第1179話「研究成果」
〈大鷲の騎士団〉第一から第五戦闘班による一斉攻撃。それは“封絶のポリキュア”が構築した極小複製異空間の構造的脆弱部分を歪ませた。“異空間内に存在する調査開拓員の人数の二十五倍の点に対する同時攻撃”が異空間を通常の火力で破壊できる手法であることが解明されたのは、〈ナキサワメ水中水族館〉の研究によるところが大きい。
「異空間破壊確認! ポリキュア、目視確認できました!」
クチナシ型四隻による斉射が功を奏し、不可視のガラスが砕けるように異空間の壁が崩壊する。その向こう側から現れたのは、ボスエネミー“封絶のポリキュア”、その輝く躯体である。
「各種属性攻撃、撃て!」
アストラの号令を受けて、術式を構築していた機術師たちが一斉にアーツを放つ。同時に大型の銃器を構えたガンナーたちも銃弾を発射する。物理属性、機術属性、火属性、水属性、風属性、土属性、雷属性、あらゆる性質を備えた攻撃が一斉にポリキュアへ殺到する。
しかし、雨のように降り注いだそれは歪んだ空間へと飛び込み、術者たちの背後へと再出現する。
「攻撃当たっていません。上空20m地点にワームホールを確認。攻撃性のある自弾が返ってきました」
「被害は?」
「軽微です」
すでにポリキュアの攻撃反射能力は把握されている。術者の背後に構えていた重装盾兵の列が攻撃を跳ね除ける。
騎士団にとって、これは予定調和である。全て事前に理解した上で、確認のために行った観測射撃にすぎない。
事前情報で得られたのは、〈杖術〉もしくは〈剣術〉スキルによる物理、打撃および斬撃属性攻撃、攻性機術による水属性、物理属性攻撃、それらが効かないという事実のみ。それ以外の全ての属性に関してはまだ分からなかった。そのため、彼らは情報を確定させるために攻撃を敢行した。
「次、物質系スキルによる攻撃を」
「了解」
甲板で構えていた調査開拓員たちが動き出す。彼らの輪郭は一様に歪み、尋常ならざる力を宿していることがひと目でわかる。
〈白き深淵の神殿〉にて極低確率で手に入る源石を使用して習得できる物質系スキルは、非常に強力な能力を持つ。
彼らは船縁を蹴って飛び出し、ポリキュアへと襲い掛かる。絶対破壊の凶刃が迫るなか、ポリキュアは泰然と構えている。
「ぐわーーーっ!?」
「ぎゃっ」
だが、刃や槌がその鱗へ辿り着く寸前、彼らの武器が不自然に歪む。その力は機体にまでおよび、調査開拓員たちが悲鳴をあげる。
「物質捻転能力確認できました」
「これも情報通りだな」
奇怪な惨状を見ても、アストラ含め艦橋に在する司令部の顔色は変わらない。彼らにとっては、これもまた予定通りである。
すぐに支援機術師によって実験者のLP回復が行われ、命綱が巻き取られて機体も引げられる。その様子を見ながら、アストラはチェックリストをまた一つ進めた。
「はぁ。やはりレッジさんは流石ですね。これほどの情報を集めるとは」
彼の手には〈ナキサワメ水中水族館〉から提供された“封絶のポリキュア”の能力が詳細に記されたデータがある。ボスエネミーに対する実験の危険性から、情報収集を行なったのは今のところレッジだけだ。つまり、彼の持つデータはレッジから得られたものとなる。
「じゃあ、検証段階を一つ進めよう。――これより、ボス討伐に向けた検証を始める!」
アストラの号令が五隻の船に響き渡る。
『よしきた!』
『やるぞぅ』
『ふにゃぁ。もうちょっと休みたいなぁ』
『行くわよ!』
『ウェイウェイウェイ!』
騎士たちが殺意の濃度を上げるなか、それぞれの船の甲板に立つ少女たちも立ち上がる。青い髪に白い肌、そしてそれぞれに違う形のサングラスを装着した少女たち――クチナシ型のSCSたちである。
ランダムシードによって性格も個性も豊かに生成された仮想人格が、巨大な戦艦を動かしていく。
船艦専任の管理者とでも言うべき彼女たちは、文字通り己の手足のように船を繰る。その支援を受けて、騎士団は本格的な攻勢に出た。
「まずは速射戦法」
ダダダ、と三点バーストで弾丸が連射される。更に間隔を開けて攻撃が続けられる。ポリキュアの空間歪曲能力に効果時間が存在することを期待したものであるが、それらは全て後方からの反撃によって失敗に終わる。
「続いて、跳弾戦法」
防御機術師によってポリキュアの周囲に反射壁が生成される。銃士たちはポリキュアではなくその壁に向かって攻撃を放ち、跳弾によって間接的な攻撃を行う。
四方八方から銃弾を浴びたポリキュアは、それを抑えきれず僅かに被弾する。
「命中!」
「やっぱりシールドを張れる面には限度があるのか」
即座に解析が始まり、ポリキュアの能力が予測される。
「一番艦、二番艦、四番艦、一斉射撃!」
アストラの指令でクチナシ-1、2、3が主砲の照準を定める。そして、砲塔内部の銃士が砲弾を装填、発射。撃ち出された鉄塊が三方向からポリキュアへ迫る。
「空間歪曲!」
「全弾失中しました!」
しかし、アストラの予想に反してポリキュアは全ての砲弾を別の座標へと飛ばす。
「やはり力を出し惜しみする傾向にあるな。それで相手の予測を裏切るわけか」
これもまた、レッジからの情報にあったことだ。
アストラは無意識のうちに口元を緩めていた。
「――幻影弾、装填」
彼は秘策を切り出す。
レッジから受け取った情報をもとに組み上げた対ポリキュア用戦術である。
三番艦、五番艦の主砲が動き出し、照準をポリキュアに定める。
「撃てーー!」
耳を劈く砲声が響き、爆炎が吹き上がる。
しかし、二つの主砲からは砲弾が射出されない。否、それは見えない。
「命中!」
波を切って迫った不可視の弾丸は、その直後ポリキュアの体へとめり込む。体内で爆発し、その躯体に甚大な傷を刻む。
「幻影弾、効果あり!」
「うおっしゃー!」
特性の機術封入弾が功を奏し、開発を担当した団員の一人が歓喜に吠える。
「やっぱり、ポリキュアは認知した攻撃でなければ防げない。オートガードじゃないなら、いくらでもやりようはあるな」
透明化という面倒な機術を施した弾丸は、ポリキュアを射抜く銀の弾丸となった。
その事実に騎士団が沸く。そして、アストラの脳裏にはさまざまな戦術が浮き上がっていた。
「アッシュ、あいつの寝首を掻くことはできるか?」
『任せろ』
四番艦の甲板から、黒い影が飛び上がる。それは防御機術師が展開した反射壁を軽やかに蹴ってポリキュアの背後へと近づき、両手に握った短剣を振り下ろす。
完全に気配を消し、相手の意識の外から行われた急襲。ポリキュアの体から鮮血が吹き上がる。
「あいつ、暗殺が弱点なのか!」
アッシュによるスニークアタックを見て、一般団員たちも気がつく。ポリキュアを討ち倒す糸口が見えた。だが――。
「なっ!?」
「何やってるんだあいつ!?」
ポリキュアの動きが変わる。その場でぐるぐると旋回を始めたかと思うと、周囲の空間が歪む。そして、騎士団員たちの目の前で、その姿を変えた。
「なるほど、物理的に視覚をなくしたか」
呆れの含んだ声で、アストラが言う。
ポリキュアは万華鏡のように空間を歪ませ、自分の目を増幅させた。その結果、彼に死角が消える。絶対に背後は取らせないという、強い意志がそこにあった。
「幻影弾、効きません!」
「なんでだよ!?」
更に悲報が続く。
不可視の弾丸もまた、ポリキュアが問答無用で跳ね返すようになったのだ。
「砲台の動きで察知したみたいだな。これは厄介だぞ」
ボスに相応しい学習能力である。まったく厄介極まりない。
空間を歪ませる怪魚を前に、アストラは両手剣の柄に手を伸ばしながら不敵に笑った。
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Tips
◇幻影弾
〈透明化〉のアーツチップを組み込んだ特殊な機術封入弾。非常に高度なアーツを用いるため、大型のバッテリーや大規模なSoCを搭載する必要があり、必然的に高価で大型の弾頭になってしまう。また、その割には威力もあまり出ない。
不可視の弾頭ではあるが、射撃音や衝撃などは消すことができない。
あらゆる点で改良の余地がある、将来性に期待するべき一品。
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