第1180話「努力の結晶」

 果ての見えない海の真ん中を、クチナシ型調査開拓用装甲巡洋艦五十番艦が軽快に進む。定員250名を誇る巨大な船艦だが、その広い甲板に立っているのはわずか五人の調査開拓員たちだった。


「マサちゃん、そろそろじゃない?」


 赤い金属鎧に身を包んだタイプ-ヒューマノイドの少女、ユスティナは隣に立つ黒衣の少年に声を掛けた。左手に包帯を巻き、右目を眼帯で覆い、黒いコートと革のズボンで身を包み、各所にシルバーのアクセサリーを飾った細身の青年は、眉間に皺を寄せてユスティナを見る。


「マサちゃんって呼ぶな! 俺は全てに勝る完全なる黒衣の剣士――ダークオブダークネスだ!」

「本名マサルなんだからいいだろ」

「だからMMOで本名バラすんじゃねぇよ!」


 船縁に腰掛けていたタイプ-ゴーレムの青年がケラケラと笑い、ダークオブダークネス――マサルは声を荒げる。

 ダークオブダークネス率いる〈黒影よりいでしダークシャドウ龍紋の騎士団ドラゴナイツ〉は、総勢五人の小規模バンドと呼ばれる集団だ。

 赤い鎧がトレードマークでパリィを得意とするタイプ-ヒューマノイドの軽装盾兵、ユスティナ。

 大剣二刀流という攻撃的な戦闘スタイルのタイプ-ゴーレムの野武士、ペイルマン。

 様々なアイテムを用いた戦闘を行うタイプ-フェアリーの道具使い、ポピー。

 全ての機術を扱うタイプ-ライカンスロープ、モデル-ヨーコの賢者、ミチヨ。

 そして〈堕悪赦瞳流〉の開祖である速剣士、ダークオブダークネス。

 彼らはリアルでも親交のある、いわゆるリア友パーティとしてFPOをプレイしていた。


「ともあれ、ユスティナの言う通りだ。ミオツクシのポイントを通過して10分が経過しているけれど、まだ次のポイントの反応が来ない。これは、もう入ったとみていいだろう」


 タイマーを起動して時間を測っていたミチヨがピンク色の尻尾をゆらゆらと揺らしながら言う。マサルはため息を吐きつつ、艦橋へと目を向けた。


「クチナシ! 戦闘準備!」

『了解。クチナシ型五十番艦、戦闘形態へと移行』


 高い艦橋の頂点、グルグルと回るアンテナの真下に腰掛けてぷらぷらと足を揺らしていたSCS-クチナシ-50が軽やかに飛び降りて、甲板に降り立つ。ドットサングラスと呼ばれる、一昔前のネットミームを反映したデザインのサングラスを掛けた少女の声に合わせて、巨大な船艦が砲塔を動かし始める。

 たった五人の〈黒影よりいでしダークシャドウ龍紋の騎士団ドラゴナイツ〉しか乗っていない船だが、SCSが大幅に強化された結果、最低限の戦闘支援は完全自動で行われるようになった。

 砲弾が装填されたのを確認して、マサルは甲板で昼寝している道具使いのポピーへ指示を下す。


「ポピー、機雷爆発させろ」

「はいよー」


 のそのそと起き上がった小柄な少女がぐっと伸びをして立ち上がる。そして、おもむろに取り出した大きなリモコン――真ん中に大きな赤いボタンが付いているだけのシンプルなそれを起動させた。


「ポチっとな」


 次の瞬間、船の周囲で立て続けの爆発が立ち上がる。水飛沫の下から紅蓮の炎が吹き荒れ、世界にヒビが入る。

 “異空間内に存在する調査開拓員の人数の二十五倍の点に対する同時攻撃”――五人であれば百二十五箇所だけで済む。ポピーのような罠師であれば、小型の機雷を葡萄のよう纏めたものをいくつか浮かべて一斉に爆破するだけで事足りる。

 世界の断面が砕け、透明なガラス片のようなものが降り落ちる。そして、その向こうから七色に輝く怪魚が現れた。


「出たな、ポリキュア!」


 〈怪魚の海溝〉のボスエネミー、“封絶のポリキュア”はたった五人の獲物を睨み、苛立ちのこもった声を漏らす。その時だった。


「『突き抜ける堅氷の大角』」


 ポリキュアの真下から、勢いよく巨大な氷塊が飛び上がる。ミチヨによって水面下で生成されていた鋭利な切先の氷が、怪魚の巨体を築き上げたのだ。完全に視認していなかった予期せぬ一撃に、ポリキュアは被弾を免れない。空中で身をくねらせて抜け出すが、空中に飛び出した姿は無防備なものだ。


「行くぜ! 『ダブルスラッシュ』ッ!」


 強靭な脚力と高い〈跳躍〉スキルを使い、ペイルマンが甲板から飛び上がる。目指す先は落下中で身動きの取れないポリキュアだ。

 しかし、ポリキュアも当然ワームホールを開いて攻撃を受け流そうとする。だが、そんな行動は彼らもよく知っている。


「『ファストステップ』ッ!」


 ワームホールに触れる直前、ペイルマンは空中発動可能な移動テクニックを発動させる。極短距離ではあるが、任意の方向へと瞬間的に移動する、回避にも攻撃にも使える便利な小技系テクニックだ。〈跳躍〉スキルのごく低レベルの段階で習得可能で、消費LPも少ない。

 そんな基本的なテクニックだが、これがポリキュアには深く突き刺さる。


「おらああっ!」


 ペイルマンが、ポリキュアの眉間に巨大な大剣を二連続で叩きつける。

 『ファストステップ』は強制的かつ瞬間的に一定距離を移動する。その能力がポリキュアの展開した極薄のワームホールを貫通することが分かったのは、〈黒長靴猫BBC〉のケット・Cの成果である。これにより、ワームホール展開によって硬直した無防備なポリキュアに、一方的に攻撃を与えることができる。


「反撃くるぞ。クチナシ、Bエリア以外に散弾ばら撒け!」

『了解』


 ペイルマンの斬撃によって海面に叩きつけられたポリキュアが反撃に移る。それを見たマサルがクチナシ-50にすかさず指示を出す。起動状態にあった艦載の機関銃が火を噴き、広い範囲に細かな散弾をばら撒いた。

 次の瞬間、ポリキュアは海中と空中をワームホールでつなぎ、大量の水を勢いよく噴出する。だが――。


「『パリングガード』ッ!」


 その攻撃を予知していたかのように、ユスティナが赤い小盾を構えて待っていた。

 ワームホールの出現位置はランダムであり、攻撃がどこからくるのか予測するのは非常に困難だった。だが、それも過去の話である。

 〈七人の賢者セブンスセージ〉による検証により、出現予定範囲にオブジェクト――弾丸やアーツのエフェクトなど――を置いておくと、それを押し除けてワームホールが出現することはなく、九割ほどの範囲に散弾をばら撒くことで残りの一割の範囲に出現位置を固定させることができると判明した。

 これによって大量の重装盾兵や防御機術師で警戒する必要がなくなり、ユスティナ一人でも十分にカバーできるようになったんのだ。


「せいやあああっ!」

「“ボムランス”『ハイパースロウ』ッ!」

「『降り注ぐ紅蓮の炎雨』ッ!」


 もはや“封絶のポリキュア”の行動は完全に予測され、誘導されていた。五人の調査開拓員と、たった一隻の船による連携の中に追い込まれ、動きが封じられていた。少しでも目を離せば外から火や石礫が飛び、ワームホールを開いてむそれをすり抜けて大剣が叩き込まれる。反撃をしようにも、たった一枚の小さな盾によってことごとくが阻まれる。

 ポリキュアはろくな反撃も敵わず、あっという間に体力を残り三割以下にまで減らされた。


「さあ、こっからだぜ!」


 マサルが背中に下げていた黒い直剣を引き抜く。それと同時にポリキュアが行動を変える。自身に重なるようにワームホールを展開し、万華鏡のように体を増幅、死角を無くす全方位警戒の構えを取った。

 この状態のポリキュアに奇襲は通用せず、また『ファストステップ』による接近にも大きく開いた口が待ち構える。追い詰められた怪魚の最強の防御体勢だった。

 その堅守の姿勢は非常に手強く、初めて対峙したあの〈大鷲の騎士団〉のリーダー、世界最強と名高いアストラでさえ、攻略に30分以上の時間がかかったと言われている。だが、今は違う。


「堕悪赦瞳流、第八の罪――」


 正眼に構えた黒い剣が怪しく輝く。マサルが開祖として発見した直剣カテゴリ専用剣術系流派〈堕悪赦瞳流〉は、“型”と“発声”による威力補正値が非常に高いことで知られている。

 故に、彼は――ダークオブダークネスは内に秘めし暴虐の衝動を、この時だけ解放する。


「はぁああああああああっ!」


 黒衣が猛烈な風にはためき、シルバーアクセサリーが次々と強烈な光を放つ。左腕をキツく覆い隠していた包帯が、膨張する筋肉によって千切れ海の彼方へと飛び去っていく。ダークオブダークネスは震える手で乱暴に眼帯を取る。赤黒く輝く眼が、ポリキュアを睨む。


「我が名はダークオブダークネス。深淵より出て深淵よりも暗きもの。その身に悪鬼羅刹の害意を宿し、生まれながらに全ての敵であり、全てを破壊する運命さだめにあるもの。――我は全てに勝りし完全なる黒衣の剣士。故に己が宿命、我が宿痾にすら打ち勝ち、打破し、支配する。可憐なる花の一輪も手折ること叶わぬ呪われし左腕にて、我、必定の怨敵を討ち果たさん。身を蝕む黒鱗の龍よ、全てを焼き尽くす黒炎、森羅万象を侵す黒呪を我に。その無尽たる罪の全てを数え上げ、その罪禍を我に下せ。我は全ての罪を背負うもの。黒き混沌の中にて、その終わりなき贖罪に身を投げるものなり。我が苦役は第八の試練、その身に刻む」


 長く難解な“発声”はとめどなく、滑らかに、そして素早く紡がれる。

 その間、ダークオブダークネスは剣を様々に振り、難解な“型”も同時に固めていく。その動きは洗練されており、一種の舞踊のようにさえ見えた。

 そして、彼の動きはぴたりと止まり、目が開く。


「――『覇王虐殺暗黒炎上烈刃風』ッ!」


 目にも止まらぬ速さで振り下ろされた剣。その刃から放たれる猛烈な黒炎。それは怨嗟を宿した龍の形となって防御体勢のポリキュアを飲み込む。ワームホールへと飛び込んだそれは、当然ダークオブダークネスの背後から現れる。だが、それは彼を素通りして再びポリキュアへと迫る。

 何度も転移しながら、それでも黒龍の剣戟はポリキュアを飲み込み続ける。

 最大2kmの超射程遠距離攻撃。その圧倒的な持続力がワームホールの最大以上可能時間である30秒を上回り、ついにその防御を砕く。

 ポリキュアへと届く黒炎。それは美しい怪魚の鱗を燃やし、ヒレを焼き尽くす。罪を焚べて燃え上がる炎が、怪魚の生命を蝕んだ。


「――フッ。他愛もない」


 “封絶のポリキュア”討伐のシステムログが流れ、甲板で〈黒影よりいでしダークシャドウ龍紋の騎士団ドラゴナイツ〉の面々が歓声を上げる。

 ダークオブダークネス――マサトは左腕に包帯を巻き直しながら、ニヒルな笑みで海原に浮かぶ怪魚を見下ろす。


 かつて多くの調査開拓員を海の藻屑とした強敵、“封絶のポリキュア”。それはもはや、最強の栄冠を奪われ、五人によって倒されるまでに至ったのだった。


━━━━━

Tips

◇ 『覇王虐殺暗黒炎上烈刃風』

〈堕悪赦瞳流〉第八の罪。七つの大罪の先にある、圧倒的な悪。許し難き罪。この流派の者が生まれながらに背負うこととなる宿命の刻印。

 怨嗟の黒龍は執念深く、千里を越えて追いかける。一度その瞳に捉えられたものは、決して逃げることは叶わない。


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