第1190話「ファンの力」

 〈サカオ〉は〈鳴竜の断崖〉の切り立った崖際に広がる都市だ。複雑に建造物が入り乱れ、立体的なパズルのような様相を呈した街並みは、初見で全てを理解することは難しい。

 だが、そんな迷宮都市もそこに住む者にとっては庭のようなものだ。ラブストームの音頭によってSFC――サカオちゃんファンクラブの面々から次々と調査報告が上がってくる。なんとか通りの何番地には数時間前に目撃情報がある、どこどこの店でカレーを食べていたらしい、などなど。様々な情報が飛び込んでくるのだ。


「いちおう、姿自体は見られてるんですね?」

「どうでしょう。サカオちゃんのコスプレをしているタイプ-フェアリーのプレイヤーもいますからね」


 もどかしいのは、上がってくる情報の全てが真実とは限らないことだ。

 レティは調子のいい滑り出しに感激したようだが、ラブストームは首を振る。FPOは一目見てもプレイヤーとNPCの区別が付きにくいゲームだということもあり、この目撃報告の中にはかなりの割合でプレイヤーが混ざっていると言う。


「管理者のコスプレしてる奴は多いのか?」

「多いですね。管理者が新しい衣装を〈シスターズ〉なんかでお披露目したら、一時間後にはそのコピー商品が出回ってますから」

「すごい情熱だなぁ」


 コスチュームプレイ、つまるところ衣装や化粧で特定のキャラクターになり切る文化だが、FPOでも根強い人気がある。それ専用の装備品を製作販売しているバンドもあるくらいで、定期的に大規模なコスプレイベントも開かれているという。

 というか、よく考えればLettyもレティのコスプレである。

 管理者のコスプレというのも人気があり、そのためのセットも売っている。管理者の機体はタイプ-フェアリーであるため、コスプレイヤーもタイプ-フェアリーにするものが多いが、タイプ-ゴーレムでカツラとワンピースだけ着用する猛者もいるようだ。


「そんな真贋入り混じった情報から、どうやってサカオの居場所を特定するんですか?」

「任せてください。ここからがSFCの本領発揮ですよ」


 本当にサカオは見つかるのだろうかと不安がるトーカに、ラブストームは腕まくりして気合いを入れる。そして、町の地図を大きなウィンドウで展開し、そこに目撃報告のあったポイントをピン留めしていく。


「おお、すごい。こんな便利な機能が」

「〈製図〉スキルのテクニックですよ。俺、本業はマッパーなんです」


 次々と色分けしたピンを置きながら、ラブストームはニヤリと笑う。

 〈製図〉スキルは詳細な地図を作るためのテクニックが揃った、地図製作師のためのスキルだ。本業のマッパーなら必須レベルのスキルだが、これがなくとも簡単な地図なら自動で作れてしまうため、それ以外のプレイヤーは全く取得していないという、両極端な性格を持つ。


「緑、黄、赤の順に信頼度が高い情報です。そこに加えて、サカオちゃんの行動パターンも重ねていきます」

「そんなことまで分かってるんですか……」


 NPCは自由に考え行動する。特に管理者は強力な人工知能を搭載し、権限も大きい。とはいえ、ある程度は決まった行動パターンがあるらしい。各地のファンクラブはそれぞれの管理者のスケジュールをまとめ、そこからある程度の行動パターンを特定していた。

 ちなみに、ウェイドは毎朝〈白羽堂〉のジャイアントチョコモナカパフェを食べているらしい。


「まあ、この行動パターンも今はあんまり信頼性がないんですが……」


 そう言いつつも、ラブストームが重ね合わせたサカオの行動パターンは、大まかに赤いピンの位置をなぞっていた。


「おお、すごい!」

「あとはこれを分析すれば――」

「ここだな」


 町の地図を眺めて、気になったポイントに指を置く。ラブストームは驚いた顔でこちらを見るが、間違っているとは言わなかった。


「どうしてそう思うんですか?」

「時系列で見た時、こことここの間で目撃情報が一旦途切れてる。でも、この間の場所は人通りの多いところだから、目撃情報が上がらないってのは考えにくい。それに……、ラブストームさん地下トンネル網の地図はあるかい?」

「ちょうど出そうと思っていたところです」


 苦笑しながら、青年が新たな地図を取り出す。それは、シード04-スサノオの地下の見取り図だ。複雑に入り乱れた大小様々なトンネルがまるでジャングルのツルのように絡まり合っている。


「途中の切れてる二つのポイントの近くには、それなりに大きいマンホールがある。たぶん、ここから地下に潜ってるはずだ」

「すごいですね……。もしかして、レッジさんは〈サカオ〉の地図が全部頭に入ってるんですか?」

「ま、多少は」


 一応、キヨウから頼まれたのだ。それくらいの下調べはしている。


「それじゃ、サカオさんは地下にいるんですね?」

「その可能性は高いかもな。サカオが地下で何をやってるか、思い当たる節は?」


 〈サカオ〉を拠点に置いているラブストームであれば、何か知っているかもしれない。そう思って尋ねるも、彼は眉尻を下げて首を振る。


「まったくありませんね。“推しても推すな”が当ファンクラブの鉄則ですから、サカオちゃんのプライバシーに関わることは詮索しません」

「向こうから公表されてる情報以上のことは分からないってことか」


 ラブストームは力なく頷くが、問題はない。サカオがどこに消えているのか、大体の見当は付いたのだ。あとは地道に足で稼げばいいだろう。


「よし、レティ。早速行ってみるか」

「はい!」


 俺は協力してくれた青年に感謝を告げて、早速〈シスターズ〉を発った。


━━━━━

Tips

◇〈製図〉スキル

 より詳細な地図を作成するためのスキル。様々な観測データを統合的に分析し、それらを元にデフォルトのマッピングシステムではカバーできない精度の地図を作成する。地表部しかカバーできないデフォルトマッピングシステムと異なり、地下部分や洞窟内部といった、通信監視衛星群ツクヨミの支援の届かない範囲でも地図を作ることができる。

 また、地図を利用したデータ分析に関しても、それを支援するテクニックが豊富に用意されている。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る