第1178話「水族館にて」
『う、うーーん……』
「おっ、起きたか」
『はっ!?』
呻き声に気が付いて声をかけると、ウェイドはぱちりと目を開いて飛び起きる。
「疲労が溜まってたみたいだな。ちゃんと体調管理するんだぞ」
『誰のせいだと思ってるんですか!』
目覚めて早々こちらを睨むウェイドだが、すぐにきょろきょろと周囲を見渡した。自分が倒れた時とは別の場所で目覚めたことに気付いたらしい。
『ここは……』
「〈ナキサワメ水中水族館〉、町とパイル02-ファイトを繋ぐエレベーターの途中にある水族館だ」
『それは知ってますが、どうしてここに?』
まだ状況が飲み込めていないウェイドはいくつも疑問符を浮かべる。
ちょうどその時、作業を終えたナキサワメが戻ってきた。
『あっ、ウェイドも目覚めたんですね』
『ナキサワメ、これはいったいどういうことですか?』
『そうですね……。まずはこちらをご覧ください!』
ナキサワメはそう言って、前方を指し示す。そこは一面頑丈なシャッターで覆われた大きな壁だ。今はまだ、そこには何も見えない。
首を傾げるウェイドの目の前で、ゆっくりとシャッターが上がっていく。その奥に広がっているのは、巨大な水槽だ。
『おお……。おおおおっ!?』
その綺麗な光景に圧倒されていたウェイドだが、すぐにその中に収まる存在に気がつく。光の加減で様々に色を変える巨大魚――“封絶のポリキュア”が優雅にヒレを広げて泳いでいるのだ。
『な、な――ッ!?』
その美しい姿を見たウェイドは思わず言葉を呑む。ボスエネミーを水族館に収蔵するというサプライズは、見事に成功したらしい。
『何やってるんですか、バカーーッ!』
「あれっ!?」
直後、俺は再びウェイドが取り出した生太刀を白羽取りで受け止める。これ、起動状態だったら普通に死んでるんだが。
思っていた反応とは違うウェイドに、戸惑いを浮かべる。てっきり、彼女もこの壮麗な光景を見て驚き喜んでくれると思ったのだが。
『なんでボスを捕まえてるんですか! 何をどうやったらこうなるんです!?』
「そ、それはだな……」
『私から説明いたしましょう』
ずいずいと生太刀で鳩尾を突かれながら追及を受ける。そんな折、俺に代わって説明をしてくれたのはナキサワメだった。
『ポリキュアの特殊能力はまだまだ未解明のところが多いため、研究と解析が必要です。とはいえ、そのたびに沖へ出向いて討伐していては非効率極まりないと考えました』
『はぁ……』
理解が追いついていない様子のウェイドだが、ナキサワメは構わず続ける。
彼女は人差し指をぴんと立てて、先輩に向かって得意げだ。
『そこで、レッジさんが捕獲してくれたポリキュアを水族館で飼おうと思ったんです』
『そこが全然分からないんですよ』
ウェイドが頭の痛そうな顔で突っ込む。まあ、彼女が気を失った後に進んだ話だからな。しっかりと丁寧に説明するべきだろう。
「裏返したテントを使えばポリキュアも安全に捕獲できるのは見たよな。この水槽はその技術を流用して作ったんだ」
ネヴァに頼んだら3時間くらいでやってくれた。まったく、持つべきものはノリの良い友達である。
ウェイドが寝ている間に水族館の一部改修は迅速に進み、ポリキュアの受け入れ態勢が進んだ。そこへ船から移送し、ぽちゃんと収めたわけだ。
『もともと、この水族館は水棲原生生物の調査研究を目的に作られましたからね。これは全く正当な理由であるというわけです』
『それにしてもボスエネミーを捕まえるのは訳が違うでしょう』
『捕まえられているのですから、問題ありません』
『あなたもレッジに毒されてしまったみたいですね……』
むん、と胸を張るナキサワメを見て、ウェイドが悲しそうな顔をする。後輩が頑張っているのだから褒めてやれば良いのに。
『それで、これは本当に安全なんですか?』
分厚い強化装甲ガラスの窓越しにポリキュアを眺めながら、ウェイドは戦々恐々と言う。
「たぶん問題ない」
『たぶん!?』
血相を変え、弾かれたように後ずさる。彼女は俺の足にしがみ付いて、俺の体を盾にするようにして水槽を睨んだ。
『――いま、データの収集中。でも、収容違反の発生確率は2%以下だから、大丈夫』
『あ、あなたは!』
新たな声が会話に参加し、ウェイドが振り向く。
『うい』
そこに立っていたのは、すっかり星型サングラスを気に入ったクチナシ-17だった。
彼女の姿を見たウェイドが再び驚く。目覚めてからずっと驚きっぱなしだな。
『どうしてあなたがここに!?』
『水族館の管理補佐を任された』
『はぁっ!?』
クチナシ-17の言葉に、ウェイドがまた驚く。その後の説明は再びナキサワメが引き継いだ。
『私ひとりで水族館を管理するのは大変だと考えたので、クチナシ-17に補佐をお願いしました。彼女はクラスⅨ人工知能の優れた演算能力を持ちますし、なによりレッジさんと共にポリキュアを収容した張本人ですからね』
『海のことなら任せてほしい』
ナキサワメの紹介を受け、クチナシ-17は小さな手でピースする。
ウェイドは驚きすぎてまた固まってしまっていた。なんとか緊急停止までは至らずに、ぎこちなく動き出す。
『ウェイドから学んだことの一つです。いろんな人に協力してもらうことが大切ですよね』
『はは……。そうですね』
ウェイドは少し羨ましそうな顔でナキサワメとクチナシ-17を見ている。
まあ、たぶん、植物園とかマシラ保護隔離施設とかの管理をべつのNPCに任せれば良かったとか思ってるんだろうなぁ。新たなNPCを補佐官として生み出して、業務を分割するという発想がなかったらしい。
『そういうわけですから、今後はこの水族館で水棲原生生物の研究が進められます。ウェイドは原生生物研究事業の第一人者でもありますからね、様々協力していただくことになると思います。よろしくお願いします!』
『よろしく、ウェイド』
『ははは……』
情報量が多すぎたのか、ウェイドがちょっと壊れてしまった。彼女は俺の足にセミのようにしがみつき、死んだ魚のような目で乾いた笑い声をあげていた。
━━━━━
Tips
◇水棲原生生物研究事業
管理者ナキサワメによって立ち上げられた、水棲原生生物の特殊な生態や能力を解明するための大規模プロジェクト。〈ナキサワメ水中水族館〉を活動拠点とし、施設管理補佐としてクチナシ-17が任命される。
調査開拓員は生体サンプルの収集や、研究活動での協力が期待されている。
原生生物研究事業の専門家として管理者ウェイド、管理者コノハナサクヤ、水中構造物の専門家として管理者ポセイドンがアドバイザーに任命されている。
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