるというあたりに海の広さを実感してしまうが。


「まあ、時間ができたと考えましょう。なにせ分からないことだらけですからね」


 ミオツクシが整備されたことにより、クチナシの自動操縦でも〈塩蜥蜴の干潟〉まで向かえるようになっていた。俺とレティは航行を彼女に任せ、現状把握を進めることにした。

 T-1から全体アナウンスによって告げられたのは、〈塩蜥蜴の干潟〉に強力な敵性存在が現れたということ。それによって、現地の調査開拓員全てがロストしたというほどだから、かなりの脅威なのだろう。今、あのフィールドを攻略しようとしているのは〈大鷲の騎士団〉を筆頭にした腕利きの攻略組だからな。


「敵性存在に関しては、実際に見るまで何も分からないですね。それと同時に現れたという〈最重要奪還目標地域;エウルブギュギュアの献花台〉に関しては何か心当たりはありますか?」

「正直、全くないな」


 敵性存在の出現と同時に確認された、〈最重要奪還目標地域;エウルブギュギュアの献花台〉というものに関しても情報と呼べそうなものは何もない。最重要奪還目標地域という名称からして、おそらく第零期先行調査開拓団絡みの施設であることに違いはないはずだが。

 興味深いのは、これによって指揮官3人が満場一致で領域拡張プロトコルが破綻する恐れがあると判断したことだ。

 領域拡張プロトコルは調査開拓団が成し遂げるべき最優先課題であり、全ての団員はその遂行のために全力を注ぐ。当然、指揮官たちもあらゆるリスクを想定して、プロトコルが破綻しないよう幾つもの対応策を用意しているはずだ。

 惑星近傍、静止軌道上に停泊する巨大な開拓司令船が擁する最高知能の中枢演算装置でもってしてもそのダメージを回避しきれないと断ずるほどのアクシデントとは。


「掲示板もダメですね。情報が錯綜していて、真偽も不明です」


 掲示板の高速で流れるスレッドを眺めてレティが肩をすくめる。何より、〈塩蜥蜴の干潟〉で活動していた全ての調査開拓員が死に戻ったことで、初動が遅れていた。たまたま海上に居て難を逃れた者もいるだろうが、彼らも戦力が揃うまでは上陸できないだろう。

 クチナシ級十七番艦の周囲には、同型艦がずらりと並んでいる。他にも大小様々な船が一路干潟に向けてひた走っている。しかし、俺たちが到着するのは早くて10時間後だ。


「エウルブギュギュアか……。ポセイドンは何か知ってるんだろうか」


 エウルブギュギュアの献花台。その名前からして、元エウルブ=ピュポイであるポセイドンの配下に属していたエウルブ族の開拓員だろう。であれば、海底都市にいるポセイドンが何か知っている可能性が高い。


「いや、ダメみたいですね」


 しかし、そんな俺の希望は儚く消える。エウルブギュギュアの献花台という名前が出た瞬間に、ポセイドンに問い合わせた調査開拓員が居たのだろう。彼が掲示板に書き込んだことによれば、ポセイドンはその名前の調査開拓員について全く知らないらしい。


「クナドさんなんかもそうですけど、第零期先行調査開拓団の方々は欠落した記憶が多いですから。これも仕方のないことなのかも知れません」

「結局、現地に着くまでできることはないってことか」


 〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉も〈エウルブギュギュアの献花台〉も、分からないことばかりだ。それを調べるためには干潟へ向かう他ない。

 しばらくは悶々とした時間を過ごすことになるだろう。


『レッジ!』


 その時、TELの着信があり、ラクトの声が飛び込んできた。


「おお、ラクトか。なんか周りが騒がしいな?」

『今ちょっと出先から掛けてるから。突発で大きいイベントが来たのがニュースになってて、びっくりしたんだよ』


 ラクトの周囲から車が走る音が聞こえた。リアルの携帯端末からでもFPO内のフレンドに向けたTEL機能が使えることを初めて知る。普通に平日だし、彼女は仕事だったのだろう。夜にならなければFPOに入れないという旨を、彼女は残念そうに伝えてくる。


「まあ、安心してくれ。俺もレティもゲーム内で10時間は何もできないから」

『干潟で何かあったんでしょ。そっか、片道それくらい掛かるもんね』


 リアルにまでFPOのニュースが流れるというのもすごい話だが、流石にT-1のアナウンスの全文が掲載されたわけではないらしい。ラクトに情報を共有し、今はレティと共にクチナシに乗って現場へ向かっていることを伝える。


「エイミーたちにも俺から連絡しておこう。シフォンは……ちょっとどうなるか分からないが」

『うん、よろしく。わたしも急いで仕事終わらせて入るよ。ああ、でも別荘でログアウトしてるから、合流まで時間かかるかも』

「その頃には人員輸送のシステムも整ってるだろ。焦らず急がずゆっくりでいいからな」

『ありがと、レッジ。それはそれとして――』


 音声越しにもラクトがふっと笑ったのが分かる。しかし、直後に彼女は声のトーンを抑えた。


『ちょっとした興味なんだけど、レティと二人で何してたの?』

「何って、水族館を見てたんだよ。なかなか発展しててびっくりしたよ」

『ふーん、二人でね、水族館にね。ふーん』

「ラクト?」

『なんでもないよ! すぐに行くから! 待っててね!』

「お、おう……」


 最後はなぜか少し苛立った様子のラクトは、そのままブチっと通話を切る。首を傾げる俺は、不思議そうな顔をしているレティと目を合わせた。


「ラクト、何でした?」

「仕事が終わり次第入ってくるらしい。エイミーたちにも連絡しないとな」


 メール連携機能を使って、エイミーやトーカたちにも連絡をする。彼女たちがこれに気付くのがいつ頃かも分からないが、まあそのうち来てくれるだろう。


「そういえば、Lettyってリアルだと何してるんだ?」


 レティの熱心なファンであるLettyは、最近加入したということもあって以前開催したオフ会にも参加していない。俺は彼女のリアルを知らないが、仲の良いレティやトーカなんかは知っているはずだった。

 あまりリアルのことを詮索するのは褒められた行為ではないが、同じバンドの仲間なら許してもらえるだろう。


「学生らしいですよ。本人曰く、何の変哲もないただの一般高校生だとか」

「自分をただの一般人とか言うやつが一番信用できないんだよなぁ」


 レティがなぜか呆れたような顔でこちらを見てくる。

 ともあれ、Lettyはシフォンと同じくらいの世代らしい。学生となると、やはり日中のログインは難しいかもしれない。部活なんかに所属していたら、なおさらだ。Lettyはレティの身のこなしをほとんど完璧にコピーできているわけだし、きっとリアルでの運動神経もいいだろうしな。


「とりあえず、シフォンに連絡してみるか」

「レティはLettyに」

「ややこしいなぁ」


 フレンドリストを開くレティを見て苦笑しながら、連絡を取る。シフォン――志穂ももう高校生だったか。子供の成長は早いもんだ。

 志穂にイベントが始まったことを伝えるメールをしたためて送った直後、彼女から返信が返ってくる。


「シフォンは学校の用事で遅れるらしい」

「あれ、奇遇ですね。Lettyも同じく遅れるらしいです」


 どちらも学生ということもあり、色々忙しいのだろう。逆に俺やレティが時間に融通が利きすぎるのかもしれないが。


「しばらくは二人で動くしかなさそうだな」

「むっふふ。なんだか久しぶりですねぇ」


 言われてみれば、レティと二人でフィールドに出かけるというのも久々かも知れない。楽しそうにウサミミを揺らす彼女を見て、俺も思わず笑ってしまった。


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Tips

◇TELリンク通話システム

 現実世界と仮想現実内の体感時間速度を一時的にリンクさせ、相互通話を可能にするシステム。通話中は戦闘行為などが大幅に制限される。


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