第1195話「信用なき協力」

 サカオはブラックダークの誘いに乗ってしまった結果、町の地下に巨大な地下空間を建設した。その流れを聞いたウェイドたちは、ぐったりとして頭を振った。


『管理者とあろうものが、なんという……』

『恥ずかしいわぁ』


 ブラックダークが“暗黒の邪竜神殿ダーク・ザ・ダーク”と呼ぶこの施設はいまだ建設途中だ。それでも、すでに巨額のリソースがここに注ぎ込まれているのは間違いないだろう。

 都市の運営によって領域拡張プロトコルを推し進めることを任務とする管理者にとって、リソースの無駄遣いは許されざる失敗だ。


「ブラックダーク。この“暗黒の邪竜神殿ダーク・ザ・ダーク”を作らせた理由を教えてくれないか」


 ウェイドたちは元凶となったブラックダークを〆る方向で何やら議論している様子だが、俺はまずそこを聞いておきたかった。彼女とて第零期先行調査開拓団員、つまり俺たちの仲間だ。惑星イザナミを調査開拓し、いつか来る移民団を受け入れるための地盤を固めるために邁進するという目的は同じであるはずだ。

 そんな彼女が管理者を取り込んでまで作らせようとした施設が、無駄にリソースをドブに捨てるようなものとは思えない。


『クックック。我が叡智を理解すること、凡人には叶わず……。大いなる意志はその力故に人を傷つける……』


 捕縛され床に転がされているにも関わらず、ブラックダークは余裕のありあまる顔で語る。俺は近くにいたクナドを呼んできて、通訳を頼む。


『……自分の計画は大規模なものなので、あんまり理解できないだろうと』

「まあ、とりあえず話すだけ話してくれよ」

『なんで私が通訳するんですか!』


 クナドはプンプンと怒っているが、ブラックダークがしでかした事が大きいだけに、少し責任も感じているらしい。嫌々といった様子ながら、ブラックダークの言葉に耳を傾ける。


『邪気の封印は未だ健在。しかして鍵は解かれ、第二の王までもが悠久の時を超えて眼を開く。黒の書アカシックレコードは再び紐解かれ、黒龍の叫びが天を衝く。王国の破滅は近い。運命に選チルドレンオブばれし御子デスティニーが再び揃えば、閉じられし扉が開かれる』

「ええと?」


 やはりブラックダークの言葉は迂遠な言い回しが多くて分かりづらい。意訳を求めてクナドの方を見ると、彼女は膝を突いて悶えていた。


「クナド、大丈夫か?」

『殺せ……ッ! いっそ一思いに!』


 どうやら記憶がフラッシュバックしてトラウマが刺激されているらしい。管理者はこういうのも忘れられないのだろう。かわいそうに。

 しばらく床を転がった後、ようやく復活したクナドは肩で息をしながらブラックダークの言葉を解きほぐす。


『どうやら、封印杭が二つも解かれてしまったことを危惧しているようです』

「封印杭ねぇ」


 第壱術式的隔離封印杭-クナド、第弐術式的隔離封印杭-ファイト。黒神獣、ひいては汚染術式の根源となる元総司令現地代理“黒龍イザナギ”を封印するため、かつての第零期先行調査開拓団統括管理者たちが自身の身をもって作り出した封印の要。

 第一の封印たる〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉ことクナド、第二の封印たる 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉ことポセイドン。八つ存在する封印のうち二つが解けた。

 ブラックダークは、いよいよ“黒龍イザナギ”が復活してしまうのではないかと、それを恐れている。

 とはいえ、それがなぜ地下神殿建設に至るのかは分からないが。


『大いなる厄災を前に、矮小なる我らは荒波の中の端材にも劣る。終わりなき嵐の到来は、第二の終焉である。未だ御子に勝るものなき時代、未熟なる胎動の時代、暗礁と波は熾烈に身を削るだろう。なればこそ、貝はより固く身を閉じて、凪の訪れるその日を待たねばならぬだろう』

『まさか……、あなた!』


 クナドが何やら驚きの声を上げる。彼女はくるりと身を翻すと、両手に水の入ったバケツを持って立たされていたサカオの方へと向かう。


『サカオ、ここの設計図はある?』

『そ、そりゃもちろん……』

『見せなさい!』


 有無を言わせぬ気迫に、サカオも驚きながらデータを送る。クナドがそれを広げ、俺も肩越しにそれを眺めた。


「おお、すごいな」

『これは……』


 “暗黒の邪竜神殿ダーク・ザ・ダーク”の全貌が描かれたブループリント。それを見て、俺たちは同時に声をあげた。


「テントじゃないか」

『シェルターだわ。……うん?』

「うん?」


 いや、なんか二人の答えがは違った。

 設計図に記されていたのは頑丈な構造と素材によって固められた地下埋没式テントだ。分厚い装甲板や衝撃吸収材などが贅沢に使われ、たとえ頭上の町が更地になるような爆撃を受けても耐え切れるように見えた。


「ああ、確かに言われてみたらシェルターだな」

『普通はそっちが先に出てくるでしょうに……』


 なにやらクナドは呆れているが、まあテントもシェルターも似たようなもんだろう。

 しかし、図面から読み取れるのは、この建物がかなりの衝撃を想定しているということだ。〈サカオ〉の街並みが更地になるほどの攻撃ともなれば、猛獣侵攻スタンピードなどの比ではない。


「ブラックダークはいったい、どんな規模のダメージを想定してるんだ?」

『……それは当然、調査開拓団が壊滅するレベルですよ』


 首を傾げる俺に、クナドは冷静な声で答えた。がらりと表情を変えて、真剣な面持ちだ。

 第零期先行調査開拓団の一員であった彼女は、ブラックダークと同じくその壊滅を目の当たりにしている。だからこそ、その言葉には実感の重みがあった。

 黒龍イザナギの封印が解けた時、その龍を抑えられるだけの力を持っていなければならない。封印杭を解き放ったのは、黒龍イザナギの情報を集め、研究するためだ。

 けれど、ブラックダークは俺たちが力をつけるよりも、黒龍イザナギが力を取り戻す方が早いと考えている。いや、そうなっても良いように保険を掛けているのか。


『……おおよその思惑は聞かせてもらいました』


 俺とクナドの話を、ウェイドたちも聞いていた。ブラックダークがただ私利私欲のためだけに動いていたわけではないと、ひとまず理解したようだ。そのうえで、彼女はブラックダークに問いかける。


『あなた、我々を信用していませんね』

『……』


 饒舌だったブラックダークが、その時ばかりは押し黙る。その反応が答えだった。

 当然と言えば、そうなのかもしれない。彼女たちは総司令現地代理によって壊滅に追いやられた。仲間に裏切られたと言ってもいい。そして、その間に救援はなかった。T-1たち中枢演算装置〈タカマガハラ〉が乗る開拓司令船アマテラスは、第零期先行調査開拓団にその場を託して、この時代までタイムジャンプしてきたのだから。

 裏切った仲間、いつまでも来ない助け、調査開拓団に失望してしまうのは無理もない。その結果、彼女はひとりで動くことを選択した。たとえ、その考えが誰にも理解されなくても。


『別に、それで構いませんが』

『なに?』


 しかし、ウェイドの続く言葉は予想外だったらしい。ブラックダークは眉を動かす。


『何のためにあなたに権限を与えて、自由にしていると思ってるんですか。そもそもT-1の許可がなければ、あなたは出歩くことすらできないんですよ』


 ブラックダークがサカオの中央制御塔に立ち入ることができたのは、T-1がそれを許しているからだ。彼女ならば、ブラックダークをいつぞやの黒いモノリスに封印してしまうこともできる。それをしないのは、ブラックダークの活動に価値を見出しているからだ。

 そうウェイドは淡々と語った。


『ただし、報連相は徹底してください。特に、領域拡張プロトコルに影響がありそうな計画は事前に共有してください。シェルターが必要ならそう言ってください。言ってくれれば、我々も検討します』


 ウェイドもブラックダークも、調査開拓員だ。ブラックダークは失望しながらも、再び龍が目覚めても調査開拓団が壊滅しないようにと動いていた。ならば、ウェイドたちと向いている方向は同じなのだ。


『我々、というか指揮官は空白の3,000年を後悔しています。その時代、自分たちがスキップしてしまった時代に何が起こったのか。その解明に全力を注いでいます』


 だから、とウェイドは手を差し伸べる。


『信頼しなくてもいいので、協力してください。第零期先行調査開拓員〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉さん』


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Tips

◇重要参考人PoI:BDに関する取り扱い指示

 RoI:BSBおよびRoI:UCに強く関わる重要参考人として指定するPoI:BDに対する行動制限をレベル3(現地調査開拓員相当)に緩和することを指示する。監視管理責任者をT-1に設定し、その行動の一切をPoI:BDの自主性に委ね、独立的に行動することを許可する。――指揮官T-1


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