第1185話「陽気の罠」

『そんなら、よろしゅう頼みます』

「はいよ。まあ、そんなに期待しないで待っててくれ」


 ウェイドから個人的に頼まれて、俺たちはシード03-スサノオ、〈キヨウ〉へやって来た。調査開拓員の数が少ないとはいえ、それは他の都市と比べた話で、実際に町を訪れてみると十分に活気がある。正直、俺たちが任務をこなしたところでそこまで影響はないかと思っているのだが、街の中央にある制御塔を訪れるとわざわざキヨウが出迎えてくれた。

 彼女はウェイドから連絡を受けて、事前に俺たちに依頼したい任務というものを見繕ってくれていた。どうやら、この町を訪れるプレイヤーには少し難易度が高すぎたり、手間がかかったりして、自然と残ってしまう任務というのがいくつかあるらしい。


「要は残業処理ってこと?」

「まあまあ。管理者からの任務は誰かがやらないといけないお仕事ですからね」


 最初は俺一人で行こうと思っていたのだが、予定を伝えるとレティたちも二つ返事で着いて来てくれた。ラクトもキヨウから渡された任務を眺めて眉を寄せているが、わざわざ時間を合わせてログインしてくれたのだ。


「それじゃあ、早速やって行くか」


 〈キヨウ〉で受注できる任務は、都市周辺――〈角馬の丘陵〉やその隣接フィールドを対象とした内容のものが多い。手始めに取り上げたのは、丘陵に生息するネームドエネミー“突風のアルトーネ”と“烈風のナイトーネ”を討伐せよ、という任務だった。


「この二体の情報は?」

「wikiに載ってましたよ。流石に第四域のエネミーはどれだけレアでも情報が出揃ってますねぇ」


 レティがウィンドウを開きながら言う。〈怪魚の海溝〉や〈塩蜥蜴の干潟〉なんかにいると、出てくる原生生物はほとんど初対面で、弱点属性どころか行動パターンすら全く不明なことが前提みたいなところがある。

 しかし、〈角馬の丘陵〉ともなればほとんど全ての原生生物に関する情報が出揃っている。“突風のアルトーネ”と“烈風のナイトーネ”も結構レアなエネミーらしいが、レティが開いたwikiのページには詳細な情報がぎっしりと書き記されていた。


「うわ、特殊条件ポップのエネミーじゃん」


 俺の横からウィンドウを覗き込んで、シフォンが口をへの字に曲げる。

 特殊条件ポップ、読んで字のごとく、特殊な条件を満たすことで出現する特別な原生生物ということか。


「なになに? 水曜日の12時から15時までの間、“濃紫草”の群生地に“黄金人参”を二つ置く、そこから30メートル以上距離を取った上で隠れていれば30分後にアルトーネがポップする。アルトーネが“黄金人参”を一本完食した後眠り、30分後にナイトーネがポップ。ナイトーネがポップする前にアルトーネを討伐した場合、ナイトーネは出現しない。アルトーネとナイトーネのどちらかを先に倒すと、残った方は時速200キロ越えの超高速機動を得る。……め、面倒くさい!」


 ポップ条件を読み上げたラクトが悲鳴を上げる。

 これは確かに、討伐任務が残り続けるのも理解できる難解さだ。


「ていうか、時間は大丈夫なのか? あと、黄金人参も必要なんだろ?」

「うげ。一応水曜日ですけど、もう14時半ですね。市場に人参は売ってると思いますし、探して買って、急いで仕掛けてみましょう」


 時間を確認するとポップ条件の制限時間が迫って来ている。俺たちは急いで市場へ向かい、黄金人参を探す。


「レッジさん、ありましたよ!」

「でかした!」


 黄金人参自体は、馬系原生生物を手懐けたテイマーにとっては定番の餌ということで、よく売っている。まあまあ高い――というか任務報酬を見たらほとんど儲けが出ないことに気付いてしまったが、まあ仕方ない。

 トーカが見つけてくれた青果店で金色に輝く人参を購入し、街の外へ出る。


「濃紫草の群生地ってどこなんです?」

「あっちの方ですね」


 地図も詳細なものがwikiに載っているから、迷うことなく丘陵地帯の一角へと向かう。“濃紫草”という上質な染料の原料となる植物が繁茂し、丘ひとつが鮮やかな紫色に染まった土地は、遠くからでもよく目立つ。


「レティ、とりあえず人参置いて来てくれ。俺はテントを準備する」

「了解です!」


 レティが丘を登って人参を配置している間に、俺もテントを立てる。普段はあまり使わない、隠蔽型のテントだ。周囲の草むらに馴染むような緑色で、背も低く中も狭い。そこに〈白鹿庵〉の全員が鮨詰めになるのだから、なかなか窮屈だ。


「すまん、ラクト」

「だ、大丈夫。仕方ないし!」


 特に小柄なラクトなんかはひょっとすれば押し潰してしまいそうだ。


「戻りましたー。ああっ! レティも入れてくださいよ!」

「むぎゅっ」


 戻ってきたレティがわざわざ俺とラクトの間に身を捩じ込んでくる。Lettyがせっかくスペースを確保してくれていたのに……。ラクトが押しつぶされて変な顔をしている。


「すみませんねぇ。狭いので密着しちゃうのもやむなしというか」

「ソウダネー」


 妙に楽しげなレティに、ラクトが棒読みの声で答える。

 やっぱりテントは広々していた方が過ごしやすいなぁ。

 ともあれ、そのままの状態で30分だ。正直、めちゃくちゃ長い。しかも本日の丘陵は晴天で、暖かな風がテントの中にも吹き込んでくる。


「はえぇ」

「シフォン、寝るな」

「はえっ!?」


 春らしい陽気にシフォンが身を丸めてうつらうつらと船を漕ぐ。彼女だけでなく、レティやラクトまで瞼が重そうだ。

 眠気を覚そうにも、あんまり騒いだらアルトーネたちがポップしない。


「レッジ、状況が動いたら起こしてちょうだい」

「エイミーさん!?」


 エイミーが早々に寝の体勢にはいる。テントの背が低いこともあって、彼女は変に力を入れているよりもうつ伏せになっている方が楽なのだ。


「うぅ……。わたしも……」

「ラクトまで……」


 エイミーが寝入ったところで、ラクトも彼女の背中によじ登る。そして、まるでカメの親子かと言いたくなるような格好で眠り始めた。


「これ、仮想現実で眠ったらどうなるんでしたっけ?」

「仮想現実そのものが夢みたいなもんだからな。別に問題があるわけじゃないが……」


 実際、VRゲームで寝落ちするプレイヤーもいる。現実の体はベッドなんかで横たわっていて、リラックス状態にあるわけだから、特段不思議なことではない。そもそも、レティの大食いなんかもそうだが、ある程度の情報は夢化処理が施されて曖昧にされるため、仮想現実で起きているか寝ているかの区別は現実でさほど大きな問題にはならないのだ。


「ふあぁ……。ラクトの寝顔見てたら、レティまで眠たくなって来ました」


 穏やかな日差しがテントに差し込み、遠くで馬の軽やかな蹄の音が響く。地面がほのかに暖かく、サワサワと草原を撫でる風の音も心地よい。

 トーカやLettyも次々と脱落していく。


「ふにゃぁ」


 ついにはレティまで陥落してしまった。

 俺もまた、薄れゆく意識のなかで、なぜこの任務がずっと残っていたのかを悟る。七面倒くさいポップ条件が直接的な理由ではなかった。もっと凶悪なのは、この心地よさ――。


「……アルトーネとナイトーネ、倒した」

「うおっ!? はっ、ミカゲすごいな!?」


 どさりとテントの近くに重たい何かが転がされて飛び起きると、立派な白馬と黒馬が一撃で仕留められていた。やったのは俺たちがスヤスヤ寝ている間もしっかり起きていたミカゲ先生だ。


「忍者は忍ぶのが、得意」


 寝ぼけ眼を擦りながら起き出したレティたちを一瞥しながら、彼はそう言ってピースサインをこちらに向けた。


━━━━━

Tips

◇“疾風のアルトーネ”

 〈角馬の丘陵〉に生息する希少な原生生物。馬に似た姿で、美しい白い毛並みをしている。非常に繊細な性格で、周囲に何かの気配があると姿を表さない。また、非常に力強い脚を持ち、風のように駆けることができる。

 自身に似た、黒色の駿馬を生涯の伴侶とし、強い絆で結ばれ、常に共にいる。


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