第1184話「甘い儲け話」
久しぶりに〈ウェイド〉にあるガレージへと戻ると、仁王立ちしたウェイドが待ち構えていた。何やらご立腹の様子だったので話を聞いてみると、どうやらパブリックデータベースに投げた情報が機密保持契約に違反しているという。
「ちゃんとちょっと隠してアップロードしたはずなんだがなぁ」
『推察できる範囲の情報隠蔽は逆効果なんですよ。おかげで町のあちこちで建物溶解騒ぎが勃発して大変だったんですからね』
「すまんすまん」
すっかり倉庫になってしまったガレージに〈塩蜥蜴の干潟〉から持ち帰ってきたアイテムを収納していく。その間にもウェイドはぷりぷりと怒っていた。
せっかく情報をまとめて分かりやすくレポート形式でアップロードした各種情報は閲覧制限がかかり、当然金も入ってこない。いちおう、レポートの価値自体は認められたため、それをウェイドが買い取るという形で賠償金と完全に相殺してもらったが。
「あ、でも閲覧制限かかってない記事もあるな」
荷物整理がひと段落し、どれくらい記事が取り下げられてしまったのか確認すると、案外残っているものも多い。ほとんどは〈塩蜥蜴の干潟〉に関するレポート記事だが。
『機密保持に抵触せず、調査開拓員の活動を促進させると判断されたものは問題なく閲覧できるようにしています。当然、報酬も発生しますよ』
「そりゃ良かった。助かるよ」
ネヴァのところで色々作ったり、ウェイドに賠償金支払ったり、ナキサワメに賠償金支払ったり、最近なにかと物入りなのだ。というか、惑星イザナミに降り立ってから今まで、懐に余裕があった試しがない。まるで俺の財布だけ底が抜けているかのようだ。
「しかし、何か良い金策はないもんかね」
PBにアップロードした記事の閲覧報酬が早速入ってきているが、まあめちゃくちゃ大金というわけではない。こういうのは継続的に書いて、量を増やすのが肝要なのだろう。
『そんなにお金が欲しいなら、任務をこなせばいいじゃないですか』
どこから取り出したのか大きなシュークリームを両手で抱え、ウェイドがそんなことを言う。
「任務か……。そういえば、最近は特別任務くらいで、ほとんど受けてなかったな」
色々とイベントが立て込んでいたのもあるが、各地の中央制御塔で受注できる任務のことをすっかり忘れていた。調査開拓員が金を稼ぐ手段といえば、真っ先に思い付かなければならない基本中の基本だろうに。
『もぐもぐ……。最近は任務以外にもできることが増えましたからね。調査開拓団全体でも任務の受注数は予想水準より低いんですよ』
「まあ、そうだろうなぁ」
まだアップデートの進んでいなかった初期のFPOであれば、ビット獲得手段は任務を受注して目標をこなすことがほとんど唯一の方法だった。しかし、それから何度も大規模なアップデートが行われ、調査開拓員の活動の幅は広がった。
例えば、NPCから個人的に頼まれる
〈賭博〉スキルに特化させて、〈サカオ〉の遊戯区画でギャンブルに明け暮れる者もいる。
オークションハウスやマーケットでアイテムの売買を行い、差額で稼ぐ者もいる。
プレイの幅が広がったことで、稼ぐ方法も増えた。その結果、基本の任務遂行がおろそかになっているのだ。
『〈
プレイヤーの初期地点である〈スサノオ〉から最前線である〈塩蜥蜴の干潟〉までの直線上に存在する都市は、まだ活気がある。しかし、そこから少し外れた場所に位置する都市は、どうしても少しひとけが減ってしまう。熱心なファンも多いのだが、大きな流れとしては避けられない。
「キヨウ祭とかBBBもやってるんだろ?」
『もちろん。ただ、そのイベントの前後に外部から人が集まってくる、といった流れが決まりつつありますね』
「なるほど……。都市運営も一筋縄じゃ行かないんだな」
人が減れば経済も停滞し、結果として都市の維持にも負担がかかる。サカオやキヨウも頑張ってはいるようだが、それでも資金が潤沢にあるウェイドや新進気鋭のナキサワメなんかと比べれば差は否めないという。
「それなら、ちょっとあの辺行ってみるかな。どうせ暇だし、日頃迷惑かけてるお詫びも兼ねて」
『どうして私のところじゃないんですか……、と言いたいところですが、まあこっちはまだ余裕がありますからね。〈キヨウ〉も〈サカオ〉も調査開拓活動上重要な拠点です。よろしくお願いしますよ』
俺たち〈白鹿庵〉は別に情報で食っている攻略組というわけではない。面白そうなことがあるなら、そっちを優先する。
それに、久しぶりに第一開拓領域に戻って初心を思い出すというのもいいだろう。
「あ、そうだ」
『どうしたんです? また何や厄介ごとですか?』
ふと思い出して声を上げると、ウェイドは露骨に身を引く。そんなに警戒しなくてもいいのに……。
「まだ書きかけのレポートが一つあったんだよな。ただ、それも機密に抵触するかも知れないし、一応確認してくれないか?」
『おお……。レッジが事前に確認をとるという事を覚えるなんて……』
「どこで感激してるんだよ。こう見えてもちゃんと社会人やってたんだぞ」
大袈裟に驚いてみせるウェイドに呆れながら、テキストデータを彼女に送る。
「植物園の22層第1チャンバーに収容されてる木の樹液を解析した結果なんだが……」
『そんなものダメに決まってるじゃないですか! 機密中の機密ですよ!? こんなもの絶対に公表できません。今すぐ消去してください』
予想通り、ウェイドは目を吊り上げて怒る。やっぱりそうだよなぁ。
「サトウキビの糖度と成長速度とサイズを大幅に強化する遺伝子配列を見つけて、これを応用すれば砂糖がかなり増産できそうなんだが」
『これは調査開拓活動においてとても有意義な発見ですね。情報の取り扱いには最新の注意を払う必要はありますが、今後の領域拡張プロトコルの促進のためにも今すぐ実用化を目指して動き出す必要があるでしょう』
「なんか早口だな?」
ウェイドはさっきとまるで違う事を言って、こちらにデータを返してくる。
『いいから迅速にレポートを完成させ、提出してください。それが終わるまで〈ウェイド〉から出しませんよ』
「管理者権限使わないでもすぐに書くよ……。どうせ頭の中では仕上がってるんだ」
早く早くと青い瞳で急かしてくるウェイドに肩を竦め、キーボードを呼び出す。結局、俺がレポートを完成させるまで、彼女はガレージに居座って山のようなスイーツを食べながら、見張っていた。
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Tips
◇砂糖増産計画
管理者ウェイドの主導で進められる、砂糖の大規模な増産計画。現在の生産量から最低5倍、最大無制限での増産を目指す。
“より甘く、より白く。砂糖は調査開拓活動において非常に重要な戦術的資源です。その生産、備蓄は領域拡張プロトコルにおいても非常に重要であり、増産は可及的速やかに行うべき課題となっています。調査開拓員各位はこの事実をよく理解した上で、本計画への積極的な参加を実行してください。”――管理者ウェイド
“甘いものが食べたいだけじゃろ”――指揮官T-1
“あなたに言われたくありません!”――管理者ウェイド
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