第1194話「コンサルタント」
サカオを探してやって来た地下整備トンネル網の奥にあったのは、建設途中の巨大な構造物だった。そしてそこで俺たちを待ち構えていたのは、第零期先行調査開拓員であり、第零術式的隔離封印杭の管理者でもあった〈
『クッ、離せ! この悪辣なる邪悪の縛めによって我が力を抑制しようとは愚かなり! 今ならまだ我の寛大なる心によって許してやってもいいのだぞ!』
『はいはい。話はゆっくり聞かせてもらいますからね』
『いだだだっ!? ほ、頬をつねるな!』
なお、ブラックダークは俺の通報によって飛んできたクナドによってあっけなく捕縛され、床に転がされている。クナドも色々文句を言いつつもすぐに来てくれるのだから、なんともありがたいことだ。
『サカオも分かっていますよね』
『はぁ、こんなおっきいもん作って……。しかも記録まで改竄して、なにやっとんの』
ブラックダークがクナドによって頬をつねられている間、サカオもまたウェイドとキヨウによって詰問を受けていた。彼女はレティたちが扉を破壊した段階で大人しく投降したため捕縛こそ受けていないものの、キヨウたちは怒りを露わにしている。
都市運営の頂点にある管理者が、公的な記録を改竄してまでこんな大規模な施設を作ろうとしていたのだ。当然、ウェイドたちも看過できるものではない。
工事は一時中断され、現在は事の発端を解明することに全力が注がれている。ウェイドとキヨウの質問に、すっかりしおらしくなってしまったサカオはポツポツと語り始めるのだった。
━━━━━
地上前衛拠点シード04-スサノオ、〈サカオ〉は第一開拓領域〈オノコロ島〉の上層、第四域〈鳴竜の断崖〉に位置する都市である。〈スサノオ〉から〈ナキサワメ〉までを繋ぐ調査開拓員たちのメインストリームからこそ外れているものの、唯一無二の大規模な娯楽施設である遊戯区画や、白熱するモーターレースのBBBが存在し、開拓活動に疲れた調査開拓員たちの憩いの場として発展してきた。
特に遊戯区画の経済的な存在感は大きく、環境的には過酷な荒野の真ん中に位置するにもかかわらず、〈サカオ〉の利益率は〈ウェイド〉や〈ホムスビ〉に次ぐ高さを誇っている。
『はー、どうすっかねぇ』
某日。〈アトランティス〉とポセイドンを取り巻く騒動もひと段落し、調査開拓員たちが果てしない海へと漕ぎ出していた頃。管理者サカオは中央制御塔の中で思い悩んでいた。
『……金が余ってしかたない』
聞く人が聞けば暴れ出しそうなことを、彼女はポツリと呟いた。
開拓最前線も遠のき、都市としても円熟してきたシード04-スサノオ。地上前衛拠点は存在するだけで毎日多額のビットが消費されていく金食い虫ではあるが、〈サカオ〉は毎日どこかで爆発が起こっている〈ウェイド〉や開発の真っ最中である〈ナキサワメ〉などと比べれば支出面も安定していた。
その上で、遊戯区画の隆盛は止まることを知らず、毎日のように過去最高収益を叩き出している。
そんなわけで、〈サカオ〉の金庫には大量のビットが蓄積されていた。
『金は使わねぇと経済が回らないとはいえ、どこに使うかなぁ』
経済というものは、金を稼ぎ、金を払わなければ動かない。サカオが手元にプールしていても、産業や人は活性化しない。管理者は建物だけでなく経済という目に見えない営みもまた、その手中で管理しなければならない。
そのため、サカオは有り余った金を何かに使うべきだと考えた。
『やっぱり遊戯区画のテコ入れか。でもBBBも新コースを作ってやらねぇとな。うーん』
サカオは悩む。
財政を考えた際、収益の二台巨頭となっているのは遊戯区画とBBBだ。遊戯区画の面積を広げれば、そのまま増収となるだろう。また、BBBも最近は強力なチームの独占状態が続いており、コースの改修やルール改訂を望む声も大きい。
だが、金が余っているとはいえ、二つに分けるとどちらも中途半端に終わりかねない。やるならどちらかに的を絞って、集中的に行うべきだ。
だが、しかし、いや、とはいえ……。
『クックック。何やら悩んでおるようだな……』
『だ、誰だ!?』
頭を抱えて懊悩するサカオに、突然声がかけられる。驚いて顔を上げるが、周囲には誰もいない。そもそも、管理者しか立ち入れないはずの中枢エリアだ。しかし、どこからともなく声は聞こえる。
『我が名はジ・コンサルタント・オブ・スペシャリスト……。都市運営に困っているなら、話を聞こう』
『いや、お前〈
『な、なぜ分かった!?』
サカオが冷静になって正体を看破すると、声は途端に狼狽える。サカオがセキュリティを確認すると、閉じられた部屋の前に黒衣の少女が立っていた。ブラックダークも流石に都市の心臓部までは立ち入ることができない。そもそも管理者の回線をハックして一方的に声を届けられている時点でセキュリティインシデントが起きているのだが、それはT-1に通報しておけば良い。
サカオは悩みを一度横に置き、扉を開けて外に出た。監視カメラの映像通り、そこには自信満々のジ・コンサルタント・オブ・スペシャリストもといブラックダークが立っている。
『ったく。何しに来たんだ』
『クックック。全くつれない奴だ……。貴様、思い悩んでいるのだろう。我がそれを解決してやろうと言うのだ』
『都市も任されてない奴に何を頼むんだよ』
これだから何も仕事を任されていない奴は、とサカオが大きなため息をつく。実際、ブラックダークはまだT-1たち指揮官から完全に信頼されているわけでもなく、調査開拓活動上重要な基盤となる都市の管理などは任されていない。クナドですら封印杭管理拠点を運営していると言うのに、である。だが、ブラックダークは余裕の笑みを崩さず、サカオの耳元に口を近づけて囁く。
『貴様が選ぶべきは第三の選択肢だ』
『第三?』
聞く耳を持ってしまったサカオに、ブラックダークはすぐさま続きを繰り出す。
『〈サカオ〉の実績報告書は確認した。ずいぶん稼いでいるようだが、そのぶん弊害も大きいな』
『弊害って、何を言ってるんだよ』
むっと眉を寄せるサカオ。実績報告書の内容にケチをつけるということは、管理者の手腕を咎めることと同義だ。都市運営が第一の存在理由であるサカオたちにとって、それは強烈な侮辱になる。
サカオが苛立ちを露わにしたにも関わらず、ブラックダークは物腰を崩さず続ける。
『遊戯区画は儲けているようだが、そこに調査開拓員が集中することで肝心な調査開拓活動が滞っている。〈賭博〉スキルによって勝ち続ける者も増え、やがて胴元が絞られる事態も予期されている。指揮官からは領域拡張プロトコルへの寄与度が低いことを指摘されているようだな』
『なっ!? それは……』
図星だった。
遊戯区画はもともと、調査開拓員たちが本業を忘れて楽しめるリラクゼーション施設として開業した。だが、今は本業よりも娯楽に傾倒する者が増え、彼らが積極的に調査開拓活動を行わないことによる領域拡張プロトコルの遅れが顕在化し始めているのだ。
〈サカオ〉としては遊戯区画が栄えることは経済的な利点が大きいが、調査開拓団全体で考えた際には欠点が目立ってしまう。
『BBBも、最近はマンネリのようだ。ひとつのバンドによる独占状態が続き、参加者の満足度も低下している。とはいえ、コースを多少変えたくらいでは状況を打破できないし、常勝バンドの活動を制限すれば興行としても技術開発研究としても弊害がある』
『……ッ!』
これもまた事実である。
荒野を軽快に走り、その速度を競うBBBは娯楽となっているものの、技術開発の分野でも功績を上げている。勝つために技術者たちが切磋琢磨し、優秀なエンジンや軽量な素材の開発、流体力学や材料工学の発展が著しい。
〈ドライブドラゴン〉が勝ち続け、賭博としてのバランスが取れなくなったとしても、彼らを出場停止にした際の損害のほうが大きいため踏み切ることはできない。
『カジノもレースも、勢いが落ち着いてきて隠れていた欠点が浮かび始めた。どちらも本質的に取り除くことは難しいものだ。であれば、第三の選択肢を選ばなければならない』
『第三の選択肢って……』
サカオは引き込まれていた。ブラックダークは彼女の事情を知り尽くし、的確に突かれたくないところを突いてくる。
知らず知らずのうちに、彼女はブラックダークを信頼し始めていた。
『――神殿を作るのだ』
だから、一見不可解に思えるような言葉でさえも。
『竜を崇め、深淵を見る、大いなる黒き神殿を。深き闇の奥にて眠る、鱗を纏いし神に祈りを捧げる神殿を』
その言葉の裏に深慮を感じて、ふと納得してしまうのだ。
『作らねぇと、神殿……』
━━━━━
Tips
◇ ジ・コンサルタント・オブ・スペシャリスト
世を忍ぶ仮の姿。その正体は偉大なる〈
計り知れない叡智をその頭脳に宿し、明晰なる思考によってその一片を民に授ける。大いなる時代の救世主。深謀遠慮は計り知れず、その言葉の全てを理解することは多くの者にとって難しい。
だが、その言葉は必ず栄光へと導く
[情報保全検閲システムISCSにより、文章の信憑性が疑われています]
[情報管理責任者は真偽を確認してください]
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます