第1191話「隧道迷宮」

 〈サカオ〉に限らず、地上前衛拠点スサノオの地下には大小様々なトンネルが複雑に入り組む地下トンネル網が存在する。都市インフラの基盤となる縁の下の力持ちであり、その整備は専用の小型NPCによって行われるため、基本的に調査開拓員の侵入は想定されていない。

 とはいえ、蓋をつけて侵入禁止と銘打てば、逆にやる気を出すのが調査開拓員たちである。〈解錠〉スキルを持つ鍵職人たちが堅固な施錠を軽やかに外し、〈製図〉スキルを持つ地図職人が並々ならぬ情熱で上下左右に伸びるトンネルを正確にマッピングする。

 そんなわけで、地下トンネルに入るまでは誰だって案外簡単にできるわけだ。


「問題はここからだな」

「どっちに行けばいいんでしょうねぇ」


 サカオが消えたポイント近くのマンホールからトンネル網に入った俺たちは、早速足を止めざるを得なかった。直径20メートルほどのかなり大きな管に入ったのはいいものの、前後どちらに進めば良いかも分からない。


「この後も分岐しまくるんでしょ。手分けして探すってわけにもいかないね」


 マンホールから続く梯子から飛び降りてきたラクトを受け止める。彼女の言う通り、手分けして探すというのも無理筋だ。


「おじちゃんがドローンを飛ばせばいいんじゃないの?」


 軽やかに着地を決めて、シフォンが言う。


「流石にトンネル全体をカバーできるほど遠くまでドローンは飛ばせん。結局、足で稼ぐしかないわけだが……」

「うわああっ!?」


 言葉の途中、頭上のマンホールから悲鳴と共に小さな体が落ちてくる。俺の両手に降ってきたのは、黒いゴシックロリータのドレスを着たタイプ-フェアリーの少女だ。


「おーい、大丈夫か?」

「勝手に手を離さないでって言ったでしょう!」


 俺の腕に収まったまま、ゴスロリ少女は上に向かって抗議する。梯子をするすると滑り降りてきたのは、巌のような大男、スケルトンのタイプ-ゴーレムだ。


「すまんすまん。ちょっと蓋を閉めるのに手間取ったんだ」

「私より蓋の方が大事なんですの!?」


 見るだけで子供が竦み上がりそうな威圧感を纏う、サングラスを掛けた大男。そして彼に臆することなく拳を振り上げる少女。

 この二人は、俺がトンネル探索に際して呼び寄せた協力な助っ人だ。


「まあまあ、ひまわりもそこまでにしといてやれ。レングスが泣きそうだ」

「レッジ、言うようになったじゃねぇか」


 wiki編集者のレングスとひまわり。二俺がFPOを始めたその日に出会った付き合いの長い二人だ。都市専門のwiki編集者として、各地の詳細な地図を作ったり、立入禁止区域へ立ち入る方法を調べたりしている。

 彼らが偶然ログインしていて、連絡すると二つ返事で来てくれたのは幸運だった。二人がいれば百人力である。


「急な話にもかかわらず、駆けつけてくださってありがとうございます」


 レティがぺこりと頭を下げると、レングスは豪快に笑う。


「いいってことさ! 〈白鹿庵〉案件の優先度は高いからな」

「行方不明の管理者捜索なんて、とっても面白そうですもの」


 地上前衛拠点スサノオ、地下トンネル網ともなれば、その知識量で彼らの右に出るものはいない。それほどに腕利きのwiki編集者なのだ。


「とりあえず、サカオは結構以前から地下トンネルに通っている可能性が高い。てことは、地下で大きい作業をしてるんじゃないかと思うんだが、まとまった面積が取れそうな場所はあるか?」

「正直、どこにでもあるし、どこにもないですわね」


 早速、ひまわりが地図を広げる。wikiに掲載されているものよりもはるかに情報量の多い地下トンネル網の地図だ。まるでスパゲティのように絡みついたトンネルの数々は、気が遠くなるほどの複雑さだ。


「この地図は三日前に作った最新のものですが、おそらく三割くらいは信頼できなくなっています」

「三割!?」


 ひまわりは優秀な地図職人だ。完全な空間認識能力を持ち、どれだけ複雑な道を歩いても、方向を見失うことなく、構造を完璧に把握することができる。そんな彼女が三割信用できないと断言するのは、かなり大胆なことだ。


「パイプの老朽化による迂回や、新設。トンネルの整備は常に行われています。毎秒ごとにどこかが修理され、また何処かが破損しているのです。だいたい二十四時間で全体の一割が変更されると考えていいですの」

「そんなに高頻度で工事されてたんですか……」

「高頻度というか常に工事されていますわ」


 都市の重要な基盤でありつつ、絶対に完成することのない建築物。それが地下整備トンネル網なのだとひまわりは語った。


「管理者であればリアルタイムに全容を把握していて間違いありません。工事計画を工夫すれば、いつでもどこにでも場所を用意できるはずですわ」

「となると、ひまわりでもサカオの居場所は見当がつかないってことか……」


 候補地が絞り込めないことには、探索に出かけることも難しい。何も手掛かりがない状態で調べても、一日経てば一割の道が変わっているのだから。

 しかし、落胆する俺たちに反してひまわりは不適な笑みを浮かべる。


「案外、そうでもありませんわよ」

「そうなのか?」


 首を傾げる俺たち。ひまわりは得意げに相方――太い葉巻を咥えていたレングスに目を向けた。


「サカオは地下に通っていることを隠しているのでしょう? 隠したいことには蓋をする。しっかり鍵をかけて、封じ込める。であれば、ウチのおじさんがなんとかしてくれますの」

「おじさん言うな。ったく、まあ、足跡探すくらいはできるだろうよ」


 レングスは火を指先で揉み消して息を吐く。そして、表情のない顔をこちらに向けて、任せろと歩き出した。

 彼が選んだのはトンネルの前方でも後方でもなく、湾曲した壁面だ。そこに手をつけ、サングラスのままじっくりと眺める。


「俺がトンネル網を自由自在に動かせる権限を持ってんなら……」


 コンコンと指の背で壁面を叩きながら、レングスは呟くように言う。一定のリズムで鳴り響く鈍い音は、壁の向こうがしっかりと詰まっていることを示す。しかし、突然その音がわずかに変わった。コーン、と間延びするような響きだ。

 それを聞いた瞬間、レングスがニヤリと笑う。そして懐から大きな工具箱を取り出し、ライトで壁面を照らしながら何かを探る。


「近いところに扉を作るだろうな」


 小さな針のような工具が、壁に巧妙に隠されていたわずかな隙間をとらえる。深く差し込み、梃子の原理でぱかりと外された壁の下には、謎めいたコンソールパネルが埋め込まれていた。


━━━━━

Tips

◇ピッキングツールキット

 〈解錠〉スキルで使用する工具類が揃えられたツールキット。強力な高周波振動ブレードから繊細なピンセットまで、様々な鍵に対応できるように必要な工具が用意されている。

 工具の紛失にはご注意を。


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