第1177話「手土産を君に」

「――というわけでボス持ってきちゃったんだが」

『何やってるんですかバカーーーーッ!』


 〈怪魚の海溝〉未踏破領域へ〈ミオツクシ〉のマーカーを設置するという重大な任務を無事に遂行し〈ナキサワメ〉へと帰還した俺たちを、たまたま居合わせたというウェイドとナキサワメが手ずから出迎えてくれた。管理者が直々に歓迎してくれるというなかなかVIPな対応に、こちらも嬉しくなってしまった。

 なので“裏驟雨”に封じていたボスエネミー“封絶のポリキュア”を差し出すと、ウェイドが生太刀を取り出して暴れ始めた。


「うおわーーっ!? ちょ、落ち着けって!

『なーにを落ち着いていられますか! 調査開拓活動の大事な拠点にボスエネミー持ち込むバカがどこにいるんですか!』

「いやぁ、言ってもちゃんとテントに入ってるわけで」

『そもそもそのテントの扱いがおかしいって言ってるんですよ!』

「それは今初めて言ったじゃん」


 ブンブンと起動状態の生太刀が振り回され、完成したばかりの綺麗な港湾がバカスカと斬られていく。


『ほぎゃあーっ!? う、ウェイド落ち着いてください! 私の町が!』


 顔を真っ青にしたナキサワメが慌ててウェイドを羽交締めにし、ようやくなんとか事態は収まる。


『ふーっ! ふーっ!』


 いや、ウェイドは人を殺せそうな鋭い眼でこちらを睨んできている。全然収まってなさそうだ。


「レティ、どうしよう……」

「絶対こうなるって言いましたよね?」


 助けを求めようにも、仲間たちは白けた顔だ。まあ、ポリキュアを手土産にしようと言い出したのは俺で、他の全員が難色を示していたのだから、しかたのないことかもしれない。


『と、とと、とりあえずレッジさんはそのポリキュアをなんとかしてくれませんか……?』


 がっちりとウェイドを抑えつけたまま、ナキサワメが恐ろしそうな顔でテントを見る。ポリキュアを収めた“裏驟雨”は耐久値こそ即座に回復するため問題ないが、ガタガタと揺れて内部のものが暴れ回っているのがよく分かる。

 流石に完成したばかりの〈ナキサワメ〉でこれを解き放つというのも難しいだろう。


「しかし、正直俺たちも攻略法が思い浮かばなくてなぁ」


 ポリキュアと戦って分かったのは、俺たちだと分が悪いという事実だった。だから強引に封印して、それ以上どうすることもできず扱いに困って持ってきてしまったわけで。


『だったら今すぐ捨ててきなさい! 責任も果たせないのに軽い気持ちで拾わないでください!』

「ええー」


 ウェイドが怒りをあらわにする。騒ぎを聞きつけたのか町の方からは続々と野次馬がやってきて、余計にここでテントを開くわけにはいかなくなってきた。


『……レッジ、どうにかなった?』


 ウェイドと平行線の会話を続けていると、艦橋からクチナシ-17が降りてくる。それなりに長い航海で、まだ製造の続いている同型艦のAIのブラッシュアップも兼ねた試験航行という側面もあったので、彼女は今まで蓄積したデータの整理を続けていたのだ。


「いやぁ、なかなか難しそうだ。また戻って、海で始末することになるかもしれん」

『それは残念。ポリキュアの生態、能力は既知の原生生物から一線を画している。研究すれば、有益な情報が得られるように思う』

「それもそうなんだが、しかたないな」


 〈ナキサワメ〉に帰還する道のりで、やることもないのでテントの外からできる限りの観測を行ってきた。その結果、ポリキュアに関して分かったのは空間を歪める特殊な能力を持つこと、また、直径2km程度の小規模な異世界を生成する能力を持つこと、そして、それらはある程度の空間的余裕がなければ発動できないことなどだ。

 まあ、ポリキュアが何の制限もなく能力を発動できているのならテントで捕獲したところですぐに逃げられてしまっていたし、観測しなくても分かっていたことといえばそうなのだが。


『な、あ、な……ッ!?』

「うん? どうしたんだウェイド、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」


 クチナシ-17と話していると、ウェイドが何やら愕然とした様子でこちらを指さしてくる。口元に米粒でも付いてただろうかと確認するも、そんなものはない。

 きょとんとする俺に、ウェイドは再び大きな声で叫んだ。


『誰ですかあれはーーーっ!?』


 う、うるさい……!

 ウェイド、最近ストレスが多すぎるのか声が大きくなってきている気がする。せっかく海に浮かぶリゾート地に来たんだから、ビーチエリアなんかで休めばいいのに、管理者とは大変な仕事だ。


「誰って、クチナシだよ」

『クチナシって誰ですか!』

「クチナシ型十七番艦の船体管理システム、SCS-クチナシ-17だ。それに仮想人格モジュールやら何やらを一通りインストールした奴が、補助機体のなかに入ってる」

『それってほとんど管理者みたいなもんじゃないですか! 何勝手に作ってるんです!?』

『ほぎゃっ!?』


 ナキサワメの拘束を振り切ったウェイドが俺に詰め寄る。あちらの背丈が低いから、あんまり迫力はないが。


「いや、だってわざわざ口頭で指示を出すのも面倒だろ。ある程度自動で操船してくれた方が……」

『そのためにバカ高いAI積んでるんですよ! なんで機体に詰め込んでるんですか!』

「そっちの方が楽しいから」

『…………沈め』

「うおわっ!?」


 再び生太刀が輝きを帯びて振り下ろされる。こ、殺す気か!?


『本当に、マジで何をやってくれやがってるんですか、あなたは! それだけでどんだけ仕事が増えるか分かってるんですか!』

「ご、ごめんなさい……」


 流石にちょっと申し訳なくなってきた。素直に非を認めて謝ると、彼女はがっくりと膝から崩れ落ちて燃え尽きたように目を虚にする。


『あわわ、ウェイドのストレス値が上限突破して、機体が一時停止状態に……』

「本当にもうしわけない」


 どうやら色々ありすぎたせいで彼女の大元であるシード02-スサノオの〈クサナギ〉が機体の活動にストップを掛けたらしい。……今度からはちょっと優しくしよう。


「しかし、結局元のところに戻すしかないか……」


 ウェイドが倒れてしまった以上、ここで話すこともできない。もったいないが、“封絶のポリキュア”は沖に戻してなんとかするしかない。


『あ、あのっ!』

「うん? どうした、ナキサワメ」


 その時、俺たちを引き止める声がする。振り返ると、ナキサワメが真っ直ぐに手を挙げていた。彼女は大きく揺れる“裏驟雨”にビクビクとしながら、それでもこちらへ歩み寄ってきて、ある提案をした。


『そ、その原生生物、こちらで預かることができるかも知れません』


 若き管理者は青い瞳に強い意志を宿して、そんなことを言い放った。


━━━━━

Tips

◇管理者機体の緊急停止

 管理者機体が強い衝撃やストレスを受けた際、本体となる中数演算装置〈クサナギ〉の判断によって強制的に緊急停止措置を実行する。仮想人格は即時停止され、機体も脱力状態となる。データの保全と解析が行われ、安全が確保されたと判断した場合に復帰する。


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