第1196話「新たな闘争」

 ブラックダークが作ろうとしていた地下神殿は、黒龍イザナギの復活に備えるものだった。だが、開拓団としてはその建設計画を承認していない。ならばなぜサカオが秘密裏とはいえ建設に着手できたのか。


『サカオ、分かっていますね? これは重大な詐欺事件ですよ』

『うぐぅ』


 答えは簡単。彼女は第二遊戯区画建設とBBB新コース開発の名目でリソースを集めていたのだ。当然、これは明確な詐欺行為である。まさか管理者ともあろうものが虚偽の計画をでっち上げてリソースを横領するとは、前代未聞とはこのことだ。

 事が事だけにウェイドも眉を吊り上げて怒っている。サカオも床に正座し、しょんぼりと肩を落としてしまった。


「サカオさんも地下神殿――シェルターの重要性を鑑みて、ブラックダークさんに協力したんですよね」

『それでもリソースの不正利用には違いありません』


 控えめに手をあげるレティにもウェイドは毅然と首を振る。


「俺が言うのもなんだが、調査開拓団は厳格な文書主義だ。管理者でも計画を立てて提出し、指揮官の承認がないと動けない。自由に勝手にほっつき歩けるのは俺たち現地調査開拓員くらいなもんだ」

『あなた達も制限はありますからね? それをぶっちぎってる自覚を持ってくださいよ』


 下手に口出ししたら、ウェイドの矛先がこちらに向きかけた。俺は慌てて話題を戻す。


「サカオの詐欺行為が問題なら、詐欺じゃなくしてしまえばいいだろ」

『……というと?』


 ウェイドもこちらの話に乗ってくれる。俺はただっ広い地下空間を見渡して、考えていたことを明かす。


「ここを地下カジノにでもしてしまえばいい。どうせ、シェルターにしてもこの広い空間を寝かしておくのは勿体無いだろ?」


 第二遊戯区画と銘打って着工したのなら、計画通りカジノを作ればいい。シェルターは緊急時にこそ役立つ代物で、裏を返せば日常的には使用しない。この広い空間をただの避難先として意地整備し続けるのも面倒だろう。

 平時はカジノとして開放し、都市経済の活性化に役立ってもらう。そして、あまり考えたくはないが黒龍イザナギの脅威が迫った際にはシェルターとして稼働する。その点は両立できるはずだ。


「ブラックダークがシェルターとしての設計を、サカオがカジノとしての設計をして、二つを合わせていけばできるんじゃないか?」

『それは……。ああ、できる!』


 ぽかんと口を開いていたサカオだが、すぐに気を取り直して頷く。彼女もこうするしか処分を免れない。


「ブラックダークはどうだ?」

『秘めたる封印をあえて解く、か……。それもまた良し。いや、我が白の書ドーコレクッシカアにはこの未来も当然記されていた。今はこの選択を選ぶ、ただそれだけのこと』

『しゃらくせぇ……!』


 不敵に笑うブラックダーク。隣でクナドがギリギリと奥歯を噛み締めている。

 とまれ、二人の管理者も前向きだ。ウェイドとキヨウの顔を窺うと、二人も仕方なさそうに肩をすくめる。シード04-スサノオはサカオの都市で、彼女達もそこに介入する権限は持たない。本来の計画通りに建設が進められるのであれば、口出しすることもない。


「ふぅ。ならこれで一件落着か」


 なんとか穏便に事が進みそうで、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「いや、まだだろう」


 しかし、そこにレングスが一石を投じた。


「BBBはどうするんだ? 新コースの話もあがってるんだろ?」

「そういえば、そんなのもありましたわね」


 地下神殿は遊戯区画を兼ねることで方向性が定まった。しかし、BBBの新コースに関してはまだ不透明なままだ。

 BBBの問題は多少コースに手を入れてもすぐに対応してくる技術力も人的規模も大きなバンドによる常勝状態が続いていることだ。これでは賭博としても成立せず、技術革新も生まれにくくなる。


「元々、ダミーの計画としてはどんなのを出してたんだ」

『ダミー……。まちがっちゃないんだけど、まあ』


 一応指揮官から許可を得たということは、コースに関する計画もそれなりにしっかりしたものを作っていたはずだ。それをサカオに尋ねると、彼女は少し複雑な顔をしながらデータを呼び出した。

 それを見た俺たちは、意外な内容に思わず目を瞬かせるのだった。


━━━━━


『レディーーース&ジェントルメン! みんな、よく集まってくれたな! 今日は新しいBBB、バトルバギーブラストブレイクの開催だぁ!』

「いえええええーいっ!」

「うおおおおおっ!」

「サカオちゃんかわいいーやったー!」


 〈サカオ〉の都市防壁上から猛々しく声を上げるサカオに、荒野の特設会場に集まった調査開拓員たちが一斉に応える。長らく建設と調整が続けられ、さらに参加者の準備期間も十分に与えられ、ついに今日BBBBの第一回が開催される。


「すごい活気ですねぇ」

「BBBのマンネリ感が強かったんだろうな。心機一転となればまた人も集まってくる」

「ドラドラも参加してるんだよね?」

「らしいわよ。当然の一番人気みたいだけど」


 俺たちは都市防壁上の特別観覧席から見下ろして、その熱気に驚く。特設会場の一般席だけでなく、この特別観覧席もかなり値が張るというのに満員御礼だ。

 サカオの景気のいい前口上に観客のボルテージは鰻登りだ。そして熱い歓声が最高潮に達した時、閉じられていた都市防壁の扉が開く。昇降機に載って現れたのは、BBBBの参加チームたちだ。

 〈ダマスカス組合〉〈プロメテウス工業〉といったおなじみの面々、今回が初参加だというニューホース、最近は身を引いていた古参達、そして〈ドライブドラゴン〉総勢20機がエンジンを唸らせている。


『3、2、1――』


 サカオのカウントダウン。

 同時にフラッグが振り下ろされる。

 開き切ったシャッターの奥から、一斉にバギーが飛び出した。――次の瞬間。


『ドローン発射!』


 都市防壁の上からも大きなドローンが次々と放たれる。固定翼機型のドローンは猛烈な勢いで飛び上がり、急降下。バギーたちの少し前を飛ぶ。それを見た参加者達は各々武器を構え、ドローンを撃墜していく。


「赤を狙え! まずは武器だ!」

「青だ! 一気に加速するぞ!」


 ドローンはそれぞれ、赤、青、黄色とカラーリングが施されている。

 〈プロメテウス工業〉の重厚な防御型バギーがロケット砲で撃ち落としたのは赤色のドローン。同色のスモークを吹き出しながら落ちてきたそれを、彼らは即座に拾う。するとその直後、総金属製の重たい車の屋根に巨大な機関銃が取り付けられた。


「ヒャッハーー!」

「うわーーーっ!?」


 バラバラと容赦なく周囲へ振りまかれる鉛の弾丸が、他チームの車体に穴を開けていく。だが、緑色のドローンを撃墜した〈ダマスカス組合〉の車両がグリーンのバリアを展開しながらそこへ激突した。


「はぁっ! バリアも突進すりゃあ打撃武器だな!」

「てめぇ! 狙うならドラドラだろうが!」

「そっちはもう他の奴らが襲ってるよ!」


 犬猿の中の両者がぶつかり合っている間にも、他のチームが次々とドローンを撃墜して武装を集めていく。

 BBBに付け加えられたブレイクは、破壊の意味合いが含まれている。スタートと同時に放たれた支援物資供給ドローンを撃墜すれば、色に応じた様々な武装がランダムで手に入る。赤ならば機関銃のように他車両を攻撃できる武器が、青ならばターボエンジンなどの加速装置が、黄色はエネルギーバッテリーやリペアキットといった支援物資、緑は盾やバリア発生装置などの防御装備だ。

 それらの支援物資は参加チームを含めた多くの調査開拓員から持ちこまれ、サカオの審査を受けてドローンにランダムに積み込まれる。これならばより強い武装を開発するインセンティブが働き、また手に入れた武装によってドラドラ以外にも勝機が与えられるというわけだ。


「なああっ!? アイツ、俺たちが作ったハイメガキャノン取りやがった!」

「ウルセェ! 俺だって自分で作った自走地雷に追いかけられてるんだよ!」


 ドローンは撃墜するまで中に何が入っているか分からない。当然、自分が作った装備が敵の手に渡ることがあるし、その照準が自分に向けられることがある。

 阿鼻叫喚のスタートに、観客席もおおいに盛り上がっている。あの中にも自分が作った装備が採用されて歓喜している技術者がいるのだろう。


「誰だロケットパンチ入れたの!」

「この機関銃すぐジャムりやがるぞ! 開発者出てこい! ……俺じゃん!」


 強い武器があれば、弱い武器もある。一番人気のドラドラは他チームからも狙われやすい。次々と日頃の鬱憤を晴らすように打ち込まれる弾丸に右往左往しながら、ロケットパンチでポコポコと応戦していた。


「うおおおっ! やった、スーパーレアだぞ! なんだこれ?」

「おまっ、それ花弁爆弾――」

「うわーーーーーーッ!?」


 ちゅどーん、と巨大な爆炎が吹き上がり、数台の車両がそこに巻き込まれる。

 支援物資のレアリティが高いからといって、扱えなければ意味がないのだ。


「……レッジさんですよね?」

「サプライズってことで」


 支援物資は本当に玉石混交だ。コース各所に発射場があり、そこから起死回生の一手に望みをかけることもできる。毎試合ごとに予想もできないレースが展開され、そこに観客も興奮する。

 新しい荒野のレース、バトルバギーブラストブレイクは大歓声の中で幕を開けた。


━━━━━

Tips

◇バトルバギーブラストブレイク

 従来のBBBに新たな要素、支援ドローンを追加した新ステージ。車両の改造に強い制限が加わるかわりに、大会前に公募によって集められた様々な支援物資によってレース中のリアルタイム強化が実施される。参加者はランダムに支援物資が載せられたドローンを撃墜することで、自車の強化を行う。

 実力だけではない、運すら味方につけた真の勝者を決める白熱のレースが楽しめる。


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