第1192話「究極の選択」
レングスによって発見された、壁の中に隠されていたコンソール。それは制御塔の立入禁止区域を隔てるドアの側に取り付けられているものと同じもの、つまり電子錠の操作パネルのようだった。
「ビンゴだな」
レングスがニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。彼は早速工具箱からドライバーやペンチを取り出し、あっという間にパネルの外装を剥がす。現れたのは細い配線が複雑に入り乱れた基盤だ。
「まさか、これを解くのか?」
「鍵師はこれくらいできねぇとな」
驚く俺に、レングスは慣れたように答える。そうして、ざっと全体を見渡したあと早速細かい工具を差し込んでいく。
「うひゃぁ、すごいですね……。これ、失敗したらどうなるんです?」
「俺たちのシリアルナンバーが記録されて指名手配。町中の警備NPCから追いかけられて即捕縛。あとは、反省部屋で三時間ってところかね」
「うひゃぁ……」
作業を続けながら言うレングスの言葉にレティが慄き距離をとる。心配しなくても、ここにいる全員がすでに共犯者だ。
「絶対に失敗しないでくださいね」
「それはフリか?」
「違いますよ!」
戦々恐々とするレティたちの視線を受けながら、レングスは黙々と解錠作業を続ける。
管理者がわざわざその存在自体を隠蔽している電子錠だ。その複雑さは生半可な立入禁止区域のそれとは比べ物にならない。流石のレングスも集中力を要するようで、時間もかかっている。
「ああ、そうでした」
レングスがようやく3本目のケーブルを無事に切ったところで、ひまわりが何かを思い出して口を開く。
「なんだ?」
「地下トンネルは定期的に警備NPCが巡回しますから、見つからないようにしてくださいね」
「ああ、そんなのもいたなぁ」
地下トンネルは都市インフラの基盤だ。そもそもマンホールの中に入ること自体が禁止事項に抵触しているのだが、それだけここが重要な施設であることを示す。
そんなわけで、トンネル内に不審者がいないか、警備NPCが巡回して目を光らせているのだ。
「おじちゃん、警備NPCってどんな形してるのかな?」
「うん? スタンダードなのは八本足の蜘蛛型で、ミヤコとナナミみたいな外見のやつだが……。トンネルみたいな閉所だともっと小型の機体かもしれないな」
「それってたとえば、ドローンみたいな?」
「ああ、そんなのもいるだろう……うん?」
シフォンが妙に具体的なことを言い、違和感を抱く。彼女の方へ目を向けると、シフォンは尻尾を膨らませてトンネルの奥を見つめている。そこには、静かに四つの回転翼を動かして浮遊する、鋼鉄の機械がひとつ。青いライトの光をこちらに向けている。
「すまん、レングス。ちょっと騒がしくなるぞ。――レティ」
「はいっ」
言葉は必要ない。レティが猛烈な勢いで飛び出し、ハンマーを取り出す。閉所での使用を想定した小型の片手鎚“軽量雷爆鎚・二式”だ。タイプ-ライカンスロープの敏捷性を如何なく発揮した彼女は、電光石火の勢いでドローンに迫ると、一瞬にして爆砕する。
「とりゃい! っと、こんなもんですよ!」
地上前衛拠点シード04-スサノオの警備NPC程度が、レティの攻撃力に耐えきれるはずもない。羽虫のようにあっけなく落ちるドローンを見て、シフォンがほっと胸を撫で下ろした。
だが、レティはまだ油断なく耳を立てている。Lettyもまた何やら不穏な表情でトンネルの奥を見つめている。
「はえっ?」
次の瞬間、トンネルの暗がりから無数の羽音が重なって聞こえてきた。徐々に近づいてくるそれは湾曲した壁に反響し、重低音を響かせる。
そして、現れたのは大量の青い光点。その一つ一つが新たな警備NPCの存在を表していた。
「はええええっ!?」
あまりにも多すぎる増援にシフォンが悲鳴を上げる。それを見たひまわりがやれやれと首を振った。
「一匹倒したらすぐに三百倍がやってくるのが、小型警備NPCの性質ですわよ」
「そんなの知らないんだけど!」
「トンネル探索者の間では常識ですわ。なので、レッジさんにテントでも建ててもらって、隠れておくのが一番だったのですが」
「そういうのは早く言ってよぉ!?」
シフォンが叫ぶが時すでに遅し。警備NPCたちは同胞が破壊されていることを知り、近くにいる俺たちを重要な容疑者としてマークしている。青いライトの色が攻撃的な赤に変わった瞬間、レティとトーカが飛び出した。
「はっはー! 全部壊せば捕まらないんですよね!」
「それなら任せてください! 私は閉所でも強いですよ!」
「あああ、バーサーカーも動き出しちゃった……」
血の気の多い二人が次々とドローンを撃墜していく。もはや容疑ではなく現行犯だ。警備ドローンたちも武装を展開して対抗を始めるなか、シフォンたちも加勢を余儀なくさせられる。
「レングス、あとどれくらいかかりそうだ」
「何事もなけりゃあ3秒で終わらせる」
激しい戦闘が始まる中、レングスは集中して解錠を進めている。彼が言った瞬間、基盤がぱかりと外れる。これで解錠成功かと思いきや、その奥から新たな基盤が現れる。
「……何事かあったみたいだな」
「あと3分くれ」
レングスは驚いた様子もなく作業を続行する。この程度のことは日常茶飯事らしい。
ちらりと後ろを見ると、レティとトーカが台風の如く暴れ回っている。いっそドローンたちが可哀想になるほどの圧倒ぶりだ。
「3分と言わず3時間だって稼げますよ! はっはー!」
「レティ!? なんかデッカい蜘蛛型来たんだけど!」
「げぇ、攻撃型! ちょっと厄介ですよ!」
ドローンだけならともかく、敵は次々と戦力を投入してくる。トンネルの前後から勢いよく飛び込んできたのは、ナナミたちと同型の蜘蛛型警備NPCだった。彼らは頑丈な装甲を持ち、機銃やブレードなんかで武装している。ドローンとは桁違いの戦闘能力を保有しているのだ。
レティたちも一度仕切り直し、再び攻撃を始める。しかし、ドローンのように鎧袖一触とはいかないようだ。装甲を叩き壊し、内部のコアを破壊するのに少し手間がかかっている。
もたつけばもたつくほど、後ろからの圧力が高まっていく。トンネル内という限られた空間では逃げることもできない。
「――『押しつぶす氷塊』ッ!」
レティが警備NPCの群れに飲み込まれそうになったその時、巨大な氷塊が落ちてきて機械群をスクラップに変えていく。後ろを見れば、ラクトが得意げに弓を握っていた。
「ラクト、ナイスですよ!」
「この程度で倒れてちゃダメじゃないの」
ラクトが隙を作り、レティが体勢を立て直す。そして、再び警備NPCを押し始めた。
「レングス!」
「あともうちょっとだ!」
解錠も佳境である。レングスも表情は分かりにくいが、もう少しで突破できそうな気配に興奮しているようだ。ひまわりも背後からその様子を固唾を飲んで見守っている。
レングスがペンチを潜り込ませる。赤と青、二本のケーブルが横たわっている。そのどちらか片方が正解で、残りが不正解なのだろう。一瞬、ペンチの動きが止まる。
「……ッ!」
レングスが覚悟を決めて、赤のケーブルを選ぶ。そして、ペンチに力を込めて握りしめた、その時――。
『ふぃーっと。……うわぁっ!? な、なんだお前ら!?』
トンネルの壁面に隠されていた壁がすっと浮き上がり横にスライドする。レングスがケーブルを切る直前にあっけなく開いた扉の向こうから現れたのは、油断しきった様子の管理者、サカオである。
俺たち全員の目が点になって、警備NPCたちも管理者保護のため緊急停止するなか、彼女は驚きと困惑の表情を浮かべて俺たちを見つめ――。
『……ッ!』
「あ、コラ! 逃げるな!」
くるりと背中を向けて、隠し扉の奥へと逃げ込んだ。
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Tips
◇軽量偵察巡回用警備NPC“フライングフライ”
隠密偵察のため開発された軽量小型の警備NPC。武装は必要最低限の軽量小型機関銃一丁に止まり、標準的な光学カメラと各種測定センサーを搭載している。機体の上下に取り付けられた計四枚の回転翼によって立体的で機敏な運動能力を獲得している。
同型機と相互に接続した短距離ネットワーク網によるレイドを構築することで、レイド内の機体が反応消失した際に状況を迅速に察知することができる。
安価な機体であるため、基本的には使い捨てを前提に大量に使用する量産機。
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