第1183話「新情報の値段」

「せいやーーっ!」


 張り切ったレティの大声と共に干潟が揺れる。強い衝撃によって泥が捲れあがり、その下から巨大ハゼが飛び出してくる。平穏を乱す外敵に怒りをあらわにするハゼだったが、勢いよく体を動かそうとして自由が封じられていることに気付く。


「固定完了! たぶん、3分くらいで壊されるけど」

「それだけあれば十分ですよっ!」


 干潟が凍りついてきた。

 ラクトの強力なアーツによって水分が凍結し、泥中に体の半分ほどを埋めていたハゼごと氷結させているのだ。

 ハゼは自分が窮地に立たされていることに気付く。氷から逃れようと必死にもがく。しかし、もはやそれは致命的なほどの隙だった。

 足元は凍結し、滑りやすいが安定している。蹴れば十分な力を返し、二匹のウサギが飛び跳ねる。一人の侍が鯉口を切る。打撃と斬撃、暴力の嵐。


「うらああああっ!」

「せいっ!」

「はぁああああっ、どっこい!」


 自由を封じられた状態でタコ殴りにされ、ハゼは瞬く間にHPを失う。しかし、体格に見合ったタフネスを持つ彼は、それでもまだ倒れない。普通のパーティであればかなり苦戦するだろう。ちょっとしたボスエネミー並の実力を遺憾なく発揮している。


「エイミー!」

「任せなさい。『水弾く大傘』ッ!」


 ハゼが膨れ、口から大量の泥を吐き出す。もろに浴びれば瞬く間に動けなくなる厄介な泥だが、それはエイミーが展開した半透明の傘によって阻まれる。

 水属性攻撃を弾く防御機術であり、それは水分を多量に含んだ泥に対しても有効だった。とはいえ、泥の半分以上は土であり、傘で支え切れるほどのものではない。しばらく持ち堪えた後、細かな破片となって砕ける。だが、レティたちはその数秒の間に余裕を持って退避できるため、問題はなかった。


「わたしのターン! 『ドロー』ッ!」


 泥吐きは効果も厄介で範囲も広い大技だが、それだけに隙が大きい。レティたちが後方に退避したのに入れ替わるように、シフォンが前に飛び出してタロットカードを一枚引いた。


「やった、戦車! 『勝利の大戦車ヴィクトリータンク』ッ!」


 運よく引き当てたのは、強力な中近接物理攻撃のカード。泥の中から轟音と共に現れた、濃緑色の迷彩柄を身に纏った近代戦車。三つの砲塔がうなりを上げて旋回し、照準をハゼに合わせる。


「どっかーーーんっ!」


 シフォンの号令と共に、砲声が突き抜ける。

 ハゼの体に三つの風穴が開いた。それがトドメの一撃となり、巨体がゆっくりと倒れる。干潟に地響きが広がり、また一体原生生物が死んだ。

 その数十秒後、ラクトによって維持されていた氷の舞台が、役目を終えて砕けた。


「よしよし、いい感じじゃないか」


 倒れたハゼを解体するため、俺もテントから出る。

 レティが地面を叩いてエネミーを誘い出し、ラクトが舞台を整えてついでに氷で動きを止める。最初の一撃はレティ、Letty、トーカによる全力攻撃。それでも落ちなければエイミーが反撃を受け止めて、シフォンやミカゲが追撃を加える。

 〈塩蜥蜴の干潟〉に合わせて練り上げた作戦は、それぞれが自分の動きに慣れてきたこともあって成果を上げられるようになっていた。

 特にラクトによる地面凍結がかなりの威力を発揮しており、そのおかげで危なげなく戦闘を進めることができている。


「ラクトは流石だな」

「ふふん。ま、これくらいわたしにかかれば朝飯前だけどね」


 得意げなラクトを褒め称えていると、レティたちも戻ってくる。


「レティたちもお疲れ。テントにドリンクがあるぞ」

「わーい! ありがとうございます」

「ほんと、福利厚生が手厚すぎるわね……」


 いくらラクトが凍らせているとはいえ、戦いの余波で泥は跳ねる。レティたちも顔に泥を付けてすっかり歴戦のゲリラじみた見た目になっている。せめてゆっくり休んでもらおうと、俺とカミルでテントを整えていた。


「あれ、ミカゲは何やってるんだ?」


 レティたちがテントへ向かうなか、ミカゲはハゼの近くで何やらメモを取っていた。解体してもいいのか確かめると、彼は頷いて下がる。


「ちょっとだけ、情報収集。本職じゃないけど、前線の原生生物の情報は、高く売れるから」

「えっ? 情報って売れるのか?」


 驚いて尋ねると、ミカゲは覆面の下からでも分かるくらい呆れる。どうやら、結構な一般常識だったらしい。


「〈大鷲の騎士団〉とかも、主な収入源は、情報提供料」

「そうだったのか……。人材派遣だと思ってたぞ」


 最大手攻略バンド〈大鷲の騎士団〉は、〈塩蜥蜴の干潟〉に一番乗りしたことでまた名を上げている。その規模が規模だけで大量のビットを稼いで大量のビットを消費しているビッグバンドだ。

 てっきり、俺は護衛などの人材派遣がバンドの収入源になっているものだと思っていたが、どうやら違っていたらしい。

 攻略バンドはその名の通り、誰よりも率先してゲームを攻略し、得られた情報を後続に公開する。水先案内人のような役割がある。

 調査開拓を第一目標とするFPOでは、情報にも一定の価値が与えられるようだ。


「写真を撮ったり、倒した時の戦い方を簡単に書くだけでも、お小遣い稼ぎくらいにはなるから」

「そうだったのかぁ」


 ミカゲの話を聞きつつ、パシャパシャと写真を撮る。いや、別に他意はないんだが、最近金欠でね。

 撮った写真なんかをパブリックデータベースにアップロードしておけば、閲覧数なんかに応じてロイヤリティが支払われるとのこと。こ、こんなお手軽お金稼ぎ手段があったなんて……。

 パブリックデータベースは知っているし、俺も色々細かいプログラムなんかをアップロードしている。とはいえ、権利料は別にいらないと思ってフリーにしていた。まさか、こういう写真や鑑定データまで値段が付くとは。

 当然だが、未知の情報であればあるほど、値札の額も大きくなる。攻略組と呼ばれるようなプレイヤーが新天地を目指す強烈なインセンティブにもなっているのだ。


「ちなみに、解体で手に入れたアイテムなんかを鑑定して情報をアップロードしても、稼げるのか?」

「もちろん。レアドロップの鑑定データなんかは、いい値段がつく」

「なるほどね」


 そうと決まれば解体だ。最前線の強い原生生物だからそろそろ“身削ぎのナイフ”も使いにくくなってきたが、できるだけ高品質なドロップアイテムを入手しなければ。

 気合いを入れて巨大ハゼを解体していると、ミカゲはそんな俺を見守りながらレポート執筆へと戻る。


「しかし、どんな情報でも金になるのか。いいことを聞いたぞ」


 俺はハゼの体表に表示された赤線をナイフでなぞりながら、新たな儲け話に胸を躍らせた。

 もちろん、機密情報などを漏洩することはできないようだが、需要がありそうな情報にはいくつか心当たりがある。さっそく、その辺りを公開してみよう。


━━━━━


『はー、最近は久しぶりに平和ですねぇ』


 シード02-スサノオ、またの名を〈ウェイド〉。瀟洒な洋風の街並みを、管理者ウェイドは視察がてら巡っていた。最前線からも遠く離れた後方の町、その通りを歩くのはまだ初々しい雰囲気を残した調査開拓員たち。もしくはこの町の風景を気に入って拠点に据えた者。つまり、街中で突然暴れるようなならず者はそういない。


「お、ウェイドちゃん! 新作のクレープができたんだ。試食してくれよ」

『あら、それは仕方ありませんね。私が責任を持って正当な審査を行いましょう』


 管理者は有名人である。町を歩けば通行人によく声を掛けられる。今、彼女に声をかけたのは通りに店を出すクレープ店の店主だった。タイプ-ゴーレムのいかつい男だが、手がけるのは繊細で綺麗なクレープ一筋というこだわり屋だ。

 〈ウェイド〉はスイーツの町としても知られ、商業区画には多くの甘味処やパティスリーが立ち並ぶ。ウェイドは視察中、そんな店の者から試食を勧められることが多々あった。

 店先のベンチに腰を下ろし、クレープを受け取る。たっぷりの生クリーム、チョコソース、そして新鮮なフルーツが載せられた、ボリュームたっぷりの一品だ。一見するとシンプルにも見える外見だが……。


『ぱくっ。……はっ! これはっ!』


 一口食べたウェイドは、口の周りを生クリームで汚しながら目を見開く。

 しっとりもっちりとした生地の中から溢れでそうなほど現れたのは、キラキラと輝く小さな粒。一つ一つが口の中でプチプチと弾け、優しい甘さが飛び出してくる。


「くくくっ、実はT-1ちゃんの稲荷寿司にインスピレーションを受けてな。中にはジュエルフィッシュの卵のシロップ漬けが入ってるんだ」

『発想の経路がよく分かりませんが、これはとても美味しいですね!』


 甘さやボリュームだけではない、食感も楽しい新感覚のスイーツだ。ウェイドは気がつけば、ジュエルクレープをあっという間に完食していた。

 恐ろしい。何よりも恐ろしいのは、自動的に算出された推定摂取カロリーの数字である。砂糖の塊であるクレープは、その可愛らしい見た目に似合わない凶悪な熱量をその身に宿している。

 まあ、管理者専用機は太らないので、実質カロリーゼロである。


「いやぁ、ウェイドちゃんの食べっぷりは見てて気持ちいいよ」

『こちらこそ、見事なクレープでした』


 管理者の太鼓判を得られれば、商品にも箔がつく。ウェイドは無料で甘いスイーツが食べられる。まさにWin-Winの関係である。

 ただ、唯一気がかりなことが、ウェイドにはあった。


『しかし、ジュエルフィッシュの卵は非常に硬く、それこそ宝石のような硬さだったはず。シロップに漬けたところでここまで柔らかくなるとは思えないのですが……』

「うん? ああ、それは加工に使えそうな情報がパブリックデータベースにあってな」


 首を傾げるウェイドに、店主は快く秘密を明かす。


「植物園の第28階層の第3チャンバーにある“融滌する黒泥の蝕花”っていう植物の汁を使えば――」

『ぶぶぶーーーっ!?』


 食後の紅茶を飲んでいたウェイドは思わず吹き出す。

 植物園――植物型原始原生生物管理研究所の第28階層といえば重大警戒区画にしていされ、外に絶対に出してはいけないレベルの強力な原始原生生物を保管しているところである。なぜそんなところにあるはずの植物の汁が出回っているのか。


「あ、安心してくれよ。ちゃんと無毒化された衛生的に問題のない代用品を使ってるんだ」

『なんでそんなものが出回ってるんですか!?』

「出回ってるも何も、パブリックデータベースに色々公開されてるんだよ」


 店主の言葉を聞くや否や、ウェイドはパブリックデータベースにアクセスする。検索すれば、すぐに目当ての情報が出てきた。


『が……っ!?』


 それを見たウェイドは絶句する。

 機密指定に分類されているはずの危険な原始原生生物。それから採取できる非常に危険で取り扱いに細心の注意が必要なアイテム――に組成が限りなく酷似した代用品の製造方法が大量に羅列されているのだ。

 彼女はすぐさま管理者権限で非公開化し、情報提供者を確認する。そして――。


『あんの、バカーーーーーッ!』


 町中に響き渡る絶叫の後、彼女の機体は高ストレス反応によって緊急停止した。


━━━━━

Tips

◇ジュエルクレープ

 ジュエルフィッシュの卵を特殊な製法で柔らかくして、甘いシロップに漬けたものを贅沢にトッピングしたゴージャスなクレープ。プチプチとした食感が楽しく、食べ始めたら止まらない。


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