第1182話「氷属性の使い方」
「ぐへぇ。どろどろネチャネチャです……」
「まったく、ひどい目に遭いました」
「お疲れさん。とりあえずテントで休んでくれ」
シャコと戦っていたレティたちが戻ってきたのは、たっぷり十分ほど経ったあとのことだった。全身泥まみれで帰ってきた彼女たちは、勝利の喜びも薄く、テントへ倒れ込むようにして休息を取りはじめる。
レティ、Letty、トーカと〈白鹿庵〉きってのパワーアタッカーが揃っているというのに、随分と苦戦した様子だ。
「あのシャコ、そんなに強かったのか?」
「強いなんてもんじゃないですよ」
髪の毛について乾いた泥を手櫛で落としながら、レティは嘆息する。
「動きは早いし、防御は硬いし、的は小さいしと、三拍子揃ってるんです」
「そのうえ、遠隔攻撃までできる強烈なパンチを繰り出してきますからね。動きのパターンを覚えるまでは防戦一方でした」
「正直、ポリキュアよりも手強いんじゃないかと」
トーカもLettyも揃ってアイツはヤバいと力説する。しかも、そこに加えてこの干潟そのものの特性が厄介なのだ。足にまとわりつく泥は、レティたちの機動力を確実に奪ってしまう。跳躍しようにも足元が不安定ではうまく飛べない。
「とにかく大変ですね。ここの攻略は大変そうですよ」
まだ辿り着いて一時間も経っていないが、レティたちは干潟の過酷さを思い知ったようだ。
「とりあえず泥を効率的に落とせる方法を考えないとなぁ」
「ちょっと〈怪魚の海溝〉に戻って軽く泳いできますよ」
泥だらけのレティはそう言って、トーカとLettyを引きつれて海の方へと歩いて行った。まだ海まで往復10分程度の近場なので、そういうことができる。
とはいえこの広い干潟を隅々まで探索するとなれば、泥だらけになるたびに海に戻るというのも難しい。
「あの、レティ。私はこのままでも……」
「Lettyも泳ぎの練習しないとダメでしょう。ポリキュアに吹き飛ばされた時もレティが助けないと溺れてたんですよ」
「うえええ」
渋るLettyも引きずって行くレティたちを見送り、泥対策について考える。何か良い方法でもあればいいんだが。
「ラクトに雨でも降らせてもらったらいいんじゃないの?」
「それだ!」
そこへエイミーが名案を出す。
ラクトは氷のアーツしか使わないが、あれも水属性だ。彼女はアーツチップは色々集めているようだし、泥を洗い流す雨なんかも出せるだろう。
「いや!」
「ええ……」
期待を込めた目を向けると、岩の上に腰を下ろしていたラクトは断固として拒否する姿勢を見せた。
「ラクトだってさっきまでどろんこだったじゃないか。ちょっと注ぎ洗いするだけでいいんだぞ」
「いやだ。わたしは氷属性の機術師であって、水属性じゃないからね」
「ええ……」
彼女の意志は硬いようで、交渉を続けても頑として譲らない。
出会った頃からラクトは水属性ではなく氷属性というのをアイデンティティにしていたし、それを今まで崩していない。だからそこに対する思い入れの強さは分かっているのだが。
「なんとかならないか?」
「無理だね」
ここまで頑ななラクトは珍しい。困ってエイミーの方を見ると、彼女も肩をすくめてしまった。
「どうしてそんなに水が嫌いなの?」
ハンバーガー休憩を取っていたシフォンが、ポテトを摘みながら尋ねる。ラクトはぎゅっと腕を組んだまま、小さく唸って口を開いた。
「……から」
「うん?」
俯きがちでつぶやく声は小さくて聞こえない。聞き返すと、彼女は少し頬を赤らめて繰り返した。
「水属性って、なんかサブキャラ感強いから!」
「……うん?」
だめだ、聞こえても理解できない。
キョトンとする俺を見て、ラクトはプルプルと震える。そして、堰を切ったように捲し立てる。
「だいたい火属性が主人公なのは分かってるけど、あんまり王道すぎるのはちょっと違うなって。でも水属性だとなんかサブキャラ感強いじゃん。二番目に出てくるあんまり活躍もしない陰の薄いタイプみたいな。でも土属性は地味すぎるし、雷属性はほとんど近接職みたいなものだから、それならいっそ氷にしたらちょっと悪の幹部感もあっていいかなって思ったの! 以上! なにか文句ある!?」
「い、いや、文句はないけども……」
ものすごい勢いで圧倒されてしまう。まさかラクトがここまでの思いを抱えて氷属性機術師をしていたなんて。ていうか、悪の幹部感ってなんだ?
「あ、あはは……。うん、なんかクラスの子がそんなこと言ってた気がするよ」
「そんなに気を使わなくくていいよ! どうせわたしは厄介オタクだよ!」
シフォンの気遣いが裏目に出たのか、ラクトはうわーんと泣き始める。
しかし、悪の幹部ねぇ。
「ま、いいんじゃないのか? 氷属性のラクトは格好いいしな」
「……そ、そう?」
ぴたりと動きを止めて、こちらをチラチラと見るラクト。そういうところは可愛らしいが、戦いとなると彼女は熾烈だ。元々賢いのもあって、敵を手のひらの上で踊らせるようなテクニカルな戦いを展開させる。その姿は、戦隊モノに出てくる幹部感もある、かもしれない。よく分からないが。
「ちなみにレッジは何属性が好きなの?」
「そうだなぁ。やっぱ氷かな。強そうだし」
「ふふん。そうだよねぇ」
この状況でこの質問をされた時の最適解くらいは俺でもわかる。いや、属性に対する好き嫌いはあんまりわかってないが。
ともあれ、氷属性はアーツでありながら物理攻撃も行える便利で攻撃的な属性であることには代わりない。蒼氷船や氷壁のように、かなり自由度が高いというのも利点だ。ラクトが扱えば、他の属性がなくても不自由ないほどの力を発揮する。
「ああ、そうか」
けろりと機嫌を直したラクトにほっと胸を撫で下ろし、泥対策を思いつく。
泥を洗い流せないなら、固めてしまえばいいのだ。
「ラクト、この干潟そのものを凍らせることはできるのか?」
「なるほど。ちょっとやってみようか」
彼女もすぐに意図を理解して、短弓を握る。そして、アーツチップを組み合わせて術式を設定し、発動の準備を進めた。
「じゃあ行くよ。――『凍りつく無辺の大地』ッ!」
LPが消費され、青い光が広がる。
ラクトの放った矢が弧を描いて飛び、干潟の真ん中に落ちる。そして、矢が触れた先から薄く張った水が瞬く間に凍りつき、広い範囲が氷になった。
「あら、いいじゃないの」
凍りついた範囲は、直径50mほどの円形。これ一つでも十分戦えるだろうが、おそらくもっと広範囲を凍らせることもできる。
その上に足を乗せたエイミーも、その頑丈さに頷く。
「はええっ!? ふぎゃっ!」
「……滑るのが厄介。なにか、靴が必要かも」
シフォンが滑って転んで腰を打ちつけ、ミカゲも意見を上げる。氷の表面は非常に滑らかで、スケートリンクのようだ。滑り止めのついた靴か何かを用意する必要があるだろう。
『それに、すぐ溶けそうね』
「あったかい海だからね。だいたいLPも限界があるし10分維持できたら良いところだと思うよ」
カミルの指摘も鋭く、ラクトは苦笑する。
とはいえ、これだけ綺麗な地面があれば、レティたちも戦いやすいだろう。泥に足を取られることもなく、また泥に沈んでジャンプできないというピンチもない。
水でわざわざ泥を洗い流すより、こちらの方がいいかもしれない。
「ただいま戻りました! ってうわ、なんですかこのスケートリンク!?」
ちょうどタイミングよく泥を落としたレティたちが戻ってくる。彼女たちは干潟に広がる広大なスケートリンクを見渡して驚きの声を上げる。
「……これ、敵はどうやってこの上に載せるんですか?」
「あっ」
そして、冷静なトーカの指摘で俺たちは思わず声を上げるのだった。
━━━━━
Tips
◇『凍りつく無辺の大地』
水属性攻性機術の中級術式。対象を中心とした広い範囲を凍結させる。凍結範囲と持続時間によってLPの消費量が増減し、また発動中は継続的にLPを消費する。
“限りない氷の大地。風すら凍てつく死の荒野。それは大いなる厳冬の足跡。”
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます