第1189話「SFCの青年」

 久しぶりに訪れた〈サカオ〉は俺の記憶にある姿から大きく変わって見えた。


「うわぁ、なんだかでっかくなってますね!」

「やっぱりレティもそう思うか」


 ヤタガラスの車窓から身を乗り出し、赤い髪を風になびかせながらレティが歓声を上げる。

 〈鳴竜の断崖〉の広い荒野の中に突然現れる巨大な都市。最近は〈ミズハノメ〉や〈ナキサワメ〉といった小さめの拠点に慣れていたからこそ、地上前衛拠点スサノオの桁違いな大きさが如実に実感される。

 シード04-スサノオ、〈サカオ〉は天を貫く中央制御塔の足元に、立体的に増築されたコンクリートと鋼鉄のジャングルを形成していた。


「〈サカオ〉は最近増改築が急ピッチで進んでるみたいだね。〈アマツマラ〉とか〈ホムスビ〉からの鉄鋼材輸入量も多くなってるし、〈ナキサワメ水中水族館〉の技術提携契約も進めてるんだって」

「お金持ちってことなのかしら」

「つい先日、遊戯区画の大規模アップデートが予告されたらしいよ」


 ネットの情報を集めていたラクトが、〈サカオ〉に関する景気の良い話を列挙する。

 キヨウも言っていたが、〈サカオ〉は財政的に不安を抱えているわけではない。むしろ現状はその逆で、遊戯区画という一大アミューズメントによって都市の中でも随一の収益を上げている。

 遊戯区画では懐かしのアーケードゲームから、クレーンゲームやボードゲーム、TRPG、そして各種ギャンブルが楽しめる。FPOに飽きたら〈サカオ〉へ行けと言われるほど、調査開拓活動から一歩離れた遊びが無数に用意されている。

 そこに大規模アップデートがかかるということは、サカオも遊戯区画の収益的重要性は把握しているのだろう。


「はええ。BBBのコースにも改修が入るんだって」

「普通にめちゃくちゃ勢いあるじゃないですか」


 砂漠の広がる荒野の崖際にある町ということで資源に乏しい〈サカオ〉だが、その活気は〈ウェイド〉や最前線の海洋資源採集拠点に負けず劣らずといったように見える。

 とはいえ、そんな乗りに乗った話が次々と出てくるほどに、俺のなかの不安も大きくなっていく。その種となっているのは、先日キヨウから伝えられた言葉、キヨウが何かを隠そうとしている疑いがあるという事実だ。


「はぁ、緊張するな」

「別に監査しに行くわけでもないんだし、そんなに気負わなくていいんじゃない?」

「それもそうなんだけどな」


 エイミーに言われて頷くが、やはりどうにもやりにくい。

 ともあれ、そんな俺たちを乗せてヤタガラスは滑らかにレールの上を走り、地上前衛拠点シード04-スサノオへと入っていく。


━━━━━


「サカオがいない?」

『そうなんですよ。都市運営自体は滞りなく行われているので問題ないんですが、心配ですよね』


 〈サカオ〉に着いた俺たちは、ひとまず管理者に会おうと連絡を取ってみた。しかし、フレンドリストからTELをかけてみても繋がらない。中央制御塔の中にも見当たらない。苦肉の策として管理者たちが調査開拓員との交流を目的として働く喫茶店〈シスターズ〉へとやって来た。

 しかし、ここにもサカオの姿は見当たらず、それどころかここ数日のシフトも突然キャンセルされてしまったのだと、店員のNPCの少女が嘆息していた。


「サカオから何か理由は?」

『いいえ。多忙により〈シスターズ〉での営業は一時休止する、とだけ』


 サカオ目当てのお客さんも多いのに、と少女は眉を寄せる。〈シスターズ〉は日替わりで各地に管理者が登場するが、〈ウェイド〉ならウェイド、〈キヨウ〉ならキヨウとその都市の管理者が出てくることが多くなっている。〈サカオ〉支店には当然サカオ目当ての客が多くやって来るのだが、彼らも困惑しているようだ。


「遊戯区画の拡張とかBBBコースの改修で忙しいってことか?」

「それにしたって、別に〈クサナギ〉の演算リソースを全て割くわけではないと思いますけど」


 管理者が管理者機体を動かして調査開拓員との交流を取っていても、本体である中数演算装置〈クサナギ〉はそればかりに集中しているわけではない。ウェイドがパクパクとパフェを食べている間にも、〈ウェイド〉の都市運営はつつがなく進められているのだ。

 だから、多忙を理由にサカオが店を休むというのも、少しおかしな話ではある。


「となると、機体自体は動かしてて別のどこかにいるってことかしら」

「そうなるよね」


 管理者は機体を切り替えることはできるが、同時に二体以上動かすことはできない。〈シスターズ〉に来られないということは、別のどこかで作業をしていて手が離せないということになる。


「手分けしてサカオさんを探しますか?」

「流石に手に余るよ。範囲が広すぎる」


 レティの提案をラクトが無理筋だと断る。比較的小さな海洋資源採集拠点なんかでも探すとなればかなり大変だろうに、地上前衛拠点ともなればもはや砂漠に落ちた一粒の金を探すような話だ。


「あのー」


 その時、突然外から声が掛けられる。振り返ると、〈シスターズ〉の店内でコーヒーを飲んでいた青年がひとり、遠慮がちに近づいてくる。


「レッジさんですよね。〈白鹿庵〉の」

「ええ、はい」


 彼の顔に見覚えはない。要件が掴めず首を傾げていると、青年はぺこりと頭を下げて口を開いた。


「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど、聞こえて来てしまって」


 〈シスターズ〉は割合狭い店内だ。そこで話していれば、聞きたくなくても聞こえてくるだろう。そこに怒るつもりはないのだが、青年はどこまでも腰を低くして、前置きをした上で切り出す。


「その、サカオちゃんを探してる、感じですか?」

「そうですね。実は、ウェイドからサカオの事を支援してほしいと頼まれまして」

「流石レッジさんですね……」


 事情を軽く説明すると、青年は目を輝かせて感激する。

 つい忘れそうになってしまうが、管理者クラスのNPCって普通はなかなか会えないんだよな。


「申し遅れました。俺たち、SFC――サカオちゃんファンクラブの会員でして」


 気を取り直した彼は、そういってフレンドカードを取り出した。受け取ったそれはサカオの横顔が描かれており、SFC会員限定モデルと記されている。

 彼の名前はラブストームというようで、SFC会員No.007という筋金入りのサカオファンのようだった。


「実は、SFCの中でもサカオちゃんが行方不明になることが報告されてるんです。別に四六時中尾行してるわけじゃないんですけど、みんなサカオちゃんが好きでこの町に入り浸ってる奴らばっかりですから、町で見かけたら自然と掲示板で報告したりして。でも、最近は半日くらいどこからも目撃報告が上がらないこともあって」

「なるほど……」


 世の中にはいろんなプレイヤーがいるもんだ。

 ラブストーム氏も見たところかなり高レベルな戦闘職のようだが、わざわざこの町を拠点に据えているあたり、サカオへの思いがよく分かる。


「もしレッジさん達がサカオちゃんを探してるなら、俺たちにも協力させてください。この町のことなら、誰よりも詳しい自信がありますから」


 どん、と力強く胸を叩くラブストーム。彼らも推しが行方不明となると心配なのだ。

 〈サカオ〉を拠点としていて、誰よりもサカオのことを愛している彼らの力を借りられるのならば、こんなに心強いことはない。しかし、なぜ彼らが俺たちに力を貸してくれるのかが疑問だった。そのことを彼に伝えると、すぐに答えが返ってくる。


「俺たちが付きまとえばストーカーですけど、レッジさんはなんというか、サカオちゃんのお父さんみたいなイメージがあるので」

「うーん?」


 なんだかよく分からない理論だ。俺に娘はいないんだけどな。


「レッジさんは管理者のことを雑に扱ったりしないじゃないですか。だからSFCだけじゃなくてKFCやWFCのメンバーも感謝してるんですよ」

「感謝?」


 挙げられた名前はおそらくキヨウやウェイドのファンクラブのことだろう。管理者の数だけ、系列の集団があると考えて良いはずだ。

 ともあれ、感謝される理由がよく分からない。


「俺たちが管理者と交流できるのも、〈シスターズ〉や〈万代の宴〉ができたのも、レッジさんのおかげですからね」

「ああ、そういう……」


 どうやら、俺が今までやって来たことが功績として認められているらしい。まったく意識していなかったことだけに驚くが、感謝されるなら悪い気はしない。


「なので、各ファンクラブ会員の中にはレッジさんに敬意を込めて、ゴッドファーザーとかお義父さんとか言う人も――」

「そ、それはできればやめてください」


 熱のこもった声に若干気圧されながらも苦笑する。顔も知らないプレイヤーから一方的に認知されていることには慣れてきたが、よく分からない二つ名で呼ばれるのはむず痒すぎる。


「ともかく、俺たちにも手伝わせてください!」


 ラブストーム氏の熱意は十分伝わった。

 餅は餅屋、というわけでもないが、彼らの手を借りれば百人力だろう。俺は彼と握手を交わし、協力関係を結ぶことにした。


━━━━━

Tips

◇サカオちゃんファンクラブ

 地上前衛拠点シード04-サカオを活動拠点とする、管理者サカオの非公式ファンクラブ。非バンド組織であり、公式掲示板上のいちスレッド“サカオちゃんの魅力を存分に語り合う紳士たちの社交場”が基点となっている。

 現在、会員数は7,800人を越え、〈サカオ〉だけでなく各都市にも支部が置かれている。

 活動内容としては管理者サカオの魅力を語り合う交流だけに留まらず、〈サカオ〉を訪れた調査開拓員に向けた観光案内や、ファンクラブ会員同士での調査開拓活動協力支援なども行っている。

 また、SFC、WFC、KFCといった他ファンクラブとの交流も積極的に行っており、定期的にファンクラブ交流イベントなどが開催されている。

 “推しても押すな”が合言葉であり、紳士的な節度とマナーを守った推しごとの遵守が言明されている。

 ――SFC会報、“当クラブについて”より


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